「冒険者ギルド?」
広場のベンチに座りかき揚げの天ぷらを頬張りながら、エマが不思議そうな顔をした。今日の昼飯は俺のリクエストで、市場に出店されている屋台の天丼だ。まさか異世界で揚げたての天丼を食べられるとは、
「うん。旅にでるだろ、それって冒険者になるってことじゃないのか? 普通はギルドに加入したりするんじゃないかなって……え、違う?」
「アマヤの世界ではそうなの?」
「いやー、俺の世界にはそもそも冒険者ギルドがないな。冒険者っぽい人もいないではないけど、なんていうかすごく特殊だし……旅にでるっていうのもこの世界とじゃ意味がぜんぜん違う」
エマが首をかしげてさらに問いかけてきた。
「うーん、じゃあなんで冒険者ギルドに入ろうと思ったの?」
そう言われるとそうだな。ゲームやアニメのお約束だからだろうか。異世界=旅=冒険者ギルドのような図式が頭の中で勝手に組み上がっていた。でも、それをエマにどう説明したらいいのか分からない。
「たぶん、そういうものだと思い込んでたんだよ。異世界に来たら勇者になって魔王を倒すなり、冒険者になってギルドに入るなりが自然な流れだって……」
「アマヤの世界には勇者や魔王がいるの?」
今度は天ぷらを食べる手を止め、エマは驚いたように身を乗り出した。
「…………いないです。こちらの世界にもいらっしゃらない?」
「……聞いたことないわよ?」
まいったな。元いた世界ではお約束だった異世界の知識や展開がいまいち通用してないぞ。これじゃ俺が妄想ばかり語る変人みたいだ。困惑していると、エマは笑顔を浮かべて頷いた。
「あはは。アマヤは不思議な発想をするのね。勇者や魔王は知らないけど、冒険者ギルドはたしかにあるわよ。私自身はギルドに所属せずに個人で旅をしているの。情報は町の人たちや酒場で手に入るから特に不便は感じてない。路銀稼ぎの依頼もね。でも、冒険者ギルドに興味があるならアマヤが入るのを止めはしないわ」
なるほど。ギルドに所属せずとも依頼を受けることはできるのか。依頼ってつまり、困っていることを解決して欲しいって頼みごとだもんな。ギルドにだけ集結しているわけじゃないんだ。
「そういえば、エマは広場にあるでっかい掲示板をよく見てるよな? ああいうところに依頼が貼り出されてたりする?」
「ええ。ああいう公共の掲示板には個人が出した依頼も、町や国からの大きな依頼もいろいろ出てるわよ。あっ、そうそう……」
そう言うとエマは肩から下げているポシェットを探り、古めかしい紙切れを取り出した。
「これ! なんだと思う?」
「えーと……」
筆で描いたような
場所 緑風町東ノ森
報酬 十万スタルク
詳細
緑風町ノ東ノ森ニテ、牛鬼ガ出没シタトノ報告アリ。森ニ入ル町民二危害ヲ加エテオリマス。牛鬼ノ討伐ヲ至急依頼イタシマス。討伐ニ成功シタ者ニハ十万スタルクヲ報酬トシテ進呈イタシマス。ナオ、討伐ノ際ニハ注意ヲ怠ラヌヨウ留意クダサイ。
「これは……森にいたあの蜘蛛のモンスターの討伐依頼か?」
「そう。 これ、百年近く前の討伐依頼だから埋もれてたんだけど、おばば様が教えてくれたの。現町長に問い合わせたらまだ有効で、報酬もらえちゃった。あなたの装備もその報酬で揃えたわ。しばらくは路銀に困らないくらいあるから安心してね」
「やたらポンポンと買い与えてくれると思ったら、あの蜘蛛そんな大物だったのか……怖かったもんなぁ。すごいなエマは」
「いつもあんな大物を相手にしてるわけじゃないからね。あの時はやらなきゃいけなかったの。結果的に報酬がついてきただけ」
エマはかなり機嫌が良さそうだ。やはり資金に余裕のある旅と貧乏旅とではモチベーションが変わるんだろう。とくにエマは食いしん坊だからな。食費もかかるに違いない。現に三杯目の天丼に手をつけだしている。
「ふーむ。つまり、二人分の路銀稼ぎのために急いで冒険者ギルドに加入して、クエストを受注する必要はないわけか。エマのいうとおり興味はあるけど、どうしようかな」
「こういう時はメリットとデメリットを比べるのよ。自分にとってメリットが大きいのなら、とりあえず加入でもいいと思うわ。行ってみる? 冒険者ギルド」
とりあえず加入か、そんなふわっとした感じでいいのならありがたい。エマが昼飯を食べ終えると、近くにあるという冒険者ギルドに案内してもらった。
緑風町の冒険者ギルドは町の他の建物と同じく、和の趣を持つ木造の構造で、外観は小綺麗に整えられていた。しかし引き戸を開けて足を踏み入れると、一瞬にしてガヤガヤとした騒音と市場とは違った熱気に包まれる。
「うわ、やっぱ迫力あるなあ」
ギルド内部は広々としていて、さまざまな種族の人々で賑わっていた。全身鎧をまとったリザードマンに、軽装備のイヌ族の群れ、大きな斧を肩にかつぎ笑い合うドワーフと人間、ローブで全身が隠れた種族不明の魔法使いのような者もいれば、エマよりも大きなツノの生えた侍のような佇まいの集団もいる。宿の手伝いで見慣れてきてはいるが、異なる文化や外見を持つ彼らが一堂に会している様子は圧巻だった。
「そこの掲示板に貼り出されているのが受注可能なクエスト。ランク分けされてるから気をつけてね。奥のカウンターが受付よ」
カウンターに目をやると、女性が二人と大柄な男性が一人。制服が支給されているのか、きちんとしたシャツとジャケットをまとい、それぞれが冒険者たちの質問に答えたり事務処理をしている。
「アマヤ、こっち。これが冒険者ギルドの仕組みやルールよ。よく読んで考えて」
エマに手招かれて壁に掛けられたポスター大の貼り紙に目を通す。ギルドメンバーはランク制で、受けられるクエストや報酬の質に差がある。モンスターから採れる素材の買い取りをしてくれる。クエスト遂行中の怪我や死亡は自己責任。内容は、おおむね俺の想像している「冒険者ギルド」と同じだな。
「メリットは、やっぱり安定してクエストが提供されているところかな。ギルドが介入しているぶん報酬未払いのリスクも少なそうだ。あとは、冒険者同士の横の繋がりを増やしたり、情報の交換がしやすいかもしれないな。デメリットは……」
「まず手数料ね。加入、維持、クエストの報酬すべてに手数料がかかること。まれにある絶対参加の強制クエストの発生。定期的な活動・生存報告義務もあるわ。それから、これは名が売れた人に限るけど、高ランクに上がると領主や国とのしがらみが生まれる。十分な実力のある人ほど、そういうことを嫌ってギルドに加入しないケースは多いと思うわ」
「なるほどね。でも、まあ、それは高ランクメンバーの話だ。エマみたいな実力者の話であって、俺には関係ない。いちばん惹かれるのはこれだよ、モンスターの買い取り。あの牛鬼だって、蛇女だって、ここに持ってこれてたら高く売れたと思うんだよな」
コツコツと該当する文章が書かれた部分を指で叩くと、エマは顎に手をあて考え込んだ。この仕草は彼女が悩んだときのクセのようだ。
「アマヤ。モンスター解体屋を知らない……?」
「え?」
モンスター解体屋? 知らない、知るわけがない。そういうのをするのが冒険者ギルドじゃないのか?
「モンスターの買い取りだけが目的なら、モンスター解体屋にお願いするほうが早いわよ。ギルドと違ってだいたいどこの村や町にもあるし」
「まてまて、そんな店があるのか? じゃあなんでエマはモンスターを放置して帰ってたんだ? もったいなくないか?」
「
「そ、そうだったのか……」
いや盲点だった。倒したモンスターを運ぶ苦労なんて考えたことがなかったな。マジックバッグをなんでもしまえる便利道具だと思っていたけど、口の広さ以上のものをしまうのは魔法の力をもってしても不可能なのか。巨体のモンスターを相手にしてしまった日には惜しくても諦めるしかなかったんだ。しかし、強さゆえの悩みって感じだな……。
「うん。俺、ギルドに加入する必要はなさそうだ。筋トレする!」
「ど、どうしたのアマヤ……?」
「物理で運べるようにがんばるよ!力こそパワーだ!」
「どうしたのよ!?」
かくして俺の冒険者ギルド加入はお流れとなった。
いま現在、あまり必要性を感じなかったからだ。いそいそとギルドを後にして市場に戻る。だけどこの大型モンスター運搬問題はいずれ解決したい課題だな。せっかくのエマのがんばりを一片たりとも無駄にしたくない。
「アマヤ。あなたが解体を覚えてくれたら今までより持ち帰ることができる素材が増えるかもしれないでしょ? 宿に戻る前に道具屋で大きいサイズのマジックバッグを見てもいい?」
「ああ、うん。もちろん。でも高価なんじゃなかったか? 金は足りそう?」
「大丈夫! 討伐の報酬は牛鬼の分だけじゃないの、ほら!」
エマが取り出したのは牛鬼の討伐依頼と同じくらい古めかしい紙だった。同じく大きなバツ印がついたそれには「濡女討伐依頼」の文字。報酬は三万スタルク。あの蛇女にも依頼がでていたのか。
「あれで三万?牛鬼の十万にくらべて少なくないか?」
「きっとこの数十年のあいだにたくさん食べて、依頼がだされた当初より大きくなったのね。 三万でも大金、もらえただけラッキーなんだから文句はないわよ」
なにを食って、とは考えたくもないな。それにしてもあれだ、気のせいじゃなければエマは金の話になると機嫌が良くなるな。食べること以外に、金勘定も好きなのかもしれない。つくづくしっかりした子だと思った。