主上のおわす帝都は、繁栄の盛りであった。
諸国の珍品、美食に珍味、さまざまな工業製品、そして人……。
ありとあるゆるものの坩堝となった帝都には、無論、濃密な闇も存在した―――。
帝都の下町ほど近く、
先代大帝の覚えめでたく、戦時に於いて
武人の一族らしく、洋館を構えているものの、こぢんまりとし、また、華美な装飾を持たぬので、周りの、下町のほど近い場所柄にも、特に浮くことなく在った。
平素、当主と、嫡男の行う朝稽古の声くらいしか聞こえない、閑静な邸であったが、この日は、邸全体が揺れるほどの大絶叫がとどろいたのだった。
「た、大変でございます、旦那様っ!!!」
三軒向こうに住む、有森子爵家の使用人達は、こう証言する。
「まあ、なんともうしましょうか、あちらは、平生より物静かな家風でございましたでしょ」
「ええ、家風がね、とても、質素で質実剛健を由とされているご家風のようでございましたから」
「それが……、ねぇ」
「
「ええ、上を下への……」
「まさか、あんなことになっているなんて」
「号外をみた当家のご主人様も、煎茶を吹き出しておいででしたわ」
などとしみじみと語っている。
さて、その花護男爵邸には、毎日、午後二時半頃に書簡が届けられる。
郵便の配達時刻がこの時間であった。
ゆえに、花護男爵邸の『ばあや』は、主人にいち早く書簡を届けるため、門前にて郵便配達人を労いつつ、書簡を受け取るのが常であった。
「男爵家のばあや様、いつもご苦労様でございます。こちらが本日の手紙でございますが」
と郵便配達人は、一度口ごもった。
「一通、せっかちな方が、差出人のお名前を書き添えるのをお忘れになったようでございます」
見れば、洋封筒には、差出人の名前がなかった。
ただし、封蝋が施してあって、『K』とイニシャルが押印されている。
宛先は、『花護男爵様』とだけあった。住所もない。
「まあ、よほど慌ててお手紙を下さったのね。郵便屋さん、ありがとう。これを持って行きなさい」
そうして、カンロ飴を油紙につつんだのを一つ二つと貰うのが、郵便配達人の楽しみになっている。そうしたことをばあやも知っているので、この習慣を止めることはなかった。
「まあまあ、急ぎの書簡だといけないわね。旦那様のところへ急がなくては」
そして、ばあやが花護男爵に書簡を渡す。代理で、執事が開封して中身を確認したとき、邸が揺れた。
「た、大変でございます、旦那様っ!!!」
書簡には、こう書かれていたのだった。
『帝国の星、帝都の華。
花護男爵のご令息を、今宵二時、攫いに伺います』