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第3話 唯依との出会い

 自分の部屋の扉の前に立つ少女。来ている服は聖アリギエーリ高等女学校の制服である。

 そっと指の間から少女をすざくは見つめる。

 やや短めの黒髪。長い髪がもてはやされていたこの時代にしては、珍しい髪型である。身長のほどはすざくより少し大きくらいだろうか。

 すざくは実感する。この見慣れない少女が今日から同室者ルームメイトになる『葦原唯依あしはらゆより』であることを。

 すざくはいでたちを整える。一つ息を吸って、唯依ゆよりの前にすざくは姿をあらわそうとした――その時、すざくの足が止まる。再び身を隠す。

 目の前の唯依ゆよりが右手をそっと上げ、扉にそれを重ねた。その右手が――鈍く光っていたのだ。すざくは目を凝らす。間違いない、手ぶらなはずの唯依ゆよりの右手から、赤い光が――

「誰かな?」

 はっとするすざく。扉の前の少女がいつの間にか、こちらの方を向いていた。

「あ......えと」

 すざくは言葉に詰まる。少女は顔色を変えずに、すざくの方を見つめていた。

「僕は葦原唯依あしはらゆいっていいます。今日転校してきた。この部屋に荷物を置くように先生に指導されたのだが」

 間違いない。同室者であった。

「あ、あの。私もその部屋で......一緒になる......その......物巾部すざくって言います!」

 そうすざくは礼をしながら、声を上げた。すっとその前に伸びる右手。唯依ゆよりのものである。

「今日からよろしく」

 握手を唯依ゆよりが求める。その手をじっと見てからすざくはにぎる。普通の手。光ってもいない。

《見間違えだったのかな......?》

 握手をしながら、そうすざくは自分に言い聞かせる。

 なにか引っかかるものを残しながら――


「あ、葦原さんは、外国にいらしたの?」

 唯依ゆよりの荷物ほどきをてつだいながら、そうすざくは声をかける。静かにうなずく唯依ゆより。どうも緊張感が抜けないすざくであった。そもそも、人付き合いがあまり得意な方ではない。あわせて、唯依ゆよりの雰囲気がすざくの人見知りに拍車をかけていた。

 黒くはあるが、短い髪型。そしてまるで男性のような言葉遣い。

 外国帰りであればそういうこともあるのだろうと、すざくは納得する。

「ロシアに。父が外交官でね」

「えっ......今革命中のロシア......?」

 驚きを隠せないすざく。女学生とは言え、国際情勢は授業でも重要視されている知識である。将来、国際化に対応できる華族の淑女を育てている以上、当たり前の話ではあったが。

「彼の国では、プロレタリアートの反乱によって帝政も臨時政府も崩壊してしまった。シベリアにお父様はその動乱に対処すべく派遣されていた。僕の家族、もね」

 はあー、とすざくは感嘆の息を漏らす。

 荷物に洋書が多いのはそのせいなのだろう。

「それは立派なお仕事ですわ。お国のために、そんな危険なところへ」

 すざくの素直な感想。普通の人間がいえば、社交辞令に聞こえるところだが、すざくの人柄はそれを感じさせない。それを唯依ゆよりも感じ取ったのか、目を閉じて一礼する。

「こちらが落ち着いたら、学校の中を案内してほしい。よろしいかな?」

 唯依ゆよりの申し出に、大きくうなずく。

 それまでの同室者への不安は、まるでどこかに消えてしまったように――

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