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第8話 異世界の迷子たち

「どうして森に入ってきたんだ? しかもこんな小さな子まで連れて……」


 もらった林檎を食べ終えたころ、雨は上がり、エマや少女たちは帰り支度をはじめた。彼女の背後に置かれていたのはやはり刀で、通常イメージする日本刀サイズのものが打刀、少し短いものが脇差し、と教えてくれた。この二本以外にも短刀やナイフなどを懐やブーツに仕込んでいるらしい。


 「早く行くわよ」と急かされたので、こんなところに一人で取り残されずに済むことに安心し、喜んで彼女たちの荷物持ちに名乗りを上げた。先頭にエマ、真ん中に手を繋いだキヨちゃんとミヨちゃん、そのうしろを俺が歩く。


 明るいところで見ると、木造のカヤ葺き屋根の小屋はまさしく「ボロ屋」で、よくあの蛇女の締めつけに耐えられたものだと関心する。心の中で「ありがとうな」と礼を告げて、まわりに散乱する濡女の死体から急いで目を背けた。



「連れてきたんじゃないわ。私はこの子たちを追ってきたの」


「迷子」


「迷子になったの」


 キヨちゃんとミヨちゃんはそれぞれ片手に細い枝を持ち、木に当てたり空で振り回したりしながら機嫌良さそうに答える。


「ダメじゃないか、子供だけでこんな森に入るなんて。ここは怖いところだって町の人達から聞いてただろ?」


 森について町の人たちにたずねたときの反応や、自分が実際に体験した出来事を思い出し、少し説教じみたことを言ってしまう。でも、子供の身を案じる大人としては、うんざりされるくらい言い聞かせても足りないくらいなのだ。


「そう、町の人たちの噂話で知ったの。森に男が入って行った、雨の森には大蛇が出る、あの男はもう終わりだ、って」


「……ん?」


 エマがわざとらしく声色を変えて言うので、嫌な予感が頭をよぎる。


「ネコ属の子供たちは好奇心が旺盛なの。そのせいで命を落とすことも多くて、成人になるのが難しいくらいなんだから」


「え、まって、まさか」


「そうよ。この子たちはあなたの噂話を聞いて森に入ったの」


「すみませんでした!!」


 即座に膝をつき、頭を地面に叩きつけ渾身の土下座をした。サラリーマンをしている元の世界でもこんな土下座はしたことがない。なにが子供の身を案じる大人だ! いらん噂話を作りだして子供と女性を危険に巻き込んだ張本人じゃないか!


「ま、町の人たちに迷惑をかけるつもりなんてなかったんだ! ましてや、こんな子供たちに! 本当に申し訳ない!!」


「男も大蛇もいたね、ミヨ」


「男も大蛇もいたね! キヨ」


 青ざめる俺をよそに、キヨちゃんとミヨちゃんはやっぱり機嫌良く笑っている。


「私が町にいて良かったわ。捜索依頼のクエストが出されても、あの町の人たちが日頃から森の噂を大きく語りすぎてきたせいで、受けてくれる人がほとんどいなかったみたいだから」


「クエスト……。そ、そうなのか。よかった、エマがいてくれて。3人とも無事で……。あっ、じゃあエマはあの町の人間じゃないのか?」


「ええ。旅の途中、緑風町リョクフウマチは情報集めと路銀稼ぎに寄ってたの。綺麗なところで休みたかったし」


「そうなんだ……。すごいな、旅か」


 俺よりだいぶ若いだろうに、しっかりしているのは旅をしているせいなのかもしれないな。体も精神も鍛えられそうだ。


「あ……俺のことはどうやって見つけたんだ? 俺の捜索依頼なんて出されてないよな? たまたまあの小屋を見つけたのか?」


「この子たちのおかげよ」


「これ」


「これ見つけた」


 キヨちゃんとミヨちゃんの手には、町に寄った夜に花魁のような格好をした猫耳の女性からもらった「ネコの旅籠屋はたごや 夜鳴よなき」と刺繍された手ぬぐいが握られていた。


「キヨちゃんとミヨちゃんのことは、森の深くないところですぐに見つけたのよ。だけど二人がこの手ぬぐいを拾っていて……。夜鳴きの手ぬぐいって最近デザインが新しくなったばっかりなんですって。だから最近ここに人が入って来てる、噂の男はいるんだって聞かなくて」


「そうなのか……ありがとう。キヨちゃん、ミヨちゃん。君たちのおかげで、俺は見つけてもらえたんだな」


「にゃーん」


「にゃーん」


 照れているのかなんなのか、二人はそっぽを向いてしまった。ああ、猫っぽいな。


「シキヤさんとランドルさんにも森の方向に逃げた怪しい男の話を聞いてたから、もしかしたらと思ってね。少し追ってみたら大当たりよ」


「シキヤとランさん……。ああ、だからエマは俺が名前を名乗らないことも最初から知ってたのか」


 枝をスパスパと切り落とし、道を切りひらきながら先頭を歩いていたエマが立ち止まり、振り返る。


「記憶喪失を完全に信じたわけじゃないけれど、いろいろ不自然よね。あなた」


「そ、そうかな……」


「まぁ、あとでいいわ。今は無事に町に帰ることを考えましょう」



「かっえろー」


「かっえろー!」


 キヨちゃんとミヨちゃんの明るい声と、頼もしいエマの背中のおかげで、あれだけ湿っぽく重苦しかった森の雰囲気が、みずみずしく清涼なものにすら感じられる。肺いっぱいに深呼吸をした。町についたら、正直に俺の境遇を話そう。異世界だのなんだの、信じてもらえないかもしれないが、なんとかなる可能性がゼロなわけじゃない。こうやって見ず知らずの俺に親切にしてくれる人だっているんだ。一人で悲観ばかりするのはやめよう。




 ――あの夢だって、所詮は夢だ。

 前向きになれば続きなんて見なくて済む。きっとそうだ。続きなんて、知る必要はないんだから。








***



「お――――い! エマちゃ――ん!!」



 森を抜け、少し歩いたところで、空から聞き覚えのある声が降ってきた。見上げると、大きな黒い翼を羽ばたかせた人影が急降下してくる。黒髪に鳥のくちばしのようなマスクをつけたその姿は、町で会った同心どうしんのシキヤだった。


「シキヤさん、お疲れさまです」


「キヨミヨちゃん見つけてくれたんか! ほんまにおおきに! 大雨の中じゃ俺ら役に立たんと、すまへんかったなぁ」


「いいんですよ、お互いさまです。ランドルさんはご一緒じゃないんですか?」


「ああ、もうすぐ来んで。キヨミヨちゃんとエマちゃんの捜索隊ひきつれて荒ぶってるわ。俺ちょい戻って止めてくるわ」


「そうですね、もう必要ありません。お願いします」


 エマとシキヤは顔なじみらしい。シキヤが優しい目をして親しげに話しかけているのを見ると、だまして逃げてきた身としては少し気まずく感じた。彼の視界から少しでも外れようと、さりげないカニ歩きでフレームアウトを試みる。


「お前はこないな迷惑かけて! あとで絶対、話聞かせてもらうぞ! ええな!! わかったな!! こんどは逃がさへんぞ!!」


「は、はい。かならず……」


 俺のあさましい考えなど読まれていたようで、すぐに距離を詰められお叱りを受けてしまった。


「あさはか」


「あさはかー!」


「もっと言うたれキヨミヨちゃん! カスやこんなん!」


「ほんっとうにすみません」


「まあまあシキヤさん。そうだ、早くキヨちゃんとミヨちゃんを家に届けてあげてください、お願いできますか?」


 三人に責められる俺の姿を見かねたのか、エマが助け舟を出してくれたようだ。キヨちゃんミヨちゃんは、ぱあっと顔を明るくしてシキヤを見上げる。彼はいたずらっぽく目を細め、二人に目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。


「そうやな、早う行こか。おばばもルリさんも心配してんで」


 シキヤが腕を伸ばすと、キヨちゃんとミヨちゃんは慣れた様子でその懐に潜りこみ、ぎゅっと抱きついた。


「しっかり掴まっときよ?」


「うん」


「うん、大丈夫!」


 立ち上がったシキヤが俺とエマから少し距離をとり、大きな翼を広げて羽ばたかせた。風が強く巻き起こり、全身を撫でる。黒い羽根が舞い上がった。カラスの羽根にそっくりだ。


「エマちゃん、そいつ逃げようとしたら切ってええわ。おまえもそのつもりでいろ。ええな?」



「まかせてくださいシキヤさん。キヨちゃん、ミヨちゃん、またあとでね」


「ば、ばいばーい!キヨちゃん、ミヨちゃん!」


「ばいばーい」


「ばいばーい」


 シキヤは俺をひと睨みすると、少女二人をしっかりと抱きかかえた。そのまま力強く翼を広げて空へと舞い上がり、町の方向に飛び去っていく。キヨちゃんとミヨちゃんの元気な声が風に乗って消えていった。


「さて。来るときは馬で来たんだけど、長らくいたから町に帰っちゃったみたい。私たちは歩きよ」


「はい……」



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