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第19話 異世界での第二の人生

 自死じしを選んだ人間というのは、死んだあと後悔にさいなまれるものだと思っていた。あの時ああすればよかった、こうすればよかったと、過去を振り返り悔やめるほうが、よほど健全なんだろう。俺には後悔が思い浮かばなかった。どうすればよかったなんてまるでわからない。ただ苦しくて、他に方法がなかった。



「……落ちついた?」


「うん。ごめんな、みっともないとこ見せた」



 魔法がとけたあともしばらく立てる状態じゃなかった俺は、エマと二人並んで丸太に座り回復を待っていた。他人を傷つけてないと断言できる。苦痛もあったが、得たもののほうがずっと大きい。うつむいて頭痛に耐えながら、途切れ途切れに見たものを説明しているあいだ、エマは背中をさすってくれたり、水をのませてくれたりと優しく介抱してくれた。


「あのね、ごめんね、私、うまく伝えられないと思うんだけど」


「……」


「つらかったね……」


「……っ」


 あの時の俺に必要だったのは、きっとこういう言葉だ。誰でもいいから寄り添って欲しかった。つらい現実がなにも変わらなくても、それだけで生きていけたかもしれない。


「ありがとう。もう、大丈夫だよ」


 微笑んで返すと、エマは少し安心したようだった。


「どんなに探してももといた世界に帰った人の話が見つからないのは、そういう理由だったのね」


「帰りたくても帰れないんだな。元の世界じゃ、もう死んでるから」


 罪のない者を召喚するセレスティアの扉はまだ理解できても、ヘリオンの扉については違和感があった。兵士として大量に召喚できるほど、人殺しなんてそうそう転がっていないだろうと。自殺も含まれるなら納得だ。他人を殺すより、はるかに数は多い。


「帰れないなら、ここで生きていくしかないわ。これからどうしたいか考えてる?」


「うーん……。そうだなぁ。いつまでも夜鳴きのお世話になるわけにはいかないし、まずは仕事だよな」


 夜鳴きでは衣食住を提供してもらっているかわりに賃金をもらっていない。そもそも「しばらくのあいだ」という条件つきで置いてもらっている身だ。独り立ちするためには、金を稼げる仕事を探さないと。


「アマヤは働き者だから、きっとすぐに見つかるわ。文字の読み書きはできるのよね?」


「ああ、うん。そうだった。ここの文字って俺の世界のものとは全然違うのに、ぜんぶ理解できるんだよ。こうやって言葉も普通に通じてるし、不思議だよな?」


 何気なく振った問いかけだったが、エマは難しい表情をして考えこむ。


「……それって、潜在能力じゃないかしら?」


「潜在能力?」


「魔法や技みたいに学習して習得するものじゃない、先天的にもっている特別な力のこと。アマヤは、そうね……『翻訳』のような能力を持っているんだと思うわ」


「すごいな……自覚してないだけで、俺にも何かしらの力があったのか」


「異世界から召喚された人間には、自動的に付与ふよされる能力かもしれないわね。言葉が通じないと、セレスティアとヘリオンも困るでしょうし」


 なるほど。これは素直に嬉しいぞ。異世界から召喚されてきた人間には加護や能力が与えられると聞かされたけど、戦争に駆り出されるくらいだからもっと攻撃的なものを想像していた。俺のはずいぶん知的で平和な能力じゃないか。これなら誰の脅威にもならなさそうだ。



「俺に、人を傷つける力も意図もないって確認できただろ? エマはこれからどうするんだ?」


「私は……心配ごともなくなったし、もうすぐ町を発つわ。受けてる依頼がいくつかあるし、旅を続ける」


「そっか……」


 しばらく沈黙が流れる。

 エマが町を発つと聞いた瞬間から、胸が早鐘を打っていた。これで彼女と会えなくなってしまうのは、とても寂しい。誰かに危害を加える人間じゃないと断言できるようにはなったけど、だからといって役にたつわけでもない。そんな俺が言ってしまってもいいんだろうか。


「もう歩けそう? そろそろ町に戻りましょうか。ちゃんとお布団で休んだほうがいいわ」


「なぁ、エマ!」


「なに?」


 どうしても嫌だった。ダメでもともとだ、言わずに後悔するくらいなら、言って断られるほうがずっといい。


「俺も一緒に行っていいか?」


「……え?」


 帰り支度のために荷物をまとめていたエマが、驚きの表情を浮かべ固まってしまった。



「ごめん、いきなり驚くよな。 俺はエマより弱いし、この世界のこともあまり知らないから今は役立たずだけど、できることは何でもする。ほら、女の子の一人旅よりは安全になったりしないかな? やっぱ、ダメか」


「私の安全のためについてきたいの?」


「……いや、変な風に聞こえるかもしれないけど、このままエマと離れたくないだけ」


「それは……たしかに変な風に聞こえるわね……」


 少し照れたような、居心地の悪そうな表情で視線をそらしたエマは、なんだか年相応のふつうの女の子に見える。いや、普通の女の子に見えるってなんだ。失礼だな。彼女はめちゃくちゃ強くてしっかり者なだけで、ずっと普通の女の子だ。とつぜん男に旅の同行をせがまれたら困惑もするだろう。


「ははっ。そうだよな、ごめん。なんていうかさ、下心じゃないんだ。エマには数え切れないくらい恩があるのに、なにも返せてないだろ。俺も君の役にたつ機会がほしい。このまま別れたら、きっと一生後悔する」


 言えるだけの素直な気持ちはぜんぶ言った。だいぶ俺のエゴにまみれた理由だけど、知ってほしかった。



「まちがいなく、最初は足手まといになるよ。よく知らない男と行動するのも不安だろうしな。困らせたいわけじゃないんだ、断られたらあきらめる。こんな理由じゃ、連れていってもらうのは難しいか?」


「……旅って、すごく大変なのよ? 私が出来てるからって、アマヤにも出来るとは限らない。途中で嫌になっても簡単には引き返せない時もある。お腹がすいても我慢しなきゃいけなかったり、お風呂にも入れなかったり、寒かったり暑かったり、眠ることもできなかったりね。もちろん危険な目にもあう。怪我もたくさんする。そういう大変さ、想像できる?」


 エマはひとつひとつ言葉を選び、真剣に話してくれている。警告のようにも聞こえた。


「想像は……できる。認識が甘いかもしれないけど、覚悟はしてる」


 エマの射るようなまなざしに、少し気圧けおされてしまった。それでも、ここで折れるわけにはいかない。覚悟を示さなければならない。目を逸らさず、真剣な気持ちを訴えた。


「……じゃあ、良いんじゃないかしら」


「え!?」


 驚いて、大声が出た。自分で提案しておいてなんだが彼女の慎重な性格を考えると、まさかこの場ですぐにOKをもらえるとは思っていなかった。



「旅をするための理由なんて、途中で見つければいいのよね。きっと今はその気持ちだけで十分」


「い、いいのかエマ、本気か? 俺、本当についていくぞ?」


「覚悟ができているなら、いいわ。あなたも連れていく」


 興奮して勢いよく立ち上がる。エマも同じように立ち上がると、悪戯っぽくはにかんで右手を差し出してきた。しっかりとその手を握り返す。



「やった……! 俺、がんばるよ」


「うん。がんばってもらうね。よろしくねアマヤ」


「よろしく、エマ!」



 こうして俺は、死すら覚悟していた夜に旅の仲間を得た。もう元の世界には帰れない、この世界で生きていくんだ。やっと覚悟ができた。やれることは全部やろう。これが新しく人生をやり直すチャンスになるか、二度目の地獄になるかは俺次第なんだ。



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