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第31話_黎明前の静寂

「10,022人……子供が4,104人……」


fuはモニターに映し出される数字を呟く。ここは時間と空間が交錯する狭間、彼とpaのみが存在を許された領域だ。


「パレスチナ保健省の発表……これが現実となる未来……阻止しなければ」


paが淡々と資料をスクロールする。


「ヨルダン川西岸でも死者が増加。イスラエルのエリヤフ大臣が原子爆弾投下を示唆、首相府は停職処分で事態を収拾したようね。ヨルダンは警告を発し、既に空軍が動いている」


「事態は一刻を争う。ヨルダンが動いた時点で歯止めが効かなくなる可能性がある。そうなれば地球規模の破滅シナリオが現実化する」


fuの言葉には焦燥が滲む。


「地上戦でガザは南北分断……この分断が何を意味するのか。事象の連鎖を断ち切るにはどの時点に介入するのが効果的か……」


「UNRWAの職員も多数死亡。89人という数字、これも変わってくる可能性があるわね」paが追加情報を提示する。


「情報操作でこの発表の信憑性を揺らがせるのはどうか?パレスチナ保健省自体にハッキングを仕掛け、数値を改竄……いや、リスクが高すぎる。痕跡を残せば未来への影響が計り知れない」fuは考えを巡らせる。


「イスラエルとヨルダン、双方へのアプローチも必要ね。ヨルダンは自衛のためと言いながらも軍事行動に出る口実を探しているようにも見える」paの指摘は鋭い。


「両者の対立感情を煽るような偽情報を流すのも有効かもしれないが、倫理的に問題がある。あくまでも事態の悪化を防ぐため、歴史の必然を変えない範囲で介入する必要がある」fuは逡巡する。


「ヨルダン空軍による薬品投下は人道的支援。ここを逆手に取る方法はない?好意的な行為を装いつつ、両者の関係を微妙に変化させる」paは具体的な作戦を提案する。


「薬品の中に特殊なナノマシンを混入させる。対象者の感情をコントロールするナノマシンだ。ただし、使用には制限がある。歴史的流れを大きく変えるほどの操作はできない」fuは考えを述べ、アクセスポイントを特定するため時空間操作パネルを操作する。


「エリヤフ大臣の原子爆弾発言を利用するのはどう?発言の真意を歪曲して伝える。彼個人の問題ではなく、イスラエル政府全体の意向だと見せかける情報操作」paの目は真剣だ。


「情報の発信元を偽装し、複数のルートから同時に情報を拡散する。発言の波紋を大きくすることで、国際社会からの圧力を高め、イスラエルに慎重な行動を促す効果を狙う。それと同時に、ヨルダンの危機感を煽るような情報を流す。バランスが重要だ」fuは具体案を語る。


「イスラエル国内の世論を誘導する必要もある。過激な発言に反対する声を高めることで、エリヤフ大臣の発言を孤立させる。大臣を批判する記事を複数言語でインターネット上に拡散、対象は世界中のメディアよ」paは躊躇いなく次の提案を繰り出す。


「各国政府関係者への直接的な情報操作も視野に入れるべきか……表立たない形で影響を与える。あくまでも自発的な判断だと錯覚させるようにな」fuはさらに踏み込んだ手段を検討する。


「それよりも、ヨルダンの軍事行動にブレーキをかけるべき。イスラエルよりも先に動くのは危険すぎる」paの意見にfuも頷く。


「ヨルダン王室内部にアプローチし、王の決断に影響を与える情報を流す。イスラエルへの強硬姿勢を維持しつつも、軍事行動を思いとどまらせる内容だ」fuは作戦の骨子を固めていく。


「そのためには、ヨルダン国内の宗教的影響力を持つ人物との接触も必要ね。彼らを通じて世論を誘導し、王の決断を後押しさせる方向に持っていく」paは詳細を詰めていく。


「作戦を実行に移すにはタイミングが重要だ。歴史の流れを注視し、介入の最適なタイミングを見極めなければならない」fuの表情は厳しい。


「UNRWAの発表も気になる。職員の死亡者数を低く抑えるための情報操作を行う?支援活動に影響が出ない範囲で……」paの視線がfuに注がれる。


「それより先にヨルダン側の動きを抑えるのが先決だ。時間が無い。時空間跳躍の準備に入る」fuはpaに指示を出し、作戦実行の準備を始める。


「アブドゥラ国王が視察予定の病院を特定。そこを起点に時空操作を仕掛ける」paが迅速に情報を示す。


「空輸される薬品の成分データを書き換え、ナノマシンを混入させる。感情操作の対象は限定的に。ヨルダン王室、軍関係者の一部だ」fuは慎重に調整を行う。


「エリヤフ大臣の発言に関する偽情報も同時に流す。ヨルダンのメディア関係者にも働きかけ、論調をコントロールする」paが同時並行で作業を進める。


「世界各国の主要メディアに対し、ヨルダンとイスラエルの緊張関係に焦点を当てた記事を配信。視点を誘導する。ただし、断定的な表現は避ける」fuは影響範囲を限定的に留めるよう指示。


「ナノマシンの起動プロトコルを確認。目標対象の感情変化をリアルタイムでモニタリング」paが報告する。


「予想通りだ。ヨルダン王室内部に動揺が広がっている。アブドゥラ国王の決断に影響を与えるのは確実だ。軍事行動を控えるよう働きかけている者がいる。計画は順調だ」fuはモニターの状況変化を見つめる。


「イスラエル政府も対応に追われているわ。エリヤフ大臣の発言に対する国際社会からの批判を懸念している」paが続報を伝える。


「各国政府に介入し、関係各所に圧力をかける。あくまでも政治的な動きだと見せかけなければならない」fuはギリギリの調整を続ける。


「時空修正のタイムリミットまであと僅か。状況は?」paが時間を確認。


「ほぼ予定通り。ヨルダンは当面、軍事行動を見送る見込み。イスラエルも国際社会の目を気にして軽率な行動は取れないだろう」fuは一息つく。


「作戦は成功ね。ひとまず最悪の事態は回避できた。でも、これで終わりじゃない。未来は常に変化する」paは安堵の表情を見せるが、警戒を解かない。


「ああ、分かっている。我々の役割は未来の可能性を守ること。そのためにあらゆる手段を尽くす」fuは静かに語る。


「一連の調整を終えて感じるのは、過去の介入の結果が時間軸に蓄積され、何らかの『超時間効果』を生み出しているのかもしれないということ。今までとは違う時間の流れを感じるの。今回の作戦もスムーズに進みすぎている」paは不安を感じているようだ。


「私も同じ感覚を持っていた。何か目に見えない力が働いているのか。宇宙際タイヒミュラー理論が関係している可能性も……時間が歪曲され、新たな時空構造が形成されている?」fuは眉をひそめる。


「単なる偶然とは考えにくい。この現象を詳しく調べる必要がありそうね。でも、私たちの手に負える問題なのかしら?」paは戸惑いを隠せない。


「分からない。だが、見過ごすことはできない。未来調整と過去補填が思わぬ結果を引き起こしているとすれば……」fuは言葉を濁す。


「今はまだ推測の域を出ない。でも、この『超時間効果』が何であれ、未来に大きな影響を与える可能性があることは確かよ」paは神妙な面持ちで言った。


「もう少しデータを集めよう。仮説を検証する必要がある。その上で対策を考えなければ」fuの表情は真剣そのものだ。


「この感覚、今までなかったわ。時間軸そのものに変化が起きているような……不安だわ」paが呟く。


「大丈夫だ。共に立ち向かおう。何が起ころうとも、未来を守るために」fuはpaを励ます。


「ええ。それが私たちの使命だもの」


paは静かに頷き、モニターを見つめ続けた。


二人の調整官・補填官はまだ知らなかった。この「超時間効果」が未来にどれほど大きな変化をもたらすのかを。彼らの戦いはまだ始まったばかりだ。夜明け前の静寂の中、二人は未来と過去への希望と不安を抱きながら、次の時間跳躍に備えていた。超時間効果の謎を解き明かすために。

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