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第2話 花護美優人

 花護男爵邸は、上を下への大騒ぎだった。


「怪盗が、お坊ちゃまを誘拐するのですってよ!」

「男衆は集まれ! みんなで邸の守りを固めるぞ!」

「そんなことより、まずはお坊ちゃまに学校から戻って頂くのが先ですよ!」


 蜂の巣を突いたような騒ぎの中、任務で外国に出ている次男を除く、花護男爵家の一堂が、家へ呼び戻されることになったのだった。





 渦中の花護はなもり家の子息は、三名。

 現在、大蔵省に勤務する官僚という長男、花護勝彦かつひこ

 海軍に所属し、現在は任務で外洋に出ている次男、花護港基こうき

 そして、現在学生、十八歳の高等学校生、花護美優人みゆと

 現在、長兄勝彦は、官舎住まいの為、花護邸にいる子息は、美優人一人と言うことになる。





 何も告げられず『家の大事でございます』とじいやに迎えられ、高等学校から大急ぎで家にもどった美優人は、普段ならば家に寄りつかない長兄が、髪を乱したままの姿で居ることに、度肝を抜かれた。


「に、兄様っ……?」

 普段、勝彦は、髪をポマードで後ろになでつけた、オールバックで、どんなに疲れた時でも髪の一筋も乱さないという、品行方正な姿が、評判の方だったからだ。


「美優人っ!!!」

 美優人の姿を見るや、勝彦が駆けつけて、ぎゅっと抱きしめられる。


「に、兄様っ……痛いですっ!」

 息が出来ないくらいに抱きしめられて、思わず、美優人が声を上げる。


「ああ、済まない。とにかく、良かったよ。お前が戻るまで、不安で不安で……」

 ほう、と勝彦が一つ吐息した。


「私は、無事ですが……」

 あたりを見回した美優人は、使用人達が、皆、安堵の表情を浮かべていることに気が付いた。


「兄様、これは一体、どういう状況なのですか?」

 もしかして、と美優人は、ドキッと胸が跳ねるのを感じた。


 現在、花護男爵家は、ある、『問題』を抱えている。

 その問題は、家の浮沈にも関わるものであったし―――そして、美優人自身にも、無関係ではなかった。そのことに関係があるかと、思ってしまったのだった。


「……父上のところへ行こう」

 兄に誘われる形で父の書斎へ行くと、父は、鎧甲冑を身に纏っていた。

 先祖伝来の品で、毎日、ばあやが丹念に磨いて手入れをしている一品である。


「ち、父上……いま、戻りましたが……」

「おお、美優人かっ! よくぞ無事に戻った」


 父、花護男爵が鎧甲冑のままで抱きしめてくるので、痛かったが、こちらには抗議の声を上げなかった。


「……父上、家の大事と聞きましたが……まさか、恵比寿屋さんが……」

 恵比寿屋という言葉を聞いて、ピリッと緊張が走った。


「いや、あのジジイではない。……これを見るがいい」


 父が差し出したのは、洋封筒であった。

 封蝋が施してあって、『K』とイニシャルが押印されている。


 すでに封は解かれていたので中を確認する。ほんのりと、舶来品の香水らしき、あまやかな薔薇の薫り漂う便箋が一枚。

 流麗な文字で書かれていたのは、たった二行。



『帝国の星、帝都の華。

   花護男爵のご令息を、今宵二時、攫いに伺います』



「当家に息子は三人。そのうち、拐かされる可能性があるのは、お前だろう、美優人」

 美優人は、息を飲んだ。


 確かに、成人男性であり、国家の官僚である長兄を誘拐するというのは、少々考えにくいことだ。


「けれど……これは」

「これは、予告状というものだよ」

 長兄が、静かに口を開く。


「予告状……?」

「そう、あらかじめ、犯行を報せておくものだ。自意識過剰な犯人が行うらしい。

 ここには、午前二時と書かれているが、それが油断させるための策ということもあるからね。だから、すぐに家に帰って貰うことにしたんだよ」


「なるほど、解りました。……それで、この犯人というのは、心当たりはあるのですか?」

 兄と父は、首を横に振った。


「ただ、この者が、最近巷間を騒がす怪人か、または、それをかたったものであるというのは、間違いないだろうね」

「怪人……」


「ああ。帝都の闇に跳梁跋扈する、怪人―――特に、この封蝋に『K』の文字が刻まれている事を鑑みれば、怪盗Kだろう。今、友人達を呼んでいるから、二人に聞けばハッキリするだろう」


「兄様の、ご友人ですか?」

 そういう方を呼んだところで何か力になるのだろうかと、首を捻った美優人だったが、兄の言葉を聞いて、すぐに考えを改めることになった。


「ああ、大学の同期の友人でね、下河内しもごうち貴文くんと中院なかいん正隆くんの二人だよ」

 などと兄は、笑顔で言うが。


「兄様……そのお二人って、警視総監と、天下に誇る名探偵では在りませんか……」

 強力な『助っ人』と言って良いのだろうが、それにしても、強力すぎる方々だろう、と美優人は少々、頭痛がした。


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