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第36話 レマンプロス


 ラマハタ村を発ってから一週間。盗賊やモンスターとの戦闘を経ながら、俺たちはようやくレマンプロスの街が望める丘の上にたどり着いた。目の前に広がる景色に、思わず足を止める。丘陵地帯の中に、石造りの建物が密集して立ち並ぶ街の姿が見えた。尖塔がいくつも空に向かって伸びている。周囲を取り巻く緑豊かな森とのコントラスが美しい。


「あれがレマンプロス? 歴史のありそうな街だな」


「ええ。私も訪れるのは初めてなの。楽しみだわ」


 期待を高めながら街の入口に近づくと、石造りの大きな門が見えてきた。門の両側には衛兵が立ち、通行人を監視している。門の前には小さな建物があり、中に人が座っているようだった。


「ここで通行税を払って、通行証をもらうの」


「街に入るのに金がかかるの?」


「ええ。ここは歴史的な建造物も多いから、街の防衛や維持費用のために必要なのよ」


「へー……」


 この小さな建物は税関ってところか。緑風町リョクフウマチにそんなシステムがなくてよかった、一文無しじゃ最初から詰んでたな。


「こんにちは。通行税を支払いに来ました」


 エマが窓口に座る役人に声をかける。チラリと俺たち二人の顔を確認した役人は無表情で頷いた。


「滞在期間は?」


「まだ未定ですが、一、二週間前後かと」


「三十日以上の滞在には許可証の延長手続きと追加料金が必要です。その場合は更新を忘れないように」


「はい」


「現在の二人分の通行税は合わせて百スタルクです。お名前を頂戴します」


「エマ・リュウエン。それからアマヤ……アマヤ・リュウエンです」


 エマが百スタルクを取り出し、役人に手渡した。役人は受け取った金を確認し、手元の帳簿に何かを書き込む。


「こちらが通行証です。街に入る際には必ず持ち歩いてください」


「ありがとうございます」


 役人が手渡してきた二枚の通行証にはそれぞれエマ・リュウエン、アマヤ・リュウエンの名前が書かれており、街に入る許可が記されている。俺たちは通行証を手に、門へと進んだ。


「アマヤ・リュウエン?」


「フルネームが必要なんだもの。深い意味はないのよ!」


 少しからかうようにエマに問いかけると、彼女は顔をほんのり赤くして反論してくる。そうか、エマは俺が本名を思い出したことを知らないんだもんな。


佐島壮馬さじまそうまっていうんだ、前の名前。エマの魔法で思い出したよ。そういえば言ってなかったな」


「サジマ・ソウマ……。そう呼んで欲しい?」


「いや全然。ソウマは死んだんだ。俺はもうアマヤだよ」


「うん……。そうね、アマヤはもう、アマヤだわ」


 微笑んで返すと、エマもなんだか気が抜けたような柔らかい笑顔を返してきた。


「で、せっかく同じ苗字なんだし兄弟設定でいく? それとも夫婦設定?」


「い、いらないわよそんな設定! もう、アマヤ!?」


「ははは」


 ぐるりと街を囲む石壁の中に足を踏み入れた。クリーム色や薄いピンク、ベージュなどの柔らかい色調をした2階から4階建ての家々が、まるでモザイク画のように広がっている。どれも石造りに木枠のドーマー窓が特徴的で、どこか温かみを感じさせた。テレビで見たことのある、フランスの古い町並みを思い出す。


「きれいだな。同じ街でも、緑風町とは大違いだ」


「本当ね。あそこも懐かしくて好きだけど、レマンプロスもおしゃれで素敵だわ」


 あざやかな花や植物のプランターに飾られた石畳の狭い通りを抜けて、メインストリートにでると両側に商店や飲食店が立ち並んでいる。


「目移りしちゃうわ。どのお店も気になる……」


「あとでゆっくり回ろう。とりあえず宿屋の確保だろ?」


「そうなんだけど……!」


「街の地図も見たいな。広場にあるよな?」


 あちこち目移りしながら、とりあえず街の中心にある中央広場まで進んだ。大きな噴水と教会のような建物があり、その前では市場が開かれているようで地元民と思われる人々で賑わっている。


「あったあった、地図」


 掲示板に駆け寄り、街の地図を確認する。おおざっぱではあるが、通りの名前、商店や職人の集まった区画などの確認はできる。どうやらこの街は領主の屋敷を守る壁と市街地を守る壁に囲まれていて、壁の外にも居住区のような小さな区画がいくつか点在しているようだ。入り口は俺たちが入ってきた門と反対側に位置する門の二つ。


「宿屋はこのへんかな……?」


「中心地に近いほど高額になるものよ。少し街の外れのほうまで行きましょう」


「モンスター解体屋はどのへんだ……?」


「この職人地区だと思う。先に寄っていく?」


「やった。俺ずっと楽しみにしてたんだよ」



 中央広場を離れ、モンスター解体屋をめざして、地図の記憶を頼りに路地が迷路のように広がっている通りを抜ける。石畳の道には様々な人々が行き交っていた。華やかな衣装を身にまとった貴族らしき人々、エプロン姿でかごを持った主婦たち、忙しそうに歩いている職人らしき男性。子供たちが通行人にぶつかりそうになるほど元気に走り回り、その姿を年配の人々が笑顔で見守っている。


 そんな和やかな通りを、エマと夕食はなにを食べるか相談しながら歩き続けていると、とつぜん大きな音とともに民家のドアが開け放たれた。なにかが勢いよく目の前を転がって向かいの家の壁に激突する。土ぼこりが舞うなか、窓際のプランターが落下し、そのなにかの上で音を立てて割れた。


「えっ……!?」


「な、なに? なんなの?」


 驚いてドアを振り返ると、そこには瞳に涙を浮かべ、顔を真っ赤にした、髪の長い女性が立っていた。どうやらこの人が家からなにかを吹き飛ばしたらしい。


「もうなんなのよ!!ぜんぜん私のことなんて考えてないくせに!!このバカ男!!」





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