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第32話 盗賊の脅威


 光の洞窟からでると、もうあたりは薄暗くなっていた。空は深い藍色に染まり、星々が瞬き始めている。近くの森の中で焚き火をおこして、破れた服の着替えや食事をすませた。


「胸当ては傷がついただけだけど、籠手のほうはだめだな。完全に破れてる」


「私の防具も手入れしなきゃだめね。村に戻ったら、修理できるか武具屋さんに聞いてみましょう」


「買ったばかりなのになぁ」


「しょうがないわ。ダイアウルフを相手にするなんて想定外だったもの。この程度ですんで良かったと思わなきゃ」


 エマが肩をすくめて言う。彼女の言うとおり、ダイアウルフとの戦いは予想外の出来事で、あのどう猛さと強さを考えると二人揃って無事に生還できたことは奇跡かもしれない。得体のしれない力とはいえ、目覚めてくれなければこうのんびりなんてしていられなかった。


 ため息をつきながら防具をマジックバッグにしまい、二人でテントの準備をしようとしていたとき、突然、木々の間から数人の男たちが飛び出してきた。焚き火の炎が大きく揺らめき、影が踊るように動く。全員が布で顔の下半分を隠し、様々な武器や防具で武装している。その風貌から、すぐに盗賊だとわかった。


「おい、武器をおいて大人しくしろ」


 衣服のとことどころに泥や血の跡がある、腰に大きな剣をぶら下げた男が静かな声で告げた。彼の目は冷たく、何の感情も読み取れない。


「…………」


 エマは立ち上がり、周囲を見渡している。隠れている敵の気配を探っているようだ。


「おい、聞こえなかったのか? 武器を置け!」


 片目に黒い眼帯をした細身の男が叫ぶ。彼の手には鋭い短剣が握られており、神経質そうに小刻みに体を揺らしている。その動きは不安定で、いつ攻撃を仕掛けてくるのかと不安になってくる。


「エマ……」


「七人ね。面倒だわ」


 エマの表情には若干の苛立ちが浮かんでいるが、冷静さを失ってはいない。


「でも、射手がいないのね。問題ないわよアマヤ」


「ああ!? なんだとこの女!!」


 大きな棍棒を握りしめた、背の低いずんぐりとした体型の男がエマに手を伸ばした。ご愁傷さまだ。この数日の旅のなかで、エマに不用意に近づいたものがどうなったか何度も目にしてきた。


「ぎゃあっ」


 エマの動きは一瞬で、風切り音がしただけのように見えた。案の定、悲鳴をあげて男がうずくまる。切り落とされた指がバラバラと地面に落ちた。


「指だけじゃすまなくなる前に立ち去りなさい。二度は言わないわよ」


 鋭い視線を走らせるエマの気迫に男たちがどよめき、後ずさりしだす。しかし、大きな剣をぶら下げた男だけは動じなかった。きっとこいつがこの集団のリーダーだ。眉ひとつ動かさずに俺たちを観察している。


「引くな、てめえら。腕がたつのはその女だけだ」


 つぎの瞬間、俺のすぐそばにいた大男の指が首にまきついた。片手で締め上げられ、両足が地面から浮く。なんて力だ、両手で引き離そうともがくが、びくともしない。一気に全身に冷や汗が浮かぶ。


「ぐっ……う!」


「アマヤ!」


「動くな、女! こいつの命が惜しければな」


 俺を人質に取った男の声が耳元で響く。エマがたじろいだ隙を盗賊たちは見逃さなかった。一斉に動き出し、二人が彼女に襲いかかる。応戦するが、俺のことを気にしながらの戦いは不利だ。その間に、残りの男たちが俺たちの荷物に手を伸ばした。テントや食料、物資の入ったマジックバッグを持ち走り去っていく。


「エ……マ……っ! バッ……グが……!」


 声がかすれ、うまく伝えられない。エマは二人の男を倒したが、既に遅かった。


「よし、荷物は確保した。撤退だ」


「こいつはどうする」


 俺を締め上げている男がリーダーに指示を仰ぐ。


「足をやれ」


 吐き捨てるようにそう告げると背を向けて去っていった。大男が俺のベルトからナイフを抜き、太ももに深々と突き立てる。痛みに、薄れていた意識が引き戻される。


「……っ!!」


 太ももから鮮血が流れ出し、地面に染み込んでいく。


「アマヤ!!」


「ゴーレムのせいで獲物が減っちまってな、みんな飢えてんだ。悪く思うなよ」


 そのまま地面に投げ出され、激しくせきこむ俺にエマが駆け寄ってきた。


「アマヤ、大丈夫!?」


「だめだエマっ、バッグを追ってくれ! 」


「でもっ」


「あいつら、追わせないために足を刺したんだ! 思い通りにさせるな!」


 痛みに耐えながら叫んだ。エマは躊躇ちゅうちょしたが、すぐに決意の表情を浮かべる。


「必ず取り返すわ。絶対に動かないで!」


 エマの姿が森の中に消えていく。傷口を抑えながら、彼女の無事を祈った。回復薬はすべて奪われたバッグの中だ。痛みと失血で意識が遠のいていく中、エマの帰りを待ち続けた。





***






「――マヤ。アマヤ。」


「んっ……」


 目を開くと、心配そうに覗きこんでくるエマに抱き止められていた。


「前にもあったな、こういうの」


「……うん。無事でよかった。どこか痛む?」


 太ももに目をやると、刺された傷は綺麗になくなっていた。あたりには回復薬の瓶が転がっている。


「大丈夫。バッグ取り戻せたのか、やったな。ごめん、俺、また足手まといに……」


「私がちゃんと注意していなかったからよ。あんなやつらに後れをとるなんて……油断していたわ。ごめんなさい。」


「謝るなよエマ。俺だって油断しかしてなかった。荷物も取り返せたんだ、この程度ですんで良かったと思わなきゃ、だろ」


「……ええ」


 エマは少し無理をして笑っているようだった。ダイアウルフとの戦いに盗賊の追跡、俺の心配までさせてしまって、きっと疲れがたまっている。早く休ませてやりたい。


「エマ、もう休んでくれ。テント組み立てるから待ってて」


 するとエマが首を横に振る。


「それが、全部は取り返せなかったの。私とあなたのバッグ自体は取り返したけど、テントと、いくつかの食糧や物資は持ち去られたわ。回復薬が残っていてよかった」


「そっか……。テントや食料は痛いけど、村まで二日ならどうにかなるよ。 悔しいけど買いなおそう。あ、金は!?」


「お金は念のため風呂敷のほうに移していたから無事よ。取り出すときが少し手間だけど、もうぜんぶこっちに移しておいたほうが安全かもしれないわね」


 肩を落としながら話すエマはやっぱり疲労の色が濃く、目の下には薄いクマができている。受け取った自分のマジックバッグを探り、中身を確認してみた。衣服も防具も無事だ。なかから服を数枚とりだして地面にしきつめる。


「アマヤ……?」


「二日間だけ、これでがまんしてくれ。エマ、君はもう眠ったほうがいい。俺は少し休んでいたから見張りはできる」


「私……眠りたくないわ」


「どうして? そんなに疲れてるのに、眠りたくないはないだろ」


「だって、テントがないもの……眠れない」


 テントがないと眠れない……。一人の空間じゃなければ落ちつかないとか、そういうことだろうか。それなら気の毒だけど「テントがないから眠りたくない」を、「はいそうですか」と受け入れるわけにもいかない。エマだって今の自分の状態をわかっているはずだ。一人ならまだしも、見張りの俺がいれば危険を察知することはできる。休めるときに休ませなきゃ身が持たない。


「俺が見張りじゃ心配か? またあいつらが戻ってくるかもしれなくて心配?」


「ち、ちがうの。アマヤの問題じゃなくて、えっと……その、わたし、寝言がうるさくて……だから、テントがないと……」


 寝言……? そんなことでエマがこんなふうにかたくなになるとは思えないが……。


「そんなの気にしないよ。明日もあるんだ、エマが元気にならなきゃ旅は続けられない。俺のためにも眠ってくれ」


 少し卑怯な言い方だが、そう強引に言い含めると、青ざめた顔をしたエマはしぶしぶといった様子でうなずいた。服の上に横になったところにブランケットがわりのシャツをかける。彼女は不安そうな表情のまま礼を言うと、目をつむり、少し体をまるめて眠る姿勢にはいった。




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