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第22話 うさ耳の貿易商と新作アイテム

 エマに連れられて入った路地裏の角に、目的の道具屋はあった。おなじみの古い日本家屋を思わせる和風の佇まいで、所々に魔法の印と思しき紋様が描かれている。深いのきの瓦屋根は緑青りょくしょうが浮いて、時の流れを感じさせた。


 入り口には赤い鳥居のような門構えがあり、その上には「魔法道具屋 不思議堂」という看板が掛かっていた。文字が淡く光を放っているのが神秘的だ。


「おお……魔法道具屋……」


「入りましょう、アマヤ」


「う、うん」


 店の軒下には風鈴のようなものが下がっているが、風が吹くたびに通常の風鈴とは違う不思議な音色を奏でている。扉に手をかけると、不思議なことにまるで店が俺たちを歓迎しているかのように自然と開いた。


「自動ドア……」


 ああ、なんだか無性にコンビニが恋しくなってきたな。


「アマヤ?」


「ごめん。なんでもない、びっくりしただけ」



 店内はさらに不思議な光景に満ちていた。棚には色とりどりの小瓶が並び、それぞれが泡立っていたり、小さな雷のように弾けていたり、異なる魔法の材料を内包しているように見える。壁には様々な形をした杖やワンドが掛けられていて、天井からはいくつものランタンがぶら下がっている。ランタンのやわらかな光が店内の赤い壁に反射し、まるで店全体が魔法の力で輝いているかのようだ。どこぞのテーマパークのように現実味の無い場所だった。


「すごいな、夢の国みたいだ」


 思わず口にしてしまう。エマが笑いながら言った。


「そうでしょ? ここには面白いものがたくさんあるのよ。魔法素材はもちろん、呪術や占いの道具、マジックバッグのような魔法が組み込まれた特別なアイテムとかね」


 店内を歩いていると、時折、不思議な音や匂いが漂ってくる。気になった商品をいくつか手にとり眺めてみた。


「永久インク……。これにはなんの魔法がかけられてるんだ?」


「それは耐久魔法だったかな……。どんなに年月が経っても消えないインクなの。かなり高級品。私じゃ払えないから、落とさないでね」


「えっ! うわっ、さきに言って……」


「あはは」


 あわてて元の場所に戻し、大人しくエマの隣に立つ。こんな右も左も高級品しかなさそうな場所で、うろうろしないほうが良さそうだ。


 ふと視線を感じ目をやると、店の奥にカウンターらしきものが見えた。天井から幾重にも垂らされている布のおかげでわかりにくいが、人が立っているようだ。店主だろうかと軽く会釈をすると、その人は一歩前に踏み出し、にっこり笑っておじぎを返してきた。黒地に金色の花模様があしらわれた着物を着て、栗色の髪を上品にひとまとめにした女性だ。頭の上にはネコ族に似たふわふわの耳が生えていた。ネコ族と違うとすぐに気付いたのは尻尾のおかげだ。太くてふさふさ、全体的には赤みがかった黄色だけど先のほうだけが白い、あれはキツネの尻尾だろう。


「いらっしゃいませ」


「お……お邪魔しております」


 お邪魔しておりますってなんだよ。雰囲気にのまれて妙な返答をしてしまった。


「タエさん、こんにちは。今日はマジックバッグを見に来たんです。小型から中型のモンスターが何匹かしまえるくらいの――」


「おいお前、エマか?」


「え……!?」


 エマが驚いた声をあげる。話を中断させたその声は、タエさんのいるカウンターのさらに奥から聞こえた。布を手で押しくぐりながらこちらに近づいてくる。


 声の主はスラリとした長身に派手な柄の着物、白い巻き毛の女性だった。この女性の頭にはなんとも可愛らしいうさ耳が生えている。幼い顔立ちもあいまって、まるでファッション雑誌から抜け出してきたモデルのような容姿だ。キツネにうさぎにツノっ子、なんなんだこのファンタジー空間は。俺がいてもいいのか。


「マリ!? どうしてここに!?」


「貿易やってんだからそりゃ、どこかで会うこともあるだろうよ。今日はここに商品をおろしに来てんだ。声だけでわかったぜ、ひさしぶりだなエマ」


 マリと呼ばれた女性は得意気ににんまりと笑った。かなり親しげな様子だ。


「ひさしぶりね、元気そうでよかった」


「こっちのセリフだぜ。急にでていっちまうんだから。親父さんきっと心配してるぞ」


「……そうかもね。マリ。その話はいいの」


 さっきまで親しげな笑顔を浮かべていたエマの表情に少し影が差す。触れてほしくない話題のようだ。


「……で?なんだよその男は。連れか?」


 怪訝な表情をしたマリさんが親指をたてて俺を指さす。ひさしぶりに会った友人が異性を連れて歩いていたら、興味が湧いてしまうのも当然というものか。この人はちょっと露骨な気もするが……。


「ええ。彼はアマヤ。いろいろあって、一緒に旅をすることになったの」


「マジかよ、ぜっったい弱いじゃんそいつ! なんで!? もうちょっとマシな男いただろ?」


「ぐっ……! いやもう、それは俺がいちばんわかっていますので……!」


 マリさんのストレートな言葉が突き刺さり震える俺を見て、エマがあわてだした。


「し、失礼なこと言わないで……! 気にしないでアマヤ。彼女はマリ。ちょっと口が悪いけどいい子よ。 同郷なの。貿易商のお父さんの元で修行中」


「よ、よろしくお願いしますマリさん。アマヤです」


「おう、よろしくな!」


 弱いとあざけったかと思えば、屈託くったくのない笑顔を向けてくる。本当に口が悪いだけで、裏表のない性格なのかもしれない。特定の人種にはご褒美になりかねない人だ。俺にその手の性癖がなくてよかった。



「それでなんだっけ、 マジックバッグ探してんのか?」


「ええ。二人になったから、今後はモンスターを倒したときに運べる素材が増えるかと思って。小型から中型のモンスターの素材が何匹分かしまえる物を探しているんだけど……」


「あー。なるほどなるほど」


 マリさんは腕を組み、大げさに相づちを打っていたが、すぐに自信満々な笑みを浮かべて指を鳴らした。


「いいものがある。まさに、今日はじめてこの大陸に卸した道具だぜ。我がオウカ国、随一ずいいちの天才魔法使いヒスイ様の新作さ」


「ヒスイ様の……それは……すごそうね」


「有名な人?」


「私らの故郷では知らない人はいない偉大な魔法使いだよ。彼女が作る魔法道具はどれも高品質で高価格。ヒスイ印といや、王族にも献上されるほどのブランド品だぜ」


「へえ……それは……お高そうだな」


「そうなのよね……」


 エマが頬に手をあて悩ましげなため息をつく。

 そういえば、出会ってすぐの頃に彼女の故郷は霧のかなた、東の大陸だと聞いたことがあった。国名が出たのは初めてだな。オウカ……桜花国かな? この緑風町リョクフウマチのように日本に近い文化の国なんだろうか。


「まあ、まずは商品を見てくれよ。損はさせねえからさ。ちょいと待ってな」


 マリさんはそう言ってウインクしたあと、軽やかな足取りでカウンターの奥に引っ込んでしまった。ウサギの尻尾、かわいいな……。


「元気な人だな、マリさん」


「ええ。昔からああなの、親子そっくりなのよ。とっても面倒見がよくて優しい……私、マリにも言わずに村を飛び出したから、心配かけちゃった」


 最後のほうは独り言のようなボリュームだったけど、エマが自分から過去の話をしたのがめずらしくて聞き漏らさなかった。しかしここは大人として、あいまいな態度を取っておこう。過去を詮索されるのは誰でも嫌なものだ。聞こえているか聞こえていないか、どちらとでもとれるほほえみを浮かべてエマを見る。


「はいよー、おまたせおまたせ! タエさん、ちょっと場所借りるぜ」


 にぎやかに店の奥から登場したマリさんは、一抱えほどあるきりの箱を下におき、カウンター上のキラキラした石や何かの根っこなど細々したものを端によけた。そしてかがみ込むと箱から綺麗な布をとりだし、いきおいよく開いて見せる。


「これぞヒスイ様の新作!マジック風呂敷よ!」







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