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第34話 思わぬ成果と次の目的地


 翌朝、部屋の窓から差し込む陽の光で目を覚ました。見張りの交代もなく、まとまった時間ぐっすり眠れて、体の疲れがすっかり取れている。チュンチュン鳴く小鳥のさえずりを聞きながら、しばらくベッドの上で穏やかな時間を堪能していると、扉をノックする音が聞こえた。


「アマヤ、起きてる?」


 ベッドから起き上がり扉を開けると、エマが立っていた。今日は防具を身につけていない。黒いシャツにショートパンツ、いつものブーツ姿のラフな格好をしている。


「おはよう、アマヤ。これから出かけるけど、一緒にくる? 休みたいなら、防具は私が預かってもっていくわ」


「おはよう、エマ。俺も行くよ。ごめん、起きたばっかりなんだ。すぐ準備するから待ってて」


「ええ。じゃあ、庭にいるわね」


 身支度用の道具をもって一階におり、井戸水で顔を洗って歯磨きを済ませた。冷たい水が顔に触れると眠気が一気に吹き飛ぶ。部屋に戻って着替えをしてから、エマのいる庭に向かう。彼女は宿屋の子らしい男の子と話をしていた。俺に気付くと男の子にに小さく手をふり、駆け寄ってくる。


「お待たせ、エマ。行こうか」


「うん、行きましょう。村長さんの家がどこか教えてもらったわ。まずは討伐の報告ね」





 村の中心にある村長の家は、手入れの行き届いた庭が広がっており、派手さはないものの立派な佇まいをしていた。


「こんにちは。討伐の報告がありまして、村長さんにお会いしたいんですが……」


 入り口の柵を開き、庭仕事をしていた女性にそう告げると、すぐに彼のもとに案内された。村長は玄関横のベンチに座っていて、俺たちを見ると微笑んだ。やさしい目をした中年の男性だ。


「こんにちは、旅のお方。お困りごとですかな?」


「光の洞窟に出現したゴーレムが倒されたことと、ダイアウルフ討伐の報告にきました」


「ゴーレムが倒された? あなたたちが討伐したのではないのですか?」


「じつは、ダイアウルフが光の洞窟に逃げ込んでいて……。私たちが到着したときにはすでにゴーレムは倒されていました」


「なるほど。光の洞窟にダイアウルフが……」


 エマはポシェットから布に包まれたゴーレムの魔石をとりだし、村長に見せる。


「証拠になるかはわかりませんが、お見せしておきます。これがゴーレムから取り出した魔石です。くわしくは調査隊を出して確認してください」


「これはご親切に、ありがとう。すぐに調査隊を手配しましょう。ダイアウルフも討伐したとのことですが、死体は同じく光の洞窟にあるのかな?」


「いえ、ダイアウルフの死体は持ってきました。確認していただけますか?」


 エマが丁寧にマジック風呂敷のことを説明し、庭の一角にダイアウルフの死体を広げると、村長は驚いて声をあげた。


「これは……アルファですな。さぞ危険な戦いだったでしょう。こんなものが光の洞窟に住み着いてしまえば、村はたいへんなことになっていました。しかし、見事な……」


 村長はダイアウルフをまじまじと観察していた。大きさや迫力にも驚いているようだったが、傷だらけの無残な状態にも言葉を失っているようだった。


「結構。確認はすみました。アルファであったこと、光の洞窟から脅威を取り除いてくれたことを考慮して、報奨金は二倍用意しましょう。本来アルファはもっと高額なはずですが、これくらいしか出来ず申し訳ない。夕方までには用意できるので、また来てもらえるかな?」


「はい。ありがとうございます。ではのちほど」



 村長との話を終え、今度は食材や薬品の補充のため市場へ向かった。報奨金が上がったことでエマは機嫌を良くしたようだ。足取りが軽い。


「魔石を二つも手に入れたうえに、四千スタルクよ。たしかにアルファにしては低いけど、まあまあの成果だわ」


「よかったな。盗賊にやられたぶんは取り返せた?」


「ええ。だからってアマヤを刺したあいつらを許しはしないけどね」


 市場には様々な食材が並んでいて、新鮮な野菜の香りや、焼きたてのパンの匂いが鼻をくすぐる。いくつか買い食いしながら、エマと一緒に必要なものを選んだ。エマの交渉術は見事で、まとめて買うからと、いくつかの品は定価よりも安く手に入れることができた。残念ながらサイレントの魔法がかかったテントを扱う行商人は市場にいなかったが、まだ魔法道具屋がある。


 食材の買い物を終えたあとは道具屋。店内には旅に必要な様々な道具や薬品が整然と並べられていて、買い物中の冒険者らしきグループも何組かいた。エマが必要なものを選んでいるあいだ、俺も品物を物色してみる。


「えっ!? 回復薬ってこんなに高いの!?」


 思わず大きな声がでる。旅に出るまえの買い出しはエマが済ませてくれていたから、俺はこの日はじめて道具屋で回復薬の価格を見たのだ。値札には三百スタルクから五千スタルクを超えるまでの価格が書かれていた。


「五千スタルクって、さっきの報奨金より高いじゃないか」


「効果によって価格は変わるわよ。小さな傷なら数百スタルク、中程度の傷なら千から三千で済む。命にかかわるほどの大けがなら、五千はいくわね」


 エマの説明を聞きながら、あらためて回復薬の棚を見渡す。小さな瓶から大きな瓶まで、様々な種類の回復薬が並んでいる。それぞれに効能が書かれているが、高価なものほど効果が強いようだった。


「こんなに高いんじゃ、普通の人は気軽に買えないんじゃないか? 」


「そうよ。みんなが買えるわけじゃない。だから回復薬やヒーラーの存在は貴重なの」


 元の世界でいままでやってきたゲームの影響か、回復薬なんて誰でも買えるものだと思っていた。だってそうだろ? 回復薬が気軽に買えないゲームなんて、すぐに全滅してしまう。この世界では回復薬は贅沢品。魔法の力で誰でも怪我をなおせるわけじゃない。現実はそう甘くないんだ。


「買えない人はどうなるんだ?」


「……医者に診てもらって地道に治療するか、ヒーラーに頼るか……間に合わなければ諦めるしかないわ」


 エマの声には少し悲しみが混じっていた。彼女はきっと、回復薬や魔法を使えない人々の苦しみを知っているんだろう。俺は幸運にもエマのおかげで回復薬を使える立場にいる。でも、多くの人々はそうじゃないのかもしれない。


「俺が今の調子で怪我ばっかりして、回復薬を使いまくってたら、エマはすぐにでも金がつきるんじゃないか?」


「そうならないように訓練してるじゃない。小さな傷なら私の魔法でも治せるし、心配しすぎよ」


 エマは笑ってくれたが、やはり罪悪感に襲われる。自分の無知と無謀さが、またエマに迷惑をかけているのではないか。これからは、もっと慎重に行動しなければ。そう思うと、自分の傷を相手に押し付けるあの力はずいぶん有益なものに感じる。



 道具屋での買い物を終えて、次に向かったのは魔法道具屋だ。緑風町リョクフウマチの魔法道具屋「不思議堂」にくらべると、こじんまりとした店で品数も少なかった。タエさんやマリさんを思い出しながら、テントを探すために店内を見回していると、店主が声をかけてきた。


「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」


「サイレントの魔法がかかった小型テントを二つ探しているんですが、おいてますか?」


 店主は少し考えてから、棚の奥から一つのテントを取り出した。


「うーん、これが最後の一つですね。注文すれば数週間では届くはずですが……」


「いえ。先を急いでいて。一つだけいただきます」


 テントの性能を確認してから、残っていた一つを購入し、次に防具の修理に向かった。武具屋の店主は熟練の職人らしく、俺たちの防具をじっくりと見てから頷く。


「お嬢ちゃんのほうはかなり使い込んでるな。しかしよく手入れされている。パーツの交換だけで済みそうだ。籠手のほうは少し時間がかかる。二日もらうよ、しっかり直しておくから安心しな」


「よかった、お願いします」


 前金を払い防具を預けたあと、エマと再び村長の家に戻った。夕暮れ時で、庭には柔らかな光が差し込んでいる。村長はあいかわらず笑顔で俺たち二人を出迎えてくれた。


「やあ。報奨金の準備はできていますよ。あまり十分な額が支払えない代わりといってはなんですが、今晩うちで夕食をごちそうさせていただけないかな? 妻の料理は村一番と評判なんです」


 エマと俺は顔を見合わせて、笑顔で答えた。


「ありがとうございます。喜んでご馳走になります」


 村長宅でごちそうになった夕食は、たしかに絶品だった。市場に並んでいたのと同じく新鮮な野菜や肉、魚を使った料理の数々に、俺もエマも舌鼓を打つ。食事のあいだ、村長は村の歴史や最近の出来事について話してくれた。とくに、ゴーレムがいなくなったことで初心者冒険者が戻ってくることをとても喜んでいるようだった。


「本当に美味しかったです。ごちそうさまでした」


「ごちそうさまでした。ぶどう酒もうまかったです! ありがとうございました」


「こちらこそ楽しい時間をありがとう。旅の幸運を祈っていますよ」


 丁寧にお礼を言うと、村長夫妻は嬉しそうに笑顔を返し、入り口の前まで見送ってくれた。暗い道をエマの魔法で照らしながら宿へもどる道すがら、ふと思い出す。


「あれ? そういえば、モンスター解体屋は? クリスタルビートルとダイアウルフの死体があるだろ、売らないの?」


「それなんだけど……アルファは珍しいからできるだけ大きな街で、高く買い取ってくれる店に売ろうと思って」


「大きな街? 緑風町に戻るのか?」


「いいえ。ここから二つの村をこえた先、レマンプロスよ。防具が戻ってきたら、次はそこを目指しましょう」





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