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第29話 光の洞窟

「ここが光の洞窟かぁ……!」


 長い移動と二日間の野営を経て、俺たちは目的地の光の洞窟の前にたどり着いていた。

 入り口はまるで山肌にぽっかりと開いた大きな口のように見える。周囲の岩肌は薄い青緑色を帯びていて、入り口の周りには小さな光る植物が生えていた。覗き込むと中から涼しい風が吹き抜けてくる。


「なんか、思ってたより綺麗だな?」


「中はもっと素敵よ。名前負けしてないの」


 エマに続いて中へ足を踏み入れる。最初は薄暗かったが、奥に進むにつれ明るくなっていくのに気付いた。洞窟の壁や天井に、いろいろな色をした光る鉱石が埋め込まれていて、青や緑、紫、そして淡い黄色の光が、互いの光を反射しあう。まるでプラネタリウムの中にいるみたいだ。


「すごい……綺麗だ」


 思わず声が漏れる。エマも楽しそうに周りを見回していた。


「本当に綺麗ね。足元、すべらないように気をつけてね」



 洞窟の床は意外にも平らで歩きやすく、所々に小さな水たまりがあった。その水面にも光る鉱石の輝きが反射して、幻想的な雰囲気を作り出している。


 さらに進んでいくと、天井の高い大きな空間に出た。中央に巨大な光る水晶がそびえ立っていて、その周りをカラフルな小さな蛍のような生き物が舞っている。


「あれはグロウバグよ。鉱石を食べるの。徐々に石の魔力が溜まっていって、あんなふうに色とりどりに光るようになるの」


 グロウバグの柔らかな光が、水晶に反射して部屋中を照らしていた。デートスポットとして有名になってもおかしくないロマンチックな景色だ。


「ここなら、モンスターが現れても十分に対処できそうだな」


「そうね。噂をすれば、よ」


 エマの視線の先を追うと、地面がボコボコと盛り上がり、地中から巨大なミミズのような虫が現れた。体調は一メートル弱、太さは二十センチくらいありそうだ。鉱石の光に引き寄せられるように、虫自体も青白い光の軌跡を描きながら洞窟内を這い回っている。


「あれはクリスタルグロウワーム。その名の通りクリスタルや鉱石を食べて光を発する虫。踏まなければとくに害はないわ。だけど……」


 クリスタルグロウワームの見た目はともかく、発する光の軌跡は思わず見とれてしまうものだった。しかし、その美しい光景も長くは続かない。突然、「ブーーーーン」という耳障りな羽音とともに、別の生き物が現れたのだ。


「ワームのいるところには大体あいつら、クリスタルビートルもいるのよ。構えてアマヤ」


 エマの警告に急いで剣を抜く。群れをなして現れたのは二十センチくらいの大きさの巨大なカナブンに似た虫だった。甲羅が玉虫色たまむしいろに光を発し、見た目は綺麗だが、その虫がおこした行動は決して平和なものではなかった。素早い動きで一斉にクリスタルグロウワームに襲いかかり、鋭い顎で柔らかな体を切り裂いていく。


「こいつら、ワームを狩ってるのか……!」


「そう、クリスタルビートルはワームを捕食するの。それに、私たちにとっても危険よ」



 その言葉通り、一匹のクリスタルビートルが俺たちに気付き、こちらへ向かってきた。鋭い顎をカチカチとならし、あきらかに攻撃的だ。


「ビートルの甲羅は堅いわ。普通の攻撃は通らない。羽を広げた隙か、甲羅と甲羅の間を狙って」


「わ、わかった……!」


 返事をしたものの、飛んでいる敵との戦闘は初めてだ。猛スピードで近づいてくる姿に焦ってしまい、アドバイス通りに狙うことができない。なんとか体に飛びかかられる前に短剣で一撃を加えてみたが、堅い甲羅に阻まれ、弾きかえされる。それを見たエマがすばやく刀を振り、クリスタルビートルを両断した。


「気をつけて、噛みつかれたらああなるわよ。今のあなたなら戦える相手。落ちついて」


 クリスタルビートルに襲われ、引き裂かれ逃げ惑うワームたちを指さしてエマが言う。何匹かのクリスタルビートルがこちらの騒ぎに気付き向かってきた。虫の大群にに引き裂かれて死ぬなんて絶対に御免だ。剣を握りなおして頭をフル回転させる。


 飛んでいる状態で狙えないなら落とすしかない。まずは叩き落すことに集中! 一匹のビートルの側面を思い切り横叩きにして、地面に打ち付ける。態勢を立て直す隙にブーツのナイフを抜き、甲羅のあいだに深く差し込んだ。「ギイギイ」と鳴き声をあげ、緑色の体液があふれだす。絶命を確認する間もなく肩や頭につぎつぎビートルがぶつかってくる。噛みつかれないよう必死に手で払いながらまた別のビートルを叩き落とした。しばらく続けていると、地面がぐにゃりと歪み足を取られて倒れこむ。地中に潜ったワームを踏んでしまったようだ。


「ご、ごめんな……!」


 半分ほど埋まっていたワームがまた動き出し、もぞもぞと地中深くに潜りはじめた。それを狙って、ビートルが勢いよく飛んでくる。


「ダメだって! こいつ!」


 剣の柄を握りしめたまま思い切り拳を振りおろし、ビートルを叩き落した。すぐにナイフでとどめを刺す。気付けばあたりに鳴り響いていた羽音がやみ、静かになっていた。


「いまので最後ね。おつかれさま、アマヤ」


 エマのまわりには綺麗に二等分された大量のビートルの死骸が落ちている。汗だくの俺と違っていつも通りの涼しい顔をしていた。


「飛んでる敵って、きっついな。体力がもたない」


「慣れるまでは厄介よね。でもアマヤ、最後は拳で叩き落してたわよ? ちゃんと順応していってるわ」


「ははは……」


 あれは無抵抗のワームが引き裂かれるのを見たくない一心での、まぐれだ。またやれと言われたら難しい。立ち上がって土ぼこりを払っていると、エマが俺の倒したビートルを持ち上げていろいろな角度から眺めていた。


「どうしたエマ?」


「アマヤ、綺麗に倒したわね。クリスタルビートルの甲羅は素材として売れるの。こんなに綺麗なら解体屋に喜ばれるわよ」


「そうなの? 持って帰る?」


「ええ。あなたが倒したぶんはぜんぶ持ち帰りましょう」


 クリスタルビートルの死骸を拾ってバッグに放り込み、洞窟のさらに奥をめざした。エマによると最奥の行き止まりに、目覚めたゴーレムがいるらしい。光の洞窟は深く、複雑な通路が続いている。進むにつれて光の強さが増し、壁や天井に埋め込まれた鉱石が一層輝きを増していった。


 狭い通路を抜けると、とつぜん空間が開け、エマと俺は足を止めた。

そこは巨大な地下湖のような場所だった。天井は高く、無数の小さな結晶が星空のように輝いている。湖面は鏡のように静かで、天井の光を完璧に反射し、上下の境界線が曖昧になっていた。

湖の周囲には奇妙な形をした岩の柱が立ち並んでいる。それらの柱は、長い年月をかけて水滴が作り出した芸術作品のようだった。柱の表面にはカラフルな光る苔が生えている。


「いやー……、異世界だわ……」


 現実味のない自然の美しさを前に、唖然としてしまう。


「えっ……」


 ふいに、エマの息をのむ声が聞こえた。彼女は自分の荷物をその場に投げ出すと駆け出し、洞窟の奥で立ち止まる。足元には、巨大な土の塊のようなものが横たわっている。


「エマ……?」


「これ、ゴーレムだわ。……だれかに倒されちゃってる」


 そばに駆け寄って、巨大な人型をした土の塊、ゴーレムを見る。その体は胸から胴体が引き裂かれ、体から漏れ出た魔力のような液体が、血だまりのように広がっている。エマがしゃがみこんで胸のあたりの傷を探りだした。


「魔石がとられていない……それに、この傷……これは……」


「ガルルルルルル……」


 静かな洞窟内に、低いうなり声が響いた。その音は何度も何度も反響し、聞き間違えではないことを嫌でも理解させられる。


 静かな、ゆっくりとした足音とともに、俺たちが通ってきた通路の入り口を塞ぎ、巨大な獣が姿を現す。エマが息を殺しながら刀を抜いた。


「ダイアウルフ……それもアルファ。冒険者に追われて、この洞窟に逃げ込んでいたのね」

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