玄関のドアを開けると、ひんやりとした空気が流れ込んできた。石造りの家の内部は思っていたよりも広く、生活感がありながらも綺麗に整頓されていて、家族が生活する空間独特の温かみが感じられる。
床は磨かれた石板で、壁は粗い石積みで作られており、所々に漆喰が塗られている。天井には太い木の梁が露出しており、俺から見ると歴史を感じさせる建物だった。
「どうぞ、アマヤさんもくつろいでください」
アビゲイルが笑顔で手招いて椅子をひいてくれた。部屋には大きな暖炉があり、壁には手織りのタペストリーが掛けられていた。窓からは庭の花々が見え、窓からは茜色が差し込んでいる。部屋の隅には本棚があり、古い羊皮紙の巻物や本がぎっしりと詰まっていた。持ち主の知的好奇心や、学問への情熱を物語っているようだ。セオのものか、勉強熱心な家族でもいるのかもしれない。
「素敵な家ね、アビゲイル。とても居心地が良さそうだわ」
「ありがとうございます。みんなで少しずつ手を加えて、住みやすくしているの」
エマが感心したように言うと、アビゲイルが上機嫌に答えた。
「ごめんねアマヤさん。お兄ちゃんになにかされたでしょ? 脅された?」
「えーっと……。いや、うーん……。アビゲイルちゃんのことを心配してただけだよ」
「正直に言っていいんですよ。お兄ちゃんったらいっつもああなの」
アビゲイルは申し訳なさそうに肩をすくめた。セオの過保護はいつものことらしい。軽く首を振り、微笑みかける。
「はは。妹思いなんだよ。気持ちはわからなくもないし」
「弟たちにも激甘よ。家族が何より大事なのは、
わたしたちの性質上。変わった表現だが、代々家族の絆が深い一家という意味だろうか。エマに視線をやると彼女も首をかしげてアビゲイルを眺めていた。
「お兄ちゃん、すぐに戻ってくるから、ゆっくりしていてくださいね。いま飲み物を用意します」
「ありがとう」
二人でお礼を言って、キッチンに向かうアビゲイルの背中を見送る。木製の椅子に腰を下ろし、一息ついた。部屋の中は、まるで時間が止まったかのように静かで、心地よい安らぎを感じる。目をつむり雰囲気に浸っていると、戸が開く音と共に複数の足音が聞こえてきた。
「あれ? お客さん?」
「なに? 誰かいんの?」
「お姉ちゃん、ただいま」
現れたのは、セオやアビゲイルと同じ、アッシュピンクの髪に緑色の瞳をもった少年たちだった。アビゲイルより少し背の高い二人は、制服のような白いシャツと濃い茶色のズボンを身に着け、上から下まで見分けがつかないほどにそっくりだ。大人しそうな背の低い少年の顔には、まだ幼さが残っている。
「すっげえ美形家族」
「アマヤ、挨拶が先でしょ」
思わず本音がダダ洩れになってしまう。しかしこれは仕方ないだろう。ここまで造形の良い兄弟に会うのは27年間の全人生をもっても、はじめての経験だ。
「こんにちは。私はエマ、こっちはアマヤ」
「こんにちは。アビーのお友達ですか?」
「いやいや冒険者だろ? 兄ちゃんのじゃねえの? よろしくな。俺はリオン、そっちの真面目なのがシオン。で、こっちの小さいのが」
「僕はダニエルです……。よろしくおねがいします……」
少年たちは次々と自己紹介をはじめた。はつらつとしたリオンと真面目そうなシオンは握手のために手を差し出し、ダニエルは少し恥ずかしそうに頭を下げた。エマと俺で交互に双子と握手を交わす。
「よろしく。リオン、シオン。それから、ダニエル」
しゃがんで目線を合わせると、ダニエルは顔を赤くしてシオンのうしろに隠れてしまった。
「すみません。ダニエルは少し恥ずかしがり屋で」
「いや、いいよ。急に知らない人が来てびっくりしたよな? ごめんなダニエル」
「セオのお友達なの。怖くないわ」
エマが優しく微笑みかけると、ダニエルは小さくうなずいた。その時、キッチンからパタパタと足音が聞こえて、トレーに飲み物を乗せたアビゲイルが戻ってきた。
「あっ。おかえり三人とも。もう自己紹介した?」
「ただいまー。したよ。エマとアマヤだろ」
リオンが元気よく答える。シオンは俺たちを見ながら首をかしげた。
「兄さんがお客さんを連れてくるなんてめずらしいね」
「そうなの。エマさんはわたしと一個しか歳が違わないのに旅をしてるんですって。お話を聞くのが楽しみだわ」
アビゲイルが声をはずませて言うと、ダニエルがこちらを見上げながら控えめに口を開いた。
「お兄さんたち冒険者さんなの……?」
「うん。俺は初心者だけどね。ダニエルも、お話し聞かせてもらうといいよ」
やさしく答えると、ダニエルははにかんでうなずいた。彼は少しずつ緊張を解いているようで、エマの隣に座りながら俺たちの話に耳を傾けた。部屋の中は一気ににぎやかになり、静かだった空間が活気に満ち溢れている。アビゲイルと少年たち、エマの明るい声と笑顔が、この家の温かさをさらに引き立てていた。
「帰ったぞー」
玄関から声がして、食べ物でパンパンになった二つの紙袋を抱えたセオが帰ってきた。
「おかえりセオ。ずいぶん早かったな?」
「おー。俺に距離はあんま関係ねえからな」
「知ってるよ、抜け道があるんだろ? こんど俺にも教えてくれ」
「……気が向いたらな」
意味ありげに笑って、荷物を抱えたセオがキッチンに向かう。
「おかえりお兄ちゃん! さ、支度しなきゃ。今日のお手伝い係はリオンね! あっ、エマさんお料理はできる?」
「ええ、少しならできるわ。ぜひ手伝わせてちょうだい」
「ああ、俺も。ごちそうになるだけじゃ悪いし、手伝わせて」
狭いキッチンにみんなの声が重なり、エマもたのしそうに笑いながら手を動かす。二人のときとはまた違う、この家族の中に溶け込んでいくようなむず痒い感覚に、不思議な安心感を覚えた。