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第2話 新たなる同室者(ルームメイト)

「失礼いたします」


 重々しい扉をノックして、すざくは部屋に入る。もう放課後、夕方ではあるが制服をすざくは着こなしていた。袴姿ではない、洋風の女学校の制服はこの学校のトレードマークでもある。黒を貴重とした落ち着いたドレスと言ってもいいその制服は、そのまま公的な場所で通用するように作られていた。しかし、すざくはあまりこの制服を好きではなかった。生まれつきとは言え、自分のやや色の抜けた髪の色が浮いてしまうように感じられたからだ。


「生徒、物巾部すざく。よろしい」


 黒檀の大きな机に両腕のひじを載せ、手を組んだ女性が視線を向けながらそうつぶやく。


 それほどの年齢には見えないが、何故かその態度は堂々たる物があった。


「総寮舎監長先生、ご機嫌麗しく」


 校則で決められたあいさつを、決められたポーズを取りながらすざくは返す。


 無言でうなずく総寮舎監長と呼ばれた女性。机の上の名札には『細永総寮舎監長』の文字が記されていた。


「新しい同室者が決まりました。それを通知します」


 そう言いながら、分厚い紐で綴られた冊子を細永舎監長は開く。


「社会にとって最も必要なことは――」


 ペラペラと細い指でページを捲りながら、細永舎監長は流れるようなリズムでそうつぶやく。すざくの視線はその指に集中していた。


「安定することです。そのために必要なのは秩序と調和。物巾部ものきべ生徒と前の同室者は――」


「燁子さん、有栖燁子さんでした」


物巾部ものきべ生徒も有栖生徒も本家は同じく子爵の家でしたね。同じ京都出身の。社会はそうあるべきです。同じような階層、同じような文化を持つもの同士が親しく交わり、学び働く。そしてそれぞれの階層が天より与えられた使命を果たす。それ以上は望まない。それが発展と平和をもたらす何よりの決まりですからーー」


 手を止める、細永舎監長。細い指が何度もページの上を踊り、メガネを外す。


「明日から物巾部ものきべ生徒と同室になるのは、葦原唯依ユイという生徒です。同じく京都の生まれで、公家華族の出身。爵位は男爵ですが、物巾部家と同じく葦原家は神道に仕える由緒正しい華族。釣り合いが取れているでしょう」


 そういうと、パタンと冊子を閉じて、うなずく。


 深々と礼をすると、すざくは部屋をあとにした。


 廊下を進むすざく。壁のランプに数人係の生徒が日をともしているのが見える。すざくの存在に気づいた生徒が軽く会釈をする。同じく会釈を返すすざく。


「......!」


 背の後ろに感じる空気。だいたい予想はついた。


『有栖さん、縁談が決まったそうよ』


『そうそう、なんでもどこかの銀行の頭取とか。三十すぎの方らしいわ」


『子爵の寒門の生まれで、大した財産もお持ちでないのにしては、うまくやられたのではないの?』


『じゃあ同室の物巾部ものきべさんは?同じような境遇なのに、先を越されてさぞかし焦っておられるでしょうね』


 くすくすという笑い声も、聞こえる気がした。


 自分の部屋にすざくは足早に向かう。


 すざくはあまり自分の容姿に自信がない。少しくすんだ髪の色。そしてやや癖がついたその髪の性質。この時代、黒い細い濡れたような長髪ながかみが良しとされていたことは言うまでもない。一度染めようかと細永舎監長に相談したこともあったが、それを戒められた記憶があった。


『人は天より、様々なものを授かります。それを偽ることは天に逆らうこと。許可できません』


 学業においてもすざくは目を見張る、というほどの成績を修めていたわけでもなかった。


《こんなんで、わたしいいとこにお嫁に行けるのかしら......》


 それ以前に、自分が知らない誰か――父親のような男性と結婚するということ自体が全く想像のつかないものであった。どよんと眼の前が暗くなるなりながら、先程までの早足はどこかに行ったようにゆっくりと階段を降りる。 


 角を曲がり、いつもの自分の部屋に――待っているのは誰もいない、がらんどうな部屋であるはずだった。


 扉の前に佇む人影。


 すざくは瞬時に廊下の影に身を隠した――

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