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第28話 はじめての野営

 村で宿を借りたあと、近くの酒場で食事と情報収集をすることにした。

 酒場というと荒くれ者が集まるイメージだが、店内はサーヌ村の食堂と似た、どちらかというとアットホームな雰囲気だった。たしかに家族連れや女性客は少なく客層はいかついが、とくに荒れている様子はない。


「なんか想像してた酒場と違う、もっと野蛮なイメージだった」


「日によるんじゃないかしら。あと、ギルドの支部があるかも関係あるわね。冒険者ギルドや賞金稼ぎギルドの人たちは気が短い人も多いから、酔って暴れたり喧嘩してたりよく見かけるわよ」


「ここにはないんだ?」


「ええ、小さな村にはないわね。このあたりだと緑風町のほかに……三つ隣の町、レマンプロスにあるはず」


 レマンプロス。狂信者の話をしていた冒険者から聞いた名前だな。三つ隣か、けっこう近い。食事をとりながら、エマがしているようにまわりの話に耳をすます。聞こえてくるのは村人同士の噂話が多い。



「あしたからの予定の確認をしましょうか。この村をでたら二日間は野営をするつもりよ。アマヤのぶんのテントと寝具は準備してある。寝心地はあまり期待しないでね」


 おお。ついにきた野営。危険も多いとは聞くが、旅といえばやっぱり焚き火を囲んで飯を食うワイルドな野営のイメージがある。


「二日か、次の村まで遠いんだな?」


「いいえ、明日は村に向かわないの。依頼のために光の洞窟に向かうわ。魔石をもつモンスターがいるはずなのよ」


 魔石をもつモンスターということは、長く生きたか高ランクってことだよな。牛鬼を思い出し顔を歪めた俺を見て、エマが笑う。


「大丈夫よ、光の洞窟は明るいしほとんど初心者向けのモンスターしかでないの。しっかり警戒していれば、いまのアマヤを連れて行っても問題ないと思うわ。訓練もかねて挑戦してみましょう」


「ん……? そんな初心者向けダンジョンになんで魔石をもつモンスターがいるんだ?」


「最奥でずっと眠ってたゴーレムが目覚めたらしいの。近づく者に攻撃するだけで、自主的に悪さをしているわけでもないんだけど、初心者冒険者を驚かせているから掲示板に討伐依頼がでていたわ。光の洞窟に初心者が来なくなってしまったら、この村の稼ぎが減っちゃうからね」


「へぇ。ゴーレムか……」


 俺の中のゴーレムのイメージは、土でできていて、怪力で、よく門番とかしてる巨大なやつだな。あきらかに強そうだし、ゴーレム相手の戦いに参加させてもらうことはできないだろうが、エマの動きをよく見て勉強させてもらおう。


「兄ちゃんたち、光の洞窟に行くのかい?」


「え?」


 俺のうしろのテーブルに座っていた、農夫のような男たち四人組。その一人が話しかけてきた。


「はい。明日出発するつもりです。まだ倒されていないと聞きましたが、たしかでしょうか?」


 エマが愛想よく農夫たちに応える。


「ああ、たしかだと思うよ。最近ちかくの森で群れからはぐれたダイアウルフの目撃情報があってな。冒険者たちはみんなそっちに行っちまってる」


「ダイアウルフですか……。危険ですが、もう対応されてる方がいるなら安心ですね。私たちはゴーレムのほうに集中することにします」


「頼むよ。光の洞窟はこのへんの新米冒険者たちの登竜門とうりゅうもんみたいなものだからね。とつぜんゴーレムなんかが現れて迷惑してるんだ。期待してるよ、よろしくな!」


 エマが笑顔でうなずき、農夫たちも機嫌よく自分たちの会話に戻った。


「報酬は三千スタルクよ。この村の経済状況を考えれば妥当。魔石も手に入るなら文句ないわ。人助けにもなるし、いくわよね?」


「いいよ、まかせる。俺はエマについていくだけだ」



 こうして翌日からの予定を決めた俺たちは、しっかりと休息をとり、明朝に村をあとにした。


 一日中ほとんど移動に費やし、簡単な戦闘も重ねる。ゴブリン、ラットとの戦いには慣れてきた。スケルトンには個人的な恨みもあり熱が入った。スライムにも出会ったが、ほとんど攻撃を仕掛けてこないので無視してもいいと言われた。彼らはだいたい大人しくふるふると揺れているだけだった。


「なあ、あれ。触ってもいいか? 気持ちよさそうだ……」


「スライムは雑食よ。草も、モンスターの死体も、生きてる人間も食べるわ。気まぐれに溶かされてもいいなら、とめないけど」


「こっわい……」


 街道から外れた森の中で焚き火の準備をしながら、近くにいたスライムについて聞いたらおそろしい返答が帰ってきた。かわいいのになぁ。この世界はネコといい、かわいいものに気安く触れない厳しさがあるよな。


「はい、これがアマヤのテントね。いまから私のを張るから、やり方を真似て。眠るだけの小さなものだから簡単よ」


「ありがとう。旅での野宿って、こう、焚き火のそばで雑魚寝みたいなイメージだったんだ。エマはちゃんとテントを張るんだな」


「うーん……。雑魚寝する人もいるみたいだけど。ひとり旅でそれは危険すぎると思わない? 賊にもモンスターにも、襲ってくださいと言ってるようなものじゃないかしら……」


「あー……。たしかに。なんで思いつかなかったんだろ。どこの世界にも悪い奴らはいるのにな」


 エマをまねて張ったベージュのシンプルなテントは、たしかに人一人が横になるのでいっぱいだったが、中に入ってみると、この一枚の布がすごく心強いものに感じられた。雨風はしのげるし、寝ている人間がどんな人物なのか外敵から一目でわからない。中に筋骨隆々のマッチョがいる可能性もあるわけだから、賊も慎重になりそうだ。



「飯食ったら筋トレしよ」


「いいわね。私もひさしぶりに素振りでもしようかな」


 夕食はパンに焼いた塩漬け肉、チーズ、野菜を挟んだサンドを作り、エマの準備した豆と野菜のスープと一緒に食べた。デザートには緑風町でよく食べられていたまんじゅうが出た。


 腹が落ちついたら素振りをするエマの横で腹筋、腕立て、スクワットなどの筋トレを一通りして、風呂に入れないため水と布で体を拭く。あしたの準備や片付けをして寝る準備を整えた。そこで気付いたのが、野営のときには見張り役が必要だということだ。宿で安全に寝ているのとはわけが違う。二人とも寝てしまえば危険が近づいてきたときに気付くことができない。


「エマ、見張りはどうしようか。一番目か二番目か、どっちがいい?」


「私はどっちでもいいけれど……そうだこれ」


 エマが物資用のバッグを探り、中から取り出したのは大きめの砂時計だった。古びた木の枠におさまったガラス球には、まるで星屑のようにきらめく白い砂が満ちている。細い首を通って下の球へと流れ落ちる砂は、静かな滝のように綺麗だった。


「三時間で落ちきるわ。それで交代。平気そう?」


「了解、大丈夫だよ。じゃあ、俺からでもいいか? 筋トレしてたら目が冴えてきちゃってさ」


「ええ。アマヤがそれでいいなら。じゃあ、先に休ませてもらうわね」


 テントに入るエマと「おやすみ」を言い合って砂時計をひっくり返す。三時間か。自分のマジックバッグを探り、マリさんからもらったアミュレットを取り出した。薄紫色の石のカットが、炎の明かりを反射してキラキラと輝いている。近くに置けと言われても、宿屋に泊まるときにはどうにもできなかったこれをやっと使える日が来た。


 ちょうどいい頃合いを見計らって、エマのテントと地面のあいだに押し込む。明日、テントをたたむ前に回収すれば完璧だ。これで彼女が悪夢を見なくてすむのか半信半疑ではある。が、マリさんの言葉を信じるしかない。


「いい夢が見られるといいな」


 焚き火の炎を眺めながら、はじめての野営の夜は静かにふけていった。




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