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第43話 ドイツに勝利した船『パークス=ブリタニア』

 ゆっくりと女性が近づいてくる。その所作は、一切無駄を感じさせない動きである。幾何学的、とでも言おうか。優雅さを兼ね備えつつ、一切の余計な要素を削ぎ落としたような動きである。

 その姿を見つめる客たちは言葉もない。彼女の両側に控える護衛らしき男性の姿すら、霞んで見えるようだった。

 それほど背が高くない少女は、落ち着いたドレスを纏いテーブルの間を歩んでいく。

 客人に対しての礼というものだろうか。彼女はこの船の『主』なのだから。

「オフィーリア=アイアランドどのだ。ウェストアビン女伯爵でもある。そしてこの船の船主でもある。堂々たるものだ」

 軍帽をテーブルの上に置き、両手をそのテーブルの上に置きながら唯依ゆよりはそうつぶやく。

「......貴族なんですね......」

「すざくだって、貴族だろう」

 唯依ゆよりの言葉にすざくは首をふる。

 まあ、たしかに爵位を持っているという点では一緒ではあるが、国の違い以上に格の違いを感じた。金色の燃えるような髪。どこまでも白い肌。青い目。それでいて何かしたたかな強さを感じさせるその雰囲気。女船主と自分を比較もできないゆえんである。

 すざくは嬉河季代うれかわとしよのことを思い出す。

 彼女も女王のような貫禄があった。

 しかし眼の前の女船主とは次元が違うことを強く感じていた。

 その理由は何によるものかは、言語化しにくいものであったが。

「この船は第一次世界大戦中も大西洋航路を普通に航海していたらしい」

 運ばれる料理の彩りのように、唯依ゆよりが話をふる。

「大西洋にはドイツ帝国の潜水艦がうようよしていた。無制限潜水艦作戦――警告なしに多くの商船が撃沈された。その中でこの船は何度も潜水艦の攻撃を受けたにも関わらず、魚雷の一本も受けたことはないらしい」

 すざくは新聞で見たことがある。ドイツの潜水艦――Uボートのことを。イギリスの海軍力に到底敵わないドイツは、潜水艦にその活路を見出した。ヨーロッパへの物資を運ぶ商船を攻撃することにより、島国イギリスの補給線を断つという目論見。実際、アメリカの参戦がなければイギリスはかなり苦しい状況に陥っていただろう。

 そんな大西洋をこの船『パークス=ブリタニア』はゆうゆうと往復していたのである。

「すべての航海にウェストアビン女伯オフィーリアどのは、つねに船主としてこの船に乗り込んでいたらしい。見た目はまだ二十歳にも満たないが、なんとも女傑であることだ」

 大きな客船が沈めばどうなるか、すざくは本を読んで知っていた。子供の頃に読んだ『タイタニック号』の遭難事件に関する本。極寒の大西洋に溺れながら沈む乗客の様子が、まるで映画のように目の前に――

 ぶるっ、と震え上がるすざく。

 そんなすざくを唯依ゆよりが見つめる。

 豪華客船のディナーの夜はゆっくりとふけていった――

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