残業があった火曜の夜。もう波留は先に帰ってるかなと思ってたけど、僕の方が早かったみたいだ。
今から夕食を作るのがしんどかったので、コハルにドッグフードだけあげて、自分の分はカップラーメンだけで済ませる。
汁を半分ぐらい捨てて、コハルのリードをとりに行く。
昔はリードを持っただけでコハルもはしゃいでたけど、今はどっしりと横たわっている。
「行こうか、コハル」
「コハルー。散歩行かないの?」
何度か声をかけても、コハルは立ち上がろうとしない。
しまいには、寝たふりまで始めてしまった。今日は完全に行く気がないみたいだな。
「僕も残業で疲れてたから、ちょうど良かった」
ちゃんと毎日散歩に行った方が良いんだろうけど、今日はしんどいなと思ってたから、ちょっと助かった。
気が抜けて、ソファーにゴロリと横になる。
「コハルもおばあちゃんになっちゃったな」
ソファーの下でゴロゴロしているコハルに手を伸ばし、つぶやく。
ここに来たばかりの頃はコハルも元気いっぱいだったのに、今は横になっている時間が増えて、散歩も二日に一回ぐらいに減った。元々おとなしい性格だったけど、それでも散歩は大好きだったのにな。
まだまだ若いと思っていたのに、僕も三十過ぎてから色々なことが億劫になってきたし、最近は前よりも少し疲れやすくなったような気がする。
三十でこれだったら、四十五十になったらどうなるんだ。
◇
「――亜樹、亜樹」
誰かに身体をゆすられ、目を開ける。すると、スーツを着た波留が僕を覗き込んでいた。
……んん。
いつのまにか眠ってしまっていたらしい。
ソファーで寝てたから、身体の節々が痛い。
「寝るなら、ベッド行こうよ」
「まだやることあるから。風呂洗ってないし、明日のごはんも炊いてない」
言いながら、僕はノソノソと立ち上がる。
「ああ、オレがやっておきましたよ」
さらりと言われて、固まってしまう。
いつのまに? さっき帰ってきて、もうやったの?
「え、ごめん。今日は僕がやる番だったのに」
「いいんですよ、亜樹疲れてるみたいだったし」
「それを言うなら、波留の方が疲れてるだろ。本当にごめん。代わりに明日やるから」
「気にしないで。やれる方がやったらいいじゃないですか。ついでに台所の掃除もしておきましたよ」
「え」
驚いて台所に見に行ったら、カップラーメンを捨てた時には溜まっていた生ゴミもシンクの汚れも全部なくなっていた。
僕よりも長く残業してきたはずなのに、何でそんな元気なんだ……。バイトしてから飲み会でオールして、そのまま学校行く大学生か?
僕もコハルもどんどん年をとっていくのに、変わらないのは波留だけだ。ますます波留との差が浮き彫りになり、憂鬱になってきた。
とにかく、明日こそは波留よりも先に家事をやらないと。