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第40話 アッシュピンクの兄妹

 中央広場を通り、商店が集まる地区を抜ける。セオと一緒に歩いていて驚いたのは、彼の人脈の広さだった。


 ある民家の前では花の水やりをしていた老婦人がにこやかに寄り添う。


「あら、セオ。このあいだはありがとうね、主人の腰すっかりよくなったわよ」


「おー、よかったなぁ。若くねえんだからハシゴ使う時は気をつけろよな。次は先に俺のこと呼べよ?」


 ある酒場の前では若い男性が酒瓶を片手に手を振る。


「セオさん! 今日もお仕事ですか? たまには俺たちとも遊んでくださいよ」


「だなぁ。近いうち声かけるよ。みんなによろしくな」


 ある路地では楽しそうに遊ぶ子供たちのグループに取り囲まれた。


「セオおにいちゃーん! このあいだ教えてくれた手品、うまくできたよ!」


「すげえじゃん。がんばってたもんなー。えらいぞ」


 老若男女問わず多くの人々が親しげにセオに声をかけ、彼も気さくに応じている。情報通だと言っていたのもうなずた。街全体に彼の知人がいて、上手に信頼関係を築いているようだ。


 そのまましばらく歩いていると、入ってきたほうとは反対側の街の大きな門が見えてきた。


「街の外に出るのか?」


「ああ。俺の家は門の外にあるんだ」


 行く事になるとは思っていなかったが、たしかに地図では門の外にも居住区らしきエリアがあったな。そのまま門を抜け、通行税を払う建物の前を通りすぎる。徐々に中心地の華やかさや人通りは消え、代わりに小さな家々が並ぶ素朴な居住区が広がっていく。道は舗装されておらず、土埃が立ち上がっていた。小さな畑が点在していて、野菜を育てている住民の姿や裸足で走り回る子供の姿が見える。


「なんか、門の中とはずいぶん雰囲気が違うんだな?」


「アマヤ、失礼よ」


 エマが俺の腕をつついた。そういうつもりはなかったのだが、ここの住民にとって失礼なことを言ってしまったらしい。


「悪いセオ、へんな意味は……」


「気にすんなよ。たしかにここは裕福な地区じゃねえけど、悪くない場所だぜ」


 道を進むにつれ、家々の間隔が少し広くなってきた。近所の人々が立ち話をしている様子や、鬼ごっこやかくれんぼをする幼い声が聞こえてくる。裕福な地区ではないと言っていたが、スラムのような退廃した場所でもない。古びた建物の間から、小さな花壇や手入れの行き届いた庭が覗き、住民たちの生活への愛着が感じられた。


「ついたぜ」


 やがてセオは一軒の家の前で立ち止まり、木の柵をあけた。そこは決して豪華ではないが、家族が快適に暮らせそうな広さの一軒家だった。薄いベージュ色をした石造りの家で、窓辺のプランターには色とりどりの花が植えられている。


「いいところじゃないか」


「本当。よく手入れされてるわね。妹さんが?」


「妹と弟たちだな。よく庭や畑をいじってるよ」


「弟もいるのか?」


 セオがうなずいて口を開こうとしとたき、家の中から若い女の子の声が聞こえてきた。


「お兄ちゃん? 帰ってきてるの?」


「おー。ただいまアビー」


 玄関から顔を出した女の子が、俺たち二人を見て驚いた顔をする。セオと同じアッシュピンクの髪をした、ふわふわの巻き毛の女の子だ。瞳も同じ緑色、だけど目つきはセオよりもトゲがなくてやわらかい、可愛らしい印象の子だった。


「お客さんつれてきたの!?」


「ああ。飯作ってくれよ。凝ったやつじゃなくていいからよ」


 女の子は俺たちのもとへ駆け寄ってきて、手ぐしで髪をととのえ、はにかんだ。大きな目が何度かパチパチとまたたいて、無邪気な笑顔を向けてくる。


「こんにちは。わたし、アビゲイルです。お兄ちゃんのお友達ですか? あんまりお客さんを連れてこないからびっくりしちゃって」


「こんにちは、私はエマ。急にお邪魔してしまってごめんなさい」


「こんにちはアビゲイルちゃん。俺はアマヤ。よろしくね」


「よろしくお願いします! さあ、どうぞ入って。あ、お兄ちゃんは食材の買い物してきて!いますぐ!」


 アビゲイルはエマの手をとると笑顔で玄関にひっぱっていく。俺も二人に続こうとすると、襟首をつかまれて阻止された。


「セオ?」


「お前はちょっと来い」


 手まねきされて、そのまま柵の横の石垣に二人でもたれかかる。


「どうだ、俺の妹はかわいいだろ?」


「ああ、うん。かわいい。セオとよく似てるな」


「まあな。ここ一、二年かな。年頃になってから急にモテ始めてよぉ、兄貴としては心配なんだよ。わかるだろ? あんなお人好しじゃ、すぐ取って喰われちまう」


「あのくらいの歳の子にしちゃ、しっかりして見えたけど……。まあ、心配だよな」


「本人がいくら気をつけてようが、隙につけこむやつってのはうじゃうじゃいるからな。まわりが守ってやらなきゃなんねぇんだよ」


 それはもっともだ。十七歳であれだけしっかりしたエマと行動していても、若さゆえのあやうさを感じるときは時折ある。俺のほうが弱いが、俺が守らなければならないと矛盾した考えをもっている。無邪気な妹を心配するセオの気持ちは理解できた。


「だから、な? なにかしたら死ぬと思えよ?」


「えっ」


「お兄ちゃん!? また男のひと脅してるんでしょ!! 自分で連れてきたくせにバカじゃないの!!」


「ちげえって! いいから支度してくれよアビー!」


 玄関から叫ぶアビゲイルにセオが応える。いやいま思いきり脅されましたけど。お兄ちゃん自分で連れてきたきた客を脅すバカなんですけど。


「わかったな? 妙な気をおこしたら沈めてやるからな? マジでどこにも逃げ場はねえぞ?」


「わ、わかった。約束する」


「よし。……ビビるなよ、ただの確認だ。兄貴はいろいろ大変なんだよ」


 眼力だけで人を殺せそうな険しい表情を解き、にっこりと人のいい笑顔を浮かべるセオ。こいつ、重度のシスコンだ……。


「ちょっとお兄ちゃん!? やっぱりなにかしてるでしょ!!」


 家事にでもとりかかっているのか、髪をひとまとめに結い上げ、ブラウスの腕をまくったアビゲイルが窓ぎわから声を張り上げた。


「だーから、してねえって!」


「早く買いもの行ってきてよ!」


「いま行くとこだよ!」


「カサラさんの店とログさんの店ね!野菜とお魚!パンとチーズも!」


「はいはい……。じゃ、アマヤ。家で待ってろ」


 腰に手を当て、ため息まじりにセオが言う。妹の言うことは絶対のようだ。いままでの余裕の表情が崩れていて少しおかしくなる。


「うん。じゃあ、先にお邪魔させてもらうよ」


 石垣から立ち上がり、玄関に向かって歩いた。数歩進んで振り返ってみると、もうセオの姿は無くなっていた。オレンジ色の夕日に照らされた家や庭の木が、影を落としているだけだ。


「あれ……?」


「アマヤ、どうしたの? 中に入らないの?」


 しばらく経っても家に入ってこない俺を心配したのか、エマが玄関から顔を覗かせて呼びかけてくる。


「セオが急に消えたんだ」


「消えた? 近くに抜け道でもあるんじゃない?」


「抜け道……ああ、うん。そうだよな」


 土地勘のない人間があれこれ考えても仕方ない。きっとアビゲイルに急かされて、走ってどこかの抜け道を通ったんだろう。そう思い、エマの元に急いだ。





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セオのイメージイラスト的なものをこの日の近況ノートに載せています。画力的に落書きレベルなのでちゃんと描ける日がきたあかつきにはひっそりとリンク差し替えます。雰囲気の参考程度にしていただければ。

https://kakuyomu.jp/users/kakeru-yutsumi/news/16818093085636579915

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