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第四十九話 年の差婚

 それからしばらくはコハルの体調も、波留との関係も落ち着いて過ごし、迎えた六月の土曜日。


 今日は、大学の時の同級生の結婚式だった。

 今はもう、玲人と本田くんぐらいしか学生の時の友人とは付き合いはないし、正直今日結婚する彼ともそこまで親しかった記憶がないけど、なぜか招待されたんだ。


 家族だけとか、ごく親しい友人だけでひっそりと式を挙げる人が増えてきたのに、今日の披露宴はやたら豪勢だった。金がかかってそうな会場とプラン、高級そうな料理。


 同級生の結婚相手は、八十を超えた女の人だった。

 相当な資産家らしい。


 八十歳と三十歳、やたらと豪華な式。

 なんかこう……。ちょっとアレなのかなと思ってたら、言ってはいけないことを言い出すやつが一人。


「つーか、あいつ。明らかに遺産目当てだよな」


 たぶんみんな薄々思っていて、それでも誰も言わなかったのに。玲人がズバッと言ってしまって、その場の空気が凍りつく。


「玲人、そういうこと言うなよ」

「だって、八十歳とかもうすぐ死ぬじゃん」


 注意したのに反省する素振りもなく、玲人はしれっと言ってきた。


 数ヶ月前の自分の結婚式では、TPOがどうとか言ってなかったか? 言ってた本人が全然守れてないんだけど。


「そんなの分からないだろ。百歳まで生きる人だっているんだし」

「ガチで愛があると思ってんの?」


 言われて、新郎新婦に目を向ける。同級生と八十を過ぎたおばあさんが何十年か後の波留と僕の姿みたいに見えて、なんだか微妙な気持ちになった。


「そもそもお前は人のこと言える立場じゃない。また離婚したんだろ。自分のことをなんとかした方がいいよ」


 他のテーブルの人にまで注目を集めてる気がしたので、声のボリュームを落とし、小声で囁く。そのあと、玲人がデカい声を出してくれたから、何の意味もなかったけど。


「もう俺、結婚はしない。向いてないわ」

「やっと気づいてくれてよかった」

「今時結婚とか古いよな。これからは自由恋愛の時代だと思う」


 はぁ……、頭が痛くなってきた。

 別に玲人が何人と同時に恋愛しようがどうでもいいけど、少なくともこの場で話す話題じゃないと思う。


「お願いだから、口を閉じておいて」


 そう言ったのにも関わらず、玲人は披露宴の間ずっとベラベラしゃべり続けていた。けどもう面倒くさかったので、途中からずっと無視。

 そうしたら同じテーブルの人が玲人の相手をしてやっていた。みんな優しいなんて思いながら、一抜けた僕は素知らぬ顔で式に参加していた。



「一緒にタクシー乗ってく?」


 同じテーブルの同級生たちに声をかけられたけど、この後は波留と待ち合わせしている。


「迎えに来てくれるから、大丈夫」


 式場の前で少し待っていたら、別のテーブルに座っていた同級生もこっちに向かってきた。誰だっけ。顔は覚えているけど、名前は忘れた。


「おー。誰か待ってるの?」

「うん。そっちも?」


 向こうも名前を覚えてないのは同じだったみたいで、『おー』とかなんとかで乗り切ろうとしていた。一時期は玲人の関係で噂になってたけど、まあ十年以上も前の同級生なんて誰も覚えてないか。


 お互い名前も思い出せないまま軽く雑談していたら、少し離れたところに車を止めた波留がこちらに歩いてきた。


「あの子は弟?」

「夫」


 言いながら、左手の薬指にはまっている指輪を見せる。


「夫〜!?」


 同級生は、相当分かりやすく目を白黒させる。

 さすがにこんな反応にも慣れたけど、やっぱり全く平気ってわけにはいかないな。いちいち傷つくのもやめたいけどさ。


「うわ、マジか。またずいぶん若い夫だな」

「僕の遺産目立てかも」


 ちょうど今日玲人が空気をぶち壊した発言に乗っかって、冗談めかして言う。


「遺産目立てってほどは離れてないだろ」


 それどころか、一つしか変わらないんだけどな。――とは言わず、心の中で思うだけに留めておく。


「まさか学生じゃないよな」

「一応社会人だよ」


 それどころか三十過ぎてるって言ったら、驚くんだろうな。


 ◇


 同級生に別れを告げ、波留の車に乗る。


「気まずさに耐えるのに必死で、途中から味が分からなかった」


 料理がおいしかったかどうか聞かれたから、ありのままに答える。すると、波留はミラー越しに不思議そうな目で僕を見てきた。


「何かあったんですか?」

「玲人が遺産目当てとか言い出したから」


 今日あったことをざっくりと波留に伝える。


「なるほどね。それで、亜樹は遺産目当てだと思いますか?」

「また答えづらい質問をするな」


 つい苦笑いをこぼしてしまう。

 かわしたつもりだったのに、波留は無言で僕を見つめ、目だけで答えを催促してくる。


 ……流せそうにないな。

 どう答えるか少し考えてから、口を開く。


「どうだろうな。金目当てかもしれないし、純粋な愛かもしれない。でも、どっちでもいいんじゃないかな」


 言葉を選びつつ、話を続ける。


「本当のところは当事者にしか分からないし、他人が口出すことじゃないから」


 しばらくしてから、波留はゆっくりと口を開く。


「だったら、オレたちの関係が他人からどう見られてもいいはずですよね。本当のことは、オレたちだけが分かってたらいい」

「何も言ってないのに」


 また今日も弟だと勘違いされて、夫だと言ったら驚かれたとか。同級生と老女の姿に、将来の僕と波留を重ねてしまったとか。まだ波留には何も言ってないはずなのに、何でそんなこと言い出すんだよ。


「言ってないですね。ただオレが言いたくなっただけです」

「あれ。家って、こっちだった?」


 話の腰を折るようで申し訳ないけど、どんどん家から遠ざかってるのが気になって、つい聞いてしまった。


「少しドライブして帰りましょう」


 言われて、特に断る理由もなかったので、うんと頷く。


 ポツポツ話しながらドライブしていたら、ふいに波留は人通りの少ない田舎道で車を停めた。シートを倒し、しばらくぼんやりと星空を眺めていたら、いつのまにか波留がこちらを見ていることに気がつく。


「まだ気にしてます?」

「何が?」

「人から見た俺たちの関係とか、これから先どうなるかとか」

「……多少は」


 本当は多少どころじゃないけど、見栄をはってそう答えておく。


「亜樹は自分だけ年取るのが怖いって言ってましたが、オレだって怖いんですよ。亜樹がいなくなるのが怖いんです」


 思わず波留の方を見てしまったが、波留は空をながめていて、視線は合わなかった。


「亜樹がいない世界で生きるのを毎日毎日恐れながら生きていて、それぐらい亜樹を愛してるのに、自分が死んだら誰かと再婚しろとか言われるのはすごく嫌です」

「波留、それは」

「だいたいオレが誰かと再婚しても、亜樹は平気なんですか?」

「嫌だよ」


 平気なわけない。

 嫌に決まってる。だけど、波留に寂しい思いをさせる方がもっと嫌だ。


「でも、死んだらもう僕は波留のそばにいてあげられないわけだし。それなら、誰かと一緒にいてほしいと思う」


 波留のお母さんは一人の方が気楽だって言ってたけど、たぶん波留はそういうタイプじゃない。

 結婚して十年経っても未だに毎日一緒に寝てるし、休日もほとんど一緒に過ごす。これで波留が一人になったらどうなるのか心配でたまらないんだ。


「亜樹以外の人と再婚したって、亜樹がいない寂しさは埋められない」


 そう言われて、ハッとした。

 上半身を起こし、波留に話しかける。けれど、やっぱり視線は合わない。


「まさかとは思うけど、後を追ったりしないよな?」

「しませんよ。だって、生まれ変わったら番になろうって、約束したじゃないですか」

「付き合う前に言ってたやつな。何年も前のことなのに、よく覚えてるな」 

「亜樹は忘れちゃったんですか?」

「……覚えてるよ」


 そう答えたら、ようやく波留がこっちを見てくれた。


 まだ恋人になる前に亜樹と初めて繋がった時のことも、ヒートを一緒に過ごしてくれたことも、恋人になった日も、波留がチョーカーを贈ってこれたことも。


「全部覚えてる」

「オレもですよ。亜樹が死んでも、忘れません」


 波留は身体を起こし、僕の頬にそっと手を当てた。


「亜樹も忘れないで」

「忘れないよ」


 そう答えたら、波留の顔がゆっくりと近づいてくる。

 目を瞑ると、唇を一瞬だけ重ねられた。


「波留」


 しばらくして目を開けて、彼の名前を呼ぶ。


「うん」

「もし僕が死んでも、僕以外愛さないで。絶対に波留のところに戻ってくるから」


 波留は顔をくしゃっと歪め、大きな瞳に涙をにじませる。


「待ってます。いつまでも待ってるから」


 今度は僕から波留の頬にキスをして、それから彼の唇に自分のソレを重ねた。


 この数ヶ月ずっとすれ違ってたけど、ようやくお互い腹を割って本音で話せた気がする。


 それからも時々ケンカをすることもあったけど、星空の下で想いを伝え合った夜以降、僕たちは以前よりもずっとずっと穏やかに過ごせるようになった。

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