「マジック……風呂敷……?」
「マジック……風呂敷……?」
俺とエマ、はからずも一言一句たがわずにハモってしまう。風呂敷……? 風呂敷ってあれだよな、重箱包んだりする、あれ。たしかに物を運ぶ道具ではあるが、マジックバッグとはジャンルが違わないか……?
「はい、その顔。なに考えてるかは大体わかってるよ。みなまで言う必要はねえ。でも、いーだろ? 実に
マリさんは足元においてあった
「おいエマ、これをマジックバッグに入れろと言われたらどうする?」
「えっと、口の広い大きなバッグを探すところから始めなきゃいけないんじゃないかしら。この箱は固くて形も変えられないし、大変そうね。マジックボックスの能力持ちでもないかぎり、収納するのは諦めそうだわ……」
「もういい、もういい。黙って見てろ」
「マリが聞いてきたんじゃない!」
あー。なんかかわいい。仲良し女子のやり取りだなぁと二人を見てほんわかしていると、マリさんがおもむろに桐の箱の右上の角を風呂敷で包みはじめた。角以外の部分は丸出しで、なにがしたいのかよくわからない。
「こいつはな、一部でも包んじまえばそれでいい。マジックバッグから口のサイズの概念をとっぱらったシロモノさ。ほら」
「えっ!?」
「嘘……!?」
さきほど包まれた桐の箱が消え、カウンターの上にハラリと結ばれた風呂敷が落ちる。
「箱が消え……いや、収納されたのか? いまので?」
「一体どうやって? マリ、取り出してみせて」
「はいよ」
マリさんは俺たち二人の反応を心の底から楽しんでいるようで、上機嫌に結ばれた風呂敷をほどきだした。そしてカウンターいっぱいに風呂敷を広げると、もったいつけるように表面を撫でて皺をきれいに伸ばし、真ん中に手を置いて「桐の箱」とつぶやく。風呂敷の上に音もなくさきほどの桐の箱が現れた。
「うわっ、出てきた。マジか」
「すごい……」
本当にすごい、まさしく魔法のような光景だ。
「実際には『桐の箱』なんて言葉にしなくていいからな。風呂敷にイメージが伝わればいいんだ」
「すごいわマリ。こんなの見たことない。まるで……マジックボックスの能力じゃない」
「空間魔法に圧縮、復元、もろもろの魔法。頭がおかしいレベルで
自分のことのように誇らしげなマリさんの様子から、ヒスイ様という魔法使いへの深い尊敬を感じとれた。今日はじめて名前を聞いた俺ですら、この風呂敷を見てファンになってしまいそうだ。
「マリ、もう少し詳しく説明してあげないと」
「おお、そうだったな」
俺たちのやり取りを静かに見守っていたタエさんが、おっとりした口調でマリさんに説明をうながしてくれる。
「まあもちろん制約はいろいろあるぞ。マジックバッグ同様に悪だくみに使うやつも多いだろうからな。まず、小屋や家のようなでかい無機物には反応しない。家泥棒なんて流行ったらシャレにならねえしな。だけど小屋のようにでかい有機物には反応する。ある程度の中大型モンスターを倒したときには使えるってことだ。当たり前だけど生きてるやつは、しまえないぞ」
「この風呂敷一枚で、モンスターをまるまる収納、移動させることができるのね。 どうしよう、夢みたいだわ……。アマヤ、筋トレの必要なくなるわよ?」
「ううん? 筋トレはするよ?」
マリさんは指折り数える仕草をしながらさらに続ける。
「それから容量。桜花で何度かテストしたが、多く見積もって中型の飛行竜10匹分くらいだ。高ランクのマジックバッグにはまだまだ及ばない。ドラゴンクラスのデカブツは無理ってこと。充分と取るか不充分ととるかは使い手次第だな」
「充分よ!」
エマの瞳がルビーのようにキラキラと輝いている。相当、マジック風呂敷に心を掴まれているようだ。無理もない、俺だって欲しい……! 某猫型ロボットの未来道具のようで心がくすぐられる!
「あとは、
「三ヶ月でも十分すごくないか?」
「その前に食べちゃうんだけど……」
「いいねー。エマさんらしい」
「仲良いなお前ら。よし、大きな注意点はいま説明した通りだ。細々したルールはマジックバッグと同じだと思ってくれていい。こっからは売り込みといこうじゃねえか」
パンッ!と大きく手拍子を打って俺たちの視線を集めたマリさん。その顔は商売人としてのやる気に満ちている。
「口のサイズを気にしなくていいってのも画期的だが、マジック風呂敷の魅力はそれだけじゃねぇ。畳んでしまえば、ほらこの通り!場所をとらない、目立たない! エマ! この利点がわかるか?」
「えっと……。あっ!バッグに見えないから、盗難にあいにくい?」
「いいね!ご名答!折り畳んで下着のなかにでもしまっておけば、身ぐるみ剥がされないかぎり安全ってことよ」
「へー……。防犯の面でも優れてるのか」
「つぎに! 桜花国の染物職人が伝統技術を駆使して、ひとつひとつ丁寧に仕立てた美しいデザイン!桜花の国家をモチーフにした『サクラ』力強い波の動きをモチーフにした『ミラクルオブブルー』神秘的な月と森をモチーフにした『ナイトフォレスト』植物や昆虫をモチーフにした『コノハ』ほか、全18種類の色、柄をご用意! 」
「やだ、迷っちゃうわ……でも『サクラ』かしら」
「俺もそれいいと思うよ」
「お目が高いね! 『サクラ』はいちばん人気のデザインだよ」
マリさんのセールストークにも熱が入って、身振り手振りが大きくなってきている。こうやって聞いてると既存の製品を小型化、高性能化し、商品の美的価値が重視されるのも日本と似てるな、桜花国。
「マジック風呂敷のすばらしさはわかったわ。正直いますぐ手に入れたいけれど、問題は値段よ。ヒスイ印の新商品なんだもの……私たちで手が届くかどうか……」
「まあ、そこはある程度の覚悟をしてもらわなきゃな。じゃあタエさん、あとは任せるぜ」
マリさんはそう言うと芝居がかった仕草でタエさんに場所を譲った。俺たちの正面に立ったタエさんは悩ましげな手つきでふわふわの尻尾を撫でながら、ほほ笑む。
「そうねぇ。マリちゃんにもエマちゃんにもお世話になってるもの。
「ごまん……っ!?」
エマが驚いて言葉をなくしてしまった。
「市場に出れば、本来なら三倍か四倍だぜ? なにせヒスイ印だ。 プレミアがつく可能性だってあるぞ」
「そ、そうだけど……」
笑顔のマリさんとタエさんに対して、顔面蒼白のエマ。これはすこし背中を押してあげる必要がありそうだ。
「エマ。たしかに大きな出費だけど、時間のかかる解体作業からも解放されるし、いままで諦めてきた大きなモンスターの運搬ができるようになるんだ。きっと今までにも牛鬼みたいなレアな個体がいたと思うんだよ。売ればお金が作れるし、案外すぐに元が取れるかもしれないよ」
「アマヤ……うん。そうよね……」
「それに風呂敷ってこうやってあらためて見てるとかわいいよな。そのサクラの柄もエマによく似合ってるよ」
「あ、ありがとう……。でも、これは二人で使うものだからね」
「うん」
エマの表情が優しくなり、顔色もよくなってきた。もう大丈夫そうだ。
「決まりだなお二人さん?」
「ええ。……頂くわ」
「まいどあり!」
タエさんが商品を包み、エマが会計を済ませるあいだ、横で手持ち無沙汰にしているとマリさんに外に出るよう合図された。ついて行くととつぜん胸ぐらを掴まれ、すぐそばの細い通路にひっぱり込まれる。
「うわ、マリさん!? どうしたんですか」
「……おいお前。エマと寝たことあるか?」
「…………」
頭が宇宙猫状態だ。寝る? どの意味だ?急になにを言っているんだこの人は。
「どうなんだよ!」
「い、いやいや! どんな意味でも一緒に寝たことはありません! そりゃ、これから旅のなかで野営をすることはあるかもしれませんが、エマさんには誓って指一本触れませんので!安心してください!」
「当たり前だよバカ野郎が! じゃなくて! アレ、見たり聞いたりしたことねえのか?」
「アレと言われても……」
マリさんは険しい顔で舌打ちすると、帯の中を探りなにかを取りだした。光に反射してキラリと光る、銀色のネックレスのように見える。
「これ持ってろ」
「なんですかこれ? ネックレス……? 綺麗ですね」
「アミュレットだよ、アミュレット。それは悪夢よけだ」
チェーンのトップには
「なんでマリさんが俺にお守りを……」
「お前にじゃねえよ、エマにだ。あいつはこれだけは絶対に受け取らない。だからお前が持ってろ」
「……エマが悪夢を見てるってことですか?」
「一緒に旅をするってんなら、そのうちわかる。 いいか、絶対にそれを持ってることを悟られるなよ。エマが寝たあと近くに置いて、起きる前に回収しろ。でも毎日はだめだ、バレない程度にほどほどにやれ。あいつのためだと思えばたいした労力じゃねえだろ」
「……わかりました」
マリさんの真剣な表情から本気でエマを思っての頼みだというのは伝わる。うなずいてアミュレットを受け取り、バッグの中にしまった。
「くわしく聞かねえんだな」
「エマ本人がいない場で、聞くつもりはありません」
悲しそうな、悔しそうな表情を浮かべてうつむき、マリさんが続ける。
「そうか……。あいつは、アレを自分への罰とでも思ってるんだ。本当にバカなやつだよ。あいつはただ子供だっただけ。なんにも悪くねえ」
エマの過去に何があったのか、俺にはわからない。でも、何か辛い経験をしたことは察することができる。アミュレットを受け取り、エマを見守ることが今の俺にできることなら、当然やる。
「大丈夫。俺にまかせてくれてありがとうございます。かならず、言われたとおりにしますから」
「……ああ。たのむ」
マリさんは少しだけ表情をやわらげてうなずいた。
「マリー? アマヤー? どこに行っちゃったの?」
不思議堂の入口あたりから、会計を終えたのだろうエマの声がして、俺たちは急いで通路から飛びだした。
「悪い悪い。こいつがまともなやつなのか尋問してた」
「じ、尋問されてましたー……!」
綺麗に梱包された小さな包みを持ったエマが、店から出てくるところだった。お見送りのためタエさんもうしろからついてくる。
「もう、マリ。またひどいこと言ってないでしょうね? アマヤだって大変な思いをしてきてるんだからね。いじめないでよ」
「いじめてねえって。そんな悪いやつじゃないってわかったしよ」
「あらぁ、マリちゃんがそんなこと言うなんて。めずらしいわねぇ」
わいわいと賑やかな三人。気づくともう空が徐々に色を変え始めていた。そういえば、今日は夕方には夜鳴きに帰ってくるようルリさんから強く言われていたことを思いだす。
「エマ。時間、大丈夫かな?」
「あっ……。もうこんな時間なのね。タエさん、マリ、今日はありがとう。いい買い物ができました」
「こちらこそ、まいどありがとうございました」
「またいつでもいらっしゃってね。エマちゃん、アマヤさん」
別れの挨拶をして、手をふりあい不思議堂をあとにする。西の空は茜色に染まり、雲はまるで朱肉を滲ませたように赤く染まりはじめていた。
「今日はありがとうエマ。そろえてもらった装備が無駄にならないように、俺がんばるから」
「こちらこそありがとう、アマヤ。いい買い物ができたわ。あしたからまたしっかりがんばりましょう。一緒にね」
風が少し冷たくなり始め、日中の熱気が徐々に別のにぎやかさに変っていく。遠くではランタンが一つ二つと灯り始めた。
「急がなきゃ、ルリさんを待たせちゃうわね。走りましょうアマヤ」
「うん」
上空の鳥たちがねぐらへと急ぐ姿と同じように、俺たちは夕暮れの町を駆け抜けた。