「つけられてるわね」
必要な物資の補給や防具の修理をすべて終え、ラマハタ村を出発して数日たったある日。エマが急に立ち止まってそう告げた。
「……誰に?」
「だいたい想像できるわ」
周囲の木々が風に揺れ、葉のざわめきが耳に心地よく響く中、エマが茂みのほうに鋭い視線を向ける。
「いつまでも隠れていないで、でてきなさい! 」
エマの声がこだまするなか、周囲を見渡す。最初は静かだったが、すぐに木々のあいだから見知った姿をした三人の男たちが現れた。俺とエマを襲った盗賊たちだ。全員が顔の下半分を布で隠し、武装している。しかし今回はあの夜と違い、大きな剣をぶら下げた男と、俺を刺した大男、こん棒をもったずんぐりした男の三人しかいない。彼らの顔にはあからさまな敵意と、怒りが浮かんでいる。
「お前らのせいで四人も死んじまった。俺の手はこうだ。落とし前をつけてもらうぞ」
ずんぐりした男が包帯に巻かれた右手をかざしてそう言う。エマに手を出そうとして指を切り落とされただけのはずだが、ひじのあたりまで黄色や紫色のまだらな色に変色している。彼の目には狂気が宿っていた。
「わざわざ復讐にくるくらいなら、治療に専念すればいいんじゃないかしら」
エマが刀に手をかけて、冷たく言い放つ。
「なめやがってこのアマ……! てめえの弱点はわかってんだ!!」
男たちが武器を構えて向かってくる。大男とリーダー格の男はエマに斬りかかり、ずんぐりした男は俺に全力の体当たりをすると一緒に地面に倒れこんだ。剣を抜く間もなく馬乗りになられ、二発、三発と顔を殴られる。腕を交差させて頭を守る態勢をとるが、それでもなおガードの上から力まかせに殴られた。
「よく見てろクソ女!!」
馬乗りになったまま、エマに向かってそう叫んだ男が俺の腰の短剣を抜いた。にやついた目で、頭を守るためがら空きになっている俺の腹に突き刺す。
「ぐっ……ああ!」
すぐに短剣が引き抜かれ、少しずらした位置をもういちど刺された。またすぐに引き抜かれると、こんどは喉元に剣先があてられる。エマの弱点とはつまり俺のことだ。俺をいたぶれば彼女を苦しめられると踏んだんだろう。そしてそれは、目論見通りだった。
「アマヤ!!」
大男を切り伏せ、リーダー格の男と競り合っていたエマが叫ぶ。
「くそっ……また、かよ……」
旅に出てから、このパターンは何度目だ。いい加減に飽き飽きしてきた。痛みで涙がにじむ。刺された腹からはどんどん血があふれ、脇腹をとおり背中にぐっしょりと濡れた感触が伝わる。呼びかけてくる声から、エマの動揺が手に取るようにわかる。腹が立つ。卑劣なやつらにも、弱い自分にも。
「おい……」
手を伸ばし、俺の上にいる男の太ももを握りしめた。
「見ろ女ァ! お前の大事な男が苦しんでるぞ! 武器を置いてひざまずけ! そうすればこいつだけは一思いに殺してやってもいい!」
「……っ!」
ずんぐりした男は興奮しきっている。勝ちを確信しているように声高に叫んだ。その姿を見ていると、逆にこっちは頭の芯が冷えていく。
「……わかった。それ以上、彼になにもしないで。手当させて、お願い」
「へへ……。それでいいんだよ、大人しくしてろよ。たっぷり楽しませてもらうからな」
布のしたから漏れる下卑た笑い声に反吐がでそうだった。もういいだろう。十分に傷は負ったはずだ。
「おい……!」
「ああ? なんだぁこの死にぞこな――」
「返してやるよ」
握りしめた太ももを通して、俺のなかから力が溢れだすのを感じる。返してやる、何倍にもして。お前を殺してやる。こんどは感情の濁流に飲み込まれないように、怒りと苦痛を束ねて冷静にコントロールする。
「ぐっ……! なんだ、なん、ああああ!!」
男の顔面から骨がくだけるような鈍い音がひびく。顔をおさえて立ち上がり、よろよろと歩き出した直後、腹からも血があふれ出した。またたくまに地面に血だまりを作り、その上に膝をつく。
「お、お
「なんなんだ……なんなんだ!お前ら!!」
血を吐いたずんぐりした男は、倒れ込んでそのまま動かなくなった。いままで冷静だったリーダー格の男が、激高して剣を振りまわす。エマが素早くかわし、反撃の一閃を加えた。彼の剣が宙を切り、刀が肩口に深く食い込む。
「くそっ……」
リーダー格の男は呻き声を上げながら膝をつき、ゆっくりと倒れ込んだ。全滅だ。立っている者は、もう俺とエマしかいなかった。
「アマヤ、大丈夫なの?」
「……このとおり。もう塞がってるよ」
汚れたシャツをめくりあげて刺された箇所を見せる。ダイアウルフのときと同じく、痛みも傷もすべて消え去っていた。
「よかった……でも……」
「ん?」
「それだけじゃなくて、その……。人を殺したのは、はじめてでしょう?」
遠慮がちに聞いてくるエマの意図がはじめはわからなかった。人を殺した。そうだ、俺はいま、悪党とはいえ人を殺したんだ。ちゃんと自分の意思で力をコントロールできた、その高揚感で、人を殺したことなんて気にもならなかった。エマは俺がショックを受けていないか心配している。
「……大丈夫だよ。やらなきゃ、やられてた」
「うん。そうよ。やらなきゃ、やられてた。気に病んじゃだめよ」
「…………」
妙な気分だった。この力は、俺になにかを与えるだけなんだろうか。チクリと胸を突き刺すような違和感を覚え、すぐにしまいこむ。どうであれ、自分の力で敵を倒せたことにかわりない。今はそれで十分じゃないか。