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第24話 旅立ちの朝

 買い物を終えて、息を切らしながら夜鳴きに戻ると、受付をしている男性のスタッフが俺たちの姿を見つけ呼び掛けてきた。


「おかえりアマヤ、エマさん。荷物を置いたらすぐ蛍の間に来いって、ルリさんから伝言だよ」


「蛍の間? なにか手伝いかな。わかった。ありがとな、おつかれさま」


「おう、おつかれー」


 言われたとおりにそれぞれ買ってきたものを部屋に置いてから合流し、蛍の間に向かうと、賑やかな声が廊下まで聞こえてきた。


「なにかしら?」


「宴会かな? 人手が足りないから手伝えとか……エマまで呼ぶのはおかしいか」


 そっと扉を開けた瞬間、温かな光と笑い声が俺たちを出迎えた。部屋の奥、上座の位置にはふわふわのクッションに座ったおばば様。そしてその隣にはいつものように着飾ったルリさん。キヨちゃんにミヨちゃん。仲良くしてくれている数人のスタッフたちに、私服の浴衣に身を包んだシキヤさんとランさんもいた。みんなテーブルを取り囲むように座って、こちらを見ている。


「おっそいわよ二人とも! もうはじめちゃってるからね!」


 すでに酒が入っているのか、機嫌がよさそうなルリさんはそう言って立ち上がり、俺たちの腕を引っ張り座椅子に座らせた。


「これなにルリさん?」


「送別会に決まってるじゃない! ほらほら飲み物はなんにするの? 乾杯するから早く」


「ええっ、じゃあそれ、ルリさんと同じもので」


 ルリさんに肩を組まれ、ぐいぐいとお酒のメニュー表を顔に押し付けられる。近すぎて見えないから適当に答えた。


「明日から旅立つ二人のために、ささやかながら用意させてもらったんじゃ。好きなだけ飲んで食べて、英気を養っておくれ」


「おばば様……。みなさんも、集まっていただいてありがとうございます。じゃあ私はりんごジュースで」


「料理もじゃんじゃん持ってきてぇ!」


 送別会とは、予想もしていなかった。みんなわざわざシフトを合わせてくれたんだろうか。気付かなかったな。


 蛍の間は、キヨちゃんとミヨちゃんのお気に入りの折り紙で作られた色とりどりの輪っかの飾りが天井から吊るされ、お誕生日会のように飾り付けられている。

 テーブルには夜鳴きの名物料理が所狭しと並べられていた。香ばしい焼き魚の匂いが漂い、大きな陶器の鉢には色鮮やかな野菜の煮物が盛られている。エマが好きな餃子はもちろん、俺の好きな山菜の天ぷらまで用意されていた。


 酒瓶が複数置かれ、様々な種類の酒も振る舞われている。地元の米で醸された純米酒、梅酒、そしてこのあたりではあまり飲まれないという蜂蜜酒。グラスの代わりに使われる木製の酒器には、夜鳴きのロゴが焼き付けられていた。ちゃんとした宿泊客になったようでテンションが上がる。



「飲み物いきわたったわねー? それじゃあ、エマとアマヤ二人の旅の無事を願ってー! かんぱーい!!」



 ルリさんの乾杯の音頭とともに、みんな一斉に「乾杯!」と湯飲みや木のジョッキ、それぞれの飲み物の容器を軽くぶつけあう。ルリさんと同じものを頼んだ俺の酒器のなかみは梅酒だった。俺の世界の梅酒と違いとても甘くて濃い。慣れればなかなかに旨いな。甘いものが好きなエマにも勧めようと思ったが、はたと気付く。


「エマ、歳いくつ……?」


「十七よ」


「じゅっ……じゅうなな……。じゃあ、お酒はだめだ」


「そうね。成人の楽しみにとっておくわ。あと一年だもの」


 若いとは思っていたが、十七歳……。どう育てられたらこんなに礼儀正しくしっかりした子になるんだろう。自分が十七のころを思い出し悶絶したくなる。




「エマぁ。もう行っちゃうなんて寂しいわ。また戻ってくるわよね? アタシたちのこと忘れちゃやあよ?」


「あはは。忘れません、絶対。また戻ってきます」


「エマぁ~~~~」


 ルリさんはエマにべったりだった。この二人は仲がいいもんな。旅の別れは、さぞ名残惜しいだろう。


「アマヤ! アンタは迷惑ばっかりかけるんじゃないわよ! エマは強いけどアンタはどうせ、よわよわなんだから! ふだんは蜘蛛のように気配を消して邪魔にならず、死ぬときはエマの盾になって死になさい!」


 うん。俺にも一割くらい名残を見せてほしい。


「なぁぁあんでよりによってお前がエマちゃんと同行すんだよ?」


「ヒッ!」


 とつぜん肩にずっしりと重みを感じたと思ったら、すぐ隣にランさんの顔があった。びっくりした、バーベルを乗せられたのかと思った。なんて筋肉なんだこの腕……!というかミノタウロス族の筋骨隆々な無骨な外見に似合わず、黒い浴衣が意外としっくりきている。俺より似合ってるな。やはり男は筋肉なのか。


「せやせや。どうなっとんねんコラ」


 ランさんの横から、頬を赤く染めたほろ酔い状態のシキヤが顔をだした。普段しているマスクを今日は外している。


「いろいろありまして……」


「こんなヒョロガリにエマちゃんが守れるもんか。俺が一緒に行った方がまだマシだぜ」


「ぐうっ……! そりゃ、ランさんから見たらほとんどの人間はヒョロガリでしょうけども……!」


「おーおー! もっと言うたれランさん」


 シキヤは楽しそうに手を叩きながらランさんをあおっているが、いやいや、あんたも俺と同じヒョロガリの部類だろ! という突っ込みは心のなかにしまっておく。


「ランドルさん、アマヤは十分に頼りになりますよ。安心してください。それに、この町には同心どうしんとしてのあなたが必要でしょう。 私と一緒に行っちゃダメです」


「そっ、それは、そ、そうだな。うん……」


 くすくすと楽しそうに笑うエマを見て、ランさんはしどろもどろになってしまった。耳まで真っ赤だ。わかりやすい。


「お前、エマちゃんになにかしてみろ、そんときゃ俺が八つ裂きにしてやるからな……!」


 ドアップでランさんに凄まれ、鬼のような気迫が伝わってくる。腰が抜けてしまいそうなくらい怖い。


「しません!しませんから絶対!」


「だぁいじょうぶよランドル。ソイツったらアタシが誘っても乗ってこなかったんだから。理性は一級品よ」


「な、なに!? ルリさんが誘っ……!? なんでそんなことになってんねん! 殺すぞおどれは!!」


 今度はシキヤさんがすごい勢いで胸ぐらにつかみかかってきた。


「ちょっ、ちょ、ちょっとルリさんんん!?」


 不用意すぎる発言に涙目でルリさんを見るが、鼻歌を歌いながら酒をあおっている。その横ではエマがにっこりと俺に笑顔を向けていた。


「見直したわアマヤ」


「エマ、ちがう、あの時は本当に参ってて……!ルリさんは俺を励まそうと!」


「弁解なんていらないのよアマヤ」


「いや本当にちゃんと聞いて! おねがい!」



 送別会という名の宴会が進むにつれ、蛍の間は笑い声と歓談で溢れていった。誰かが即興で歌を歌いはじめ、それに合わせて手拍子がおこる。踊りだす者もいれば、昔話に花を咲かせる者もいる。

 キヨちゃんとミヨちゃんが大きな青い瞳を輝かせながら、「お土産忘れないでね!」「冒険の話、たくさん聞かせてね!」と元気よく叫んでいる。二人の尻尾が興奮で左右に揺れている様子が可愛らしい。


「ねえ、アマヤ」


 エマが俺のとなりに座り、小声で話しかけてきた。


「私たち、本当に恵まれているわ。こんなに優しくて、温かい人たちに見送られて旅立てるなんて」


「うん。本当にそうだな」


 明日からの旅への期待と不安、そして今この瞬間の幸せが入り混じる複雑な気持ちを抱きながら、夜が更けていく。


「アマヤぁ。甘いのと辛いのどっち」


「まだ飲むのかよルリさん。せっかくだから両方で」


「やだぁ! いけるわねぇ!」


 夜鳴きの仲間たちの笑顔を心に刻みつけながら、最後の夜を心ゆくまで楽しんだ。



***



 目覚めたとき、窓の外はまだ朝もやに包まれていた。昨夜の宴会の余韻が頭の中でまだわずかに響いている。窓の外から差し込む柔らかな光はあたたかく、新しい旅立ちの日にぴったりだと思った。


 布団から起き上がり、酔いと眠気を覚ますため風呂に向かう。すれ違う早起きのスタッフたちにおはようとお別れの挨拶をして、冷たい水で顔を洗い、熱い風呂で気合を入れた。鏡に映る自分の顔には、期待と不安が入り混じった表情が浮かんでいる。


 部屋に戻って持ち物と装備の最終確認をしたあとは、布団を干してきれいに部屋を掃除した。


「お世話になりました」


 部屋の中に手を合わせて、入り口の引き戸を閉じる。一ヵ月ちかくもお世話になった部屋だ、愛着もひとしお。掃除する時間をとれてよかった。


 玄関広間に行くと、すでにエマが準備をととのえて待っていた。彼女の凛とした姿を見て、俺も身を引き締める。


「おはよう、アマヤ。調子はどう?」


「おはよう、エマ。大丈夫だよ。ちょっと緊張するけど」


「私もよ」


 ほほえむエマと一緒に食堂に向かった。朝食を軽く済ませ、夜鳴きの玄関に立つ。おばば様や眠そうなルリさん、キヨちゃんにミヨちゃん、そして他のスタッフたちが見送りに集まってくれていた。


「気をつけて行ってらっしゃい」


 おばば様の声に、二人でうなずく。


「おばば様。ルリさん。キヨちゃん、ミヨちゃん。夜鳴きのみなさん。お世話になりました。それじゃあ、行ってきます」


「本当にお世話になりました。俺みたいな人間にこんなに良くしてくれて。このご恩は忘れません。ありがとうございました」



「湿っぽいのはきらいなのよぉ。はやく行っちゃいなさいよぉ」


 ハンカチを顔にあてたルリさんが鼻をすすりながら言う。涙目なのは二日酔いのせいだけじゃなさそうだ。



「じゃあ、行ってきます」


 笑顔で手を振って、夜鳴きに背を向けた。もう見えなくなるギリギリのところで一度ふり返ると、キヨちゃんとミヨちゃんがまだ大きく手を振っていたので、俺も両手で振りかえした。それからはまっすぐ進んで、森とは反対側の町の入り口まで来た。


「ここから街道を抜けて、サーヌ村を目指すわ。この街道は商業ルートとして兵士の巡回もされていて、比較的安全な道ではあるけれど、行商人や旅人を狙った盗賊がいないわけじゃないから気を引き締めてね」


「わかった。サーヌ村にはなにか用事があるのか?」


「いいえ、ここでは一晩だけ宿を借りるくらいね。順調にいけば暗くなるまでには着くと思う」


「移動に半日以上はかかるってことか。体力がつきそうだな……」


「つくわよ。嫌でもね。さあ、行きましょう」


 涼しい顔のエマが先をいく。

 街道は遥か先まで続いている。その先にある未知の世界へ、俺は一歩を踏みだした。






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