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第38話 ビーストリー・バウンティの取引


 モンスター解体屋のある職人地区に向かう道を歩きながら、エマがつぶやく。


「何が起きてるかよくわからなかったけど、愛の形って複雑なのね」


「いやいや、さっきのはかなり特殊」


 痴話げんかごときで油をひっかけられて火をつけられるなんてことが、愛の形の一言で片づけられてたまるか……。それとも魔法が身近にあるこの世界じゃ、あれくらい普通なのか? だとしたら元の世界以上に人との付き合い方に気をつかわないといけないことになるぞ。どうか特殊であったと言ってほしい。



「もうすぐだわ、職人地区はこの先ね」


 狭い路地と石のアーチを抜けると、突如として活気に満ちた職人地区に足を踏み入れた。鍛冶屋の炉から立ち上る煙と、革細工師の工房からただよう皮革の香りが混ざり合い、空気からは独特の匂いがする。


「へえ……すごい。本格的だな、いろんな店が集まってる」


 通りの両側には、様々な職人の店が軒を連ねていた。鎧職人の店先では、磨き上げられた胸当てや兜が太陽の光を反射し、まばゆい輝きを放っている。その隣では、宝石細工師が繊細な装飾品を丹念に仕上げる様子が窓越しに見えた。様々な剣や斧、槍が壁一面に飾られた店の前では、屈強な冒険者たちが新しい武器を吟味している。


「モンスター解体屋は……っと」


 通りを進むにつれ、空気はさらに濃厚になった。奥まったところに、少し不気味な雰囲気を漂わせる建物が見えた。看板には「ビーストリー・バウンティ」とおどろおどろしい文字で大きく書かれている。店の前には、様々なモンスターの骨や皮が展示され、冒険者らしき人々が興味深そうに品定めをしていた。


「絶対、ここだよな?」


「ええ。間違いないわ。入りましょう」


 重い木の扉を開くと、店の中から何とも言えない獣臭さが漂ってくる。壁一面にモンスターの素材が並べられているのが目に入った。骨、牙、皮……どれもが見事な加工品だ。店の奥には巨大なテーブルが並んでおり、その前に大柄な店主が立っていた。迫力のあるトラの顔に二メートルを優に超える立派な体躯をもった、トラ族の男性だ。エプロンは血と油で汚れており、太い手には大きなブッチャーナイフが握られている。俺たちに気付くと渋い声で話しかけてきた。


「よう。お客さん、解体かい? 何を持ってきたんだ?」


「こんにちは。ダイアウルフの死体とクリスタルビートルをいくつか持ってきました。買い取ってもらえますか?」


「見せてみろ」


 店主は手前にある大きなテーブルを指さした。エマが胸元から風呂敷を取り出し、ダイアウルフの死体をテーブルの上に広げる。


「変わった道具だな?」


「私たちの国で新しく発売されたものなんです。そのうち、この大陸にも広がると思いす」


「そうか。さて……。これはアルファだな」


 ダイアウルフの死体をじっくりと眺め、つぎに店主は口の中や爪、傷口など各部位のチェックをしはじめた。眉をひそめているのは、やはり外傷の多さのせいだろうか。


「残念だが、一番価値が高い毛皮はひどい状態だ。高値では買い取れんぞ。状態がいいのは牙と爪と心臓、いくつかの骨……あとは眼球もとれるな」


「かまいません。すべて買い取りでお願いします」


「毛皮はわかるけど、他の部位は何に使うんですか?」


「なんだ兄ちゃん。そんなことも知らずに冒険者やってるのか?」


 いかにも素人っぽい質問を投げかけると、強面のトラ顔がほころぶ。意外と愛想のいい人なのかもしれない。彼はダイアウルフの唇をめくりあげ、牙を指さした。


「牙と爪は武器やアクセサリーなんかの装飾品に使われることが多いな。骨は工芸品になるし、目玉と心臓は魔法や呪術の触媒として人気だ」


「なるほど、そんなに多用途なんですね」


「ははは。お嬢ちゃん、どこでこんな世間知らずの男を見つけたんだ? 俺らの生活とモンスターなんて切っても切り離せないもんだろ」


「彼はまだまだ勉強中なんです」


 エマは多くを語らず店主にほほえみかける。風呂敷からさらにクリスタルビートルの死骸を取り出してテーブルに並べた。店主がひとつひとつ手に取り裏表の確認をする。


「こっちは良い状態だな。全部で八つ。すべて買い取りでいいのか?」


「はい」


「よし。まってろ」


 店の隅から茶色い紙とえんぴつ、木の小箱を持ってきて、店主がぶつぶつと計算をはじめた。


「アルファの牙が四本で六千スタルク、爪が二十本で一万スタルク、毛皮は……こりゃあ出せても千だな。心臓が二千スタルク、目玉が合わせて千六百スタルク、骨は使えない部分も多い、二千五百スタルク。ビートル八匹は合わせて二千四百スタルク……」


「合計はいくらになりますか?」


 興味津々で、食い気味に尋ねた。エマも続きが気になるようでそわそわとしている。


「しめて二万五千五百スタルクだ。金貨二枚と銀貨五枚、銅貨五枚だな。それでどうだ?」


「ええ。その価格でかまいません、よろしくお願いします」


「討伐報酬の六倍じゃないか! すごいな、モンスターってこんなに高く売れるのか?」


「なんだぁ? お前らアルファの討伐をそんな安値で受けたのか? そのへんの冒険者じゃ、すぐに食い殺されちまうんだぞ。もの好きなやつらだな」


 店主はあきれたような顔で金を数え、エマに手渡した。


「毛皮の状態がよけりゃあ、それだけで二万から五万はくだらないんだ。どっちがやったか知らないが、今度からモンスターを狩るときには傷をつける場所にも気をつけてみな。まあ、余裕があればだけどな」


「はい! ありがとうございます。がんばってみます」


「ありがとうございました。良い取引ができました」


「こちらこそ。またご贔屓にしてくれよ」


 ナイフを振り上げた店主がさっそくダイアウルフの解体に取り掛かる。それを背に重い扉を押し開け、店の外に出た。



「よお」



 店を出てすぐ、積み上げられた木箱のうえから声をかけられた。男が退屈そうに頬杖をつきながら座っている。俺たちのことを待っていたようで、目が合うとにっこりと笑顔を向けてきた。


「あんた……セオだったか」


「ああ。覚えていてくれて、うれしいぜ」




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