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第27話 スケルトンの一撃

 翌朝、朝日が昇り始めるころ、俺たちは宿を出発した。村の人々はまだ静かに眠っているようで、村全体が静まり返っている。


「エマ、今日の予定は?」


「次の村まで行くつもりよ。そこでも一晩休んでから、さらに先を目指すわ」


「了解」


 昨夜はモンスターとの戦いや移動の疲れ、狂信者の話やらで予定の確認まで気が回らなかった。ブーツの靴ひもを締めなおして気合をいれなおす。



「今日は訓練もかねて、積極的にモンスターと戦っていくからね」


「え!? 訓練!?」


「ゴブリンと戦ったときの動きを見て、戦闘オンチじゃないことはわかったもの。筋はある。強いモンスターとは戦わせないし、私もしっかりサポートするから。心配しないで」


 きのう、武器を奪われた状態のゴブリンを一匹倒すだけでも必死だったのに、もう何匹もモンスターを相手にしていくのか。かなり不安だ。だけど、エマがサポートしてくれるならこれ以上に心強いことはない。


「……わかった。よろしくお願いします」


「はい。がんばりましょう」


 いつもどおりの笑顔を浮かべるエマに励まされ、俺たちは再び街道を歩き始めた。 警戒しながら歩みをすすめ、数十分が経ったころ、茂みの中からガサガサとこちらに近づく音が聞こえてきた。


「来たわ。アマヤ、気をつけて」


「うっ……またゴブリンか?」


 エマにならって、短剣を抜き身構えた。茂みの中を走りるけてくるスピードが速くなり、低い位置の草木が大きく揺れる。目の前に飛び出してきたのは小汚い灰色の毛玉だった。


「うわっ! ネズミ!? でかっ……」


「キーーーー!」


 ただでさえデカいそのネズミは二本の後ろ脚で前かがみに立ち上り、鋭い牙をむき出しにしてこちらを威嚇している。その背丈は人間の膝上ほどあった。


「ジャイアントラットね。必ず近くに仲間がいるわよ」


「ううっ、ネズミってデカくなるとこんなに迫力あるのかよ」


「気を付けてね。ラット類は病気を媒介することがあるから、なるべく触れちゃだめよ」


「めちゃくちゃ怖いな!」


 ジャイアントラットが鋭い鳴き声を上げて突進してきた。短剣を構えなおし、昨日のエマのアドバイスを思いだして動きを見極める。


「刺突が基本。動作はすばやく、相手の隙を狙う、と!」


 ジャイアントラットが飛びかかってきた瞬間、俺は反射的に短剣を突き出した。刃先が脇腹に深く刺さり、血が噴き出す。


「その調子よアマヤ! 次がくるわ!」


 一匹目が倒れたところで鋭い鳴き声がつづき、五匹、六匹と茂みからジャイアントラット現れはじめた。


「おちついて、こっちは私が。そこの二匹はあなたに任せるわ」


「わかった!」


 一匹目の腹からいそいで短剣を抜き、構えなおす。顔は怖いし、素早いが、動きが単純でまとがでかいぶん攻撃はあたりやすい。飛び掛かってくるタイミングさえ見極められれば大丈夫だ、なんとかなる!


「そこだ! っ! ……やった!」


 二匹のラットを倒し振り返ると、とっくに自分のぶんを始末したエマが刀をしまいながらこちらを見ていた。


「よくできでいたわ。少しは慣れてきた?」


「うん。少しだけ」


 スムーズに体を動かせたことや、この短時間で三匹も自力でモンスターを倒せたことで自然と気持ちも前向きになってきていた。本当に少しだけだけど、俺もやれば出来るのかもしれないとかすかな希望も芽生えている。


「その調子でいきましょう。モンスターとの遭遇率をあげるために、街道を逸れない程度に少し森のなかを歩くわね。深いところには強いモンスターがでやすいから、絶対に私のそばから離れないで。逃げられても深追いしちゃだめよ」


「わ、わかった!」



 エマの指示に従って、街道から少し外れた森の中を進んでいった。少し外れただけだというのに緊張感は街道の比じゃない。足元で草木を踏み鳴らす音が響くたびに、いちいち肩が跳ねそうになる。ときおりジャイアントラットやゴブリンに遭遇しては戦いになり、助けを借りながらも確実に経験を積んでいく。

 ふいに、前を歩くエマの動きが止まった。


「聞こえる?」


「……?」


 そう言われて、耳をすましてみると、なにかカタカタと小刻みにぶつかるような音が聞こえた。少しずつこちらに近づいてきているようだが、なんの音かまではわからない。


「あれは骨のぶつかる音よ。アンデッドのスケルトンがいるわ」


「スケルトン!? 骨のやつ? だ、大丈夫なのか? 俺でもいける?」


「肉体を失ってさまようだけの存在よ。コツさえつかめば無力化は簡単」


「コツって?」


 ガサガサッとひときわ大きな音がして、茂みの向こうからしっかりとした人骨が現れた。マジでスケルトンだ。本物だ。手には錆びた剣が握られている。ゲームで見るまんまのやつだ。息をひそめて気配を消す。


「無駄よアマヤ。アンデッドは五感がないぶん生命エネルギーに異様に敏感なの。生きている私たちはもう見つかってるわ」


「え!?」


「よそ見しないで!」


 エマに襟首をつかまれて、思い切りうしろに引かれる。しりもちをついた足のあいだにズドンと錆びた剣が振り下ろされた。鈍い刃で草木がぺちゃんこに潰され、先端は地面にめりこんでいる。切れない剣だとしても、こんな一撃をくらったら大けがをするのは間違いない。


「生前の強さによって力にバラつきがあるのが難点ね」


「それでこれは俺でもいけそうなやつなのかな!?」


「きっと大丈夫よ。装備はあなたのほうが勝ってる。がんばってみて」


「装備は!?」


 スケルトンが剣を大きく振りかぶりだしたので、急いで体制を立て直し距離をとった。狙うとしたら、どこだ!? 心臓も動脈も内臓も、大きなダメージをあたえられるような中身がなにもない。ただの骨だ!


「はっ! 首か、首を飛ばすんだな」


 大ぶりな一撃をかわし、素早く駆けよって、バッドをふるよう動きでスケルトンの首に短剣を叩きこんだ。ガコッと骨が外れる音がして、頭蓋骨が地面に落ちて転がる。スケルトンの動きが止まった。


「や、やったんじゃないか? エマ、これで合って――」


「よそ見」


 エマが俺のうしろを指さしている。振り返った瞬間、風を切る音がして、喉すれすれの位置を剣が横切った。


「うっ、わ、あぶ、あぶなかった……!」


 ギリギリのところでよけて後ずさる。スケルトンがまた動き出していた。どうやら頭の有無はこいつの動きを止めることと関係ないらしい。


「アマヤ、スケルトンは目でものをみているわけじゃないわ。頭はただのパーツの一部よ」


「わかった、いま、わかったから! それ! 」


 生前の癖なのか、動きは大ぶり。すきはあるんだ。だけど狙う場所がわからない。何度か攻撃をよけては胸や背骨に剣をぶつけてみても、倒せるほどの手ごたえがない。


「エマ、ヒントをくれ!」


 エマが刀を抜き、一度だけ振るった。スケルトンの、剣をもっていないほうの手がバラバラとくずれ落ちる。いま狙ったのは、肩か?


「ヒントはよ。アンデッドは殺せない。バラバラにしてもまた組み上げて向かってくるわ」


「組み上げ……そうか、組み上げられなきゃいいわけか。よし、じゃあ、関節か!」


 ヒントを頼りに、手首、ヒジ、と関節を狙って刃先を差し込んで骨を砕く。音を立てて地面に落ちた剣と手の骨を前に、スケルトンは立ちつくしてしまった。頭と両手のないその姿は、なんだかすごく物悲しく見える。


「……せ、戦意喪失かな? 勝ったってことでいいのかエマ――」


「よ・そ・見!」


 油断した俺は見事にスケルトンに男の急所を蹴り上げられ、数十分その場にうずくまるはめになった。生きてようが死んでようが、それは反則だろちくしょう……。






***





「もう大丈夫?」


 ひまつぶしに関節という関節を砕かれ綺麗に並べられたスケルトンの横で、エマが心配そうにのぞき込んでくる。


「だいじょうぶです……ごめんなさい……。お見苦しいところをお見せしました……」


「あはは。なんだか子供のころを思い出しちゃった。大人に混ざって私だけ背が低いから、よく兄弟子たちの急所に木刀をぶつけちゃって、さっきのアマヤみたいになってたの」


「楽しんでもらえたならなによりですよ……」


 エマは申し訳なさそうに、それでも楽しそうに笑った。落ち込んでいた気分も、その笑顔でだいぶ軽くなる。ようやく立ち上がれるようになり、服の土を払った。


「油断はしてたけど、立ち回りはよかったわ。スケルトンは骨を砕くのが基本。短剣では関節を狙うと効率がいい。よく気付けたわね」


「ありがとう。油断大敵、身をもって学んだよ」


「あははは」


 そのあとは、かるくツボに入ってしまったエマと共に街道に戻り、今日の目的の村に向かって歩を進めた。日が傾き始め、あたりが薄暗くなってきたころ、また小さな村についた。


「ここがラマタハ村ね。ここで一泊して、明日また出発しましょう」


「やっと着いた……。今日は疲れたよ。飯食って風呂入ったら、爆睡できそう」


「そうね。アマヤ、今日はずいぶんと成長したわ。明日からの旅も楽しみになってきたでしょう?」


 エマの言葉に素直に頷いた。たしかに今朝、宿を出発したときよりも確実な自信がついている。明日はもっと成長するのかもしれないと思うと、楽しみにすら感じた。


「先生がいいんだ。ありがとなエマ。明日もよろしく」


「こちらこそ。さあ、宿を探しましょう。明日も早いからね」


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