エマと一緒に旅に出ると決まった数日後、俺たち二人は市場に買い出しに来ていた。
食料や日用品は俺が働いてるあいだにエマだけで準備してくれたらしいが、装備は本人がいたほうが選びやすいということで、今日は武器や防具を揃えるのがメインの目的らしい。
「装備かぁ。旅に出るんだって実感が湧いてくるな」
「武器は扱えないって言ってたけど、護身用の剣とナイフくらいは持っていたほうがいいわ。丸腰ってだけで狙われやすくなるから」
「モンスターだけじゃなく、盗賊が普通にいる世界なんだもんな……」
エマから聞いた話だと、盗賊・山賊・海賊などは旅の大きな障害となる存在らしい。彼らはモンスターと違い、徒党を組んで金品や装備、食料まで強奪するうえ、旅人をさらって身代金の要求をしたり、奴隷として売り飛ばしたり、道を封鎖して通行料を求めたりと何でもする。
少数なら戦って道を切り開くこともあるらしいけど、大人数になると遭遇するだけで厄介なため、想定していたルートを変更するなど彼女も手を焼いているらしい。
「さあ、ついたわ。ここで相談してみましょう」
そう言ってエマが案内してくれたのは、入り口に鎧や武器がディスプレイされた一軒の武具店だった。
入り口の引き戸を開けて店の中に入ると、薄暗い店内には武具が
「いらっしゃい。やあ、エマちゃんか。今日はどんな用件だい?」
店の奥から出てきた着物姿の初老の男性が、カウンター越しに声をかけてきた。この人が店の主人らしい。
「こんにちは。彼に装備一式を揃えてあげたいんです。旅に出るので、基本的な防具と武器をお願いしたいんですが」
「なるほど、旅か。それならしっかりしたものを選ばないとな。お前さん、どんな武器を使うんだい?」
主人がにこやかに問いかけてくる。長年の経験を感じさせるような穏やかな雰囲気で、気後れせずに相談ができそうな人だ。エマがはじめての店にここを選んでくれた理由がわかる気がする。
「実は武器を扱ったことがなくて、まだどんなものがいいかよくわからないもので……エマの言う通り、護身用の剣とナイフからはじめてみようかと」
「そうか。それなら初心者でも扱いやすい短剣と、しっかりしたナイフを見繕ってみよう」
「はい、お願いします」
主人が店内を周りながら数種類の剣とナイフを取り出し、カウンターに並べた。シンプルなもの、細工の細かなものなど、見ているだけで気持ちが高ぶってくるのがわかる。
「手に取ってみてごらん。重さやバランスを感じて、自分に扱えそうなものを選ぶといい」
言われたとおり一つ一つのバランスや重さを確かめ、扱えそうなものを選んでいく。実際に剣を手に取ってみると、素人の俺でも「見た目は好みだけど手になじまない」「いまの自分には重すぎるなど」感覚で違いがわかった。
「短剣は突きの攻撃を得意とする武器だ。実際に動きを試してみるといい。初心者向けの軽い剣は、刃先がぶれにくくコントロールがしやすい。慣れないうちは折ってしまうことも多いな。高価なものより、ある程度の強度で買い替えがしやすい価格のものを選ぶほうがいいかもしれん」
「なるほど……」
振ってみたり、突きの動作をしてみたりしながら、一本に絞り込む。適度な重みと握ったときの馴染みの良さ。この剣なら無理せず扱えそうだと思ったのは、凝った装飾の無いごくごくシンプルなデザインの短剣だった。いや、鉄の無骨な質感がむしろ好ましい。まさに駆け出しの冒険者という雰囲気だ。
「これが一番なじむ気がします。どうでしょうか?」
「うん、いいと思うよ。剣に振り回されている感じもしないね。慣れればもっとサマになるだろう」
主人はにっこり微笑んで、選んだ剣を受け取った。その笑顔に、安心感を覚える。
「次はナイフか……エマ、おすすめのものってあるかな?」
「そうね……。近接戦闘用にはこれ、丈夫で取り回しが良さそう。簡単な狩りと解体用には、この少し大きめなもの。あと、キャンプや食事の準備に使う用に……これかな」
エマの指示に従って、指さされたいくつかのナイフを手に取ってみる。アドバイスに感謝しつつも、戸惑いを覚えた。刃の形や大きさは違ってもナイフはナイフ、俺にはどれも同じように見えた。
「ナイフってそんなに何本も持つものなのか? 使いこなせる自信がないんだけど……」
「利便性や効率を高める意味もあるけど、気持ちの問題も大きいわね。アマヤは人を刺したナイフで食事のハムを切りたい?」
「うっ……。なるほど、それは嫌だな」
剣を選んでいるあいだ、なんとなくモンスターから身を守るイメージばかりしていたが、そうか……賊に襲われれば人を刺すことにもなりかねないんだよな。現実味がわかないけど、旅に出るにはそういう覚悟も必要ってことか。これは何がなんでも使いこなさなきゃいけなさそうだ。
「なかには気にせず一本のナイフで済ませる人もいるよ。まあ、予備の意味でも複数準備しておいて損はないだろう。その三本でいいかな?」
「は、はい。これでお願いします」
短剣とナイフを選び終えたあと、俺たちは防具の陳列棚に案内された。とくに目を引いたのは、トルソーにディスプレイされたシルバーの全身鎧、プレートアーマーだった。頭からつま先まで、まわりの景色を反射するほどきれいに磨かれている。これに憧れない男がいるだろうか。
「これ、かっこいいなあ。これならどんな攻撃も怖くないだろうな」
プレートアーマーの前で立ちつくし憧れの視線を送っていると、エマが困り顔で声をかけてきた。
「アマヤ、それは素敵だけど、あなたの体格や初心者であることを考えると……重すぎるんじゃないかしら」
「で、でも……これなら絶対に安全だろ?」
「若いの、全身鎧に憧れる気持ちはわかるが、動きが制限される。初心者がそんな重装備を着ると、逆に危険だ。逃げることもままならなくなるぞ」
食い下がってはみたが、エマと主人の言いたいことはよくわかった。むかし使われていた西洋の鎧は20キロから40キロ程度の重さがあったと何かの本で読んだ覚えがある。俺にそんな重装備を扱えるかと聞かれれば、間違いなく無理だ。少し動いただけでバテて移動すらままならないだろう。戦いから身を守るだけでなく、逃げることも重要だということを忘れていた。
「うぅ……わかった、アーマーは諦める。じゃあ何を着ればいいんだ?」
少しがっかりした声でたずねると、エマがなぐさめるように肩を叩きながらプレートアーマーの横にある陳列棚を指さす。
「はじめのうちは軽くて動きやすい装備がいいわ。レザーなんてどうかしら」
武具屋の主人も頷いた。
「そうだな。革の軽装備なら、動きやすくて防御力もそこそこある。全身揃えたいならいくつか見繕ってみるから、試してみなさい」
言われるままに、主人とエマに勧められたレザーの軽装備を試着してみた。胸当てに、上腕から手の甲までを覆う
「おおお……! やばい、格好いい……!!」
さっきまでプレートアーマーに目を輝かせておいてなんだが、味のある革製の装備というのも着てみるとめちゃくちゃ渋くて格好いい。着ただけでデキる冒険者感が増した気がする。それに二人の言うとおり軽く、動きやすい。
「それはディアボアというモンスターの革で作られていてな、厚みがあり耐久性にも優れている。ロウで煮て強度を増してあるから、軽い打撃や切り傷なんかは防げるよ」
「うん、重くないし今の俺の体力でも十分に扱えそうだ。革の防具って思ってたよりずっと頑丈なんですね! これにします!」
俺が機嫌よく笑顔で応えたからか、主人もエマも釣られたように笑いながらうなずいた。カウンターには俺が選んだ品が並べられ、主人が計算をはじめる。
「うむ。これで全部かな? そうだ、旅をするならマジックバッグはどうするんだい?」
「私のものがあるけど、そうですね。アマヤにも小さめなものを一つもたせます。お願いできますか?」
「そうか。ちょっと待っていなさい」
主人が店の奥に引っ込んでいったので、何事かエマに聞いてみる。
「エマ、マジックバッグってなんだ? カバンのことか?」
「ええ。旅にはかかせない、魔法の編み込まれたバッグよ。見た目の何倍もの荷物を収納できるの。私たちみたいな、空間魔法が使えない冒険者には必需品」
「うわ、すごいな。魔法道具ってことか」
「あったあった。おまたせして悪かったね」
店の奥からゆっくり戻ってきた主人が、手のひらくらいの大きさをした革製のきんちゃく袋をカウンターに置いた。
「つい先日にな、冒険者を引退した男から買い取ったんだ。見た目の通り使い込まれてはいるが状態はいいよ。一カ月分くらいの食糧なら入るだろう。旅の餞別に、こいつは君たちにプレゼントさせてくれ」
「ええっ!? そんな、マジックバッグなんて高価なもの頂けません……!」
めずらしくエマが慌てている。マジックバッグってそんなに高価なものなのか。たしかに、魔法が使えない人間でも魔法の効果が得られるんだもんな。冷静に考えたらとんでもない物だ。冒険者には必需品と言っていたし、中古だろうと価値が下がりくいアイテムなのかもしれない。
「いいんだいいんだ。エマちゃんには町の者たちがお世話になった。これくらいはな。また
「……ありがとうございます!」
「君は、アマヤくんと呼ばれていたね。がんばるんだよ。エマちゃんをよろしく頼む」
「はい! いろいろありがとうございました」
会計を済ませて店をでたあと、もらったマジックバッグの価値についてそれとなくエマに聞いていみると「あのバッグ一つで、今日買いそろえた武器と防具すべての合計金額を超えるくらい」とのことだった。俺はまだこの世界の金銭の相場を理解していないが、一瞬、言葉を失うには十分な説明だった。
マジックバッグは大きさや内容量で価格に大きな差があるらしく、高ランクのものは冒険者や商人にとって喉から手が出るほど欲しい夢のアイテムらしい。一目でマジックバッグとわからないようデザインは多種多様にわたり、それゆえ鞄はとくに盗難の対象になりやすい。扱いには注意するよう釘を刺された。
「せっかくだから使ってみましょうか。さっき買ったものを、このバッグにしまってみて」
「う、うん。よし、やってみる」
言われたとおりきんちゃくの口をひらき、おそるおそる小さなナイフからしまってみる。次に防具、ブーツを畳みながら一足ずつ、短剣。驚くことになんの引っかかりもなく、飲み込まれるようにすべてきんちゃく袋の中に入ってしまった。俺のマジックバッグの見た目はあきらかに短剣よりも小さいのに、魔法ってすごい。
「すっげー……。これ、ちゃんと取り出せるんだよな? うわ、大丈夫だ、出てくる」
「あはは。なくなったりしないわよ。食料や回復アイテムは私のバッグにまとめてあるから、それはアマヤの私物用に使ってね。着替えや趣向品なんかもそれにしまうといいわ」
「あ、着替え。そういえばこの世界に飛ばされたときに着てた一着しかないな。それもボロボロ。この浴衣は借り物だし、何枚か買っておきたいな」
「服ね。仕立てるのは時間も費用もかかるから、今回は古着屋にいきましょうか」
買いものが終わったらご飯にしましょう、と機嫌よく笑うエマ。
旅はけっして安全なものではないとわかってはいても、こうしてると旅行の準備みたいで気持ちが浮き足立ってしまうな。気合を入れなおすように頬を叩いて、市場を歩きだした。