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第四十四話 いつまでも仲良く

 翌週の土曜日。波留が休日出勤したタイミングを見計らい、家を出る。


 行き先は、車で一時間ほど。波留――僕のお義母さんの家だ。大学生の時に最初に連れてこられた時は緊張し過ぎて吐くかと思ったけど、今では一人でも全然平気だ。波留抜きでもたまに家に遊びに行ったりお茶したりするぐらいには、お義母さんとは仲良しだから。


 途中で買ってきたケーキを食べながら、世間話や近況で盛り上がる。


「それで?」


 それまで笑っていたお義母さんがふいに僕をじっと見つめ、そんな言葉をかけた。


「え?」

「ただおしゃべりしにきたわけじゃないんでしょ?」

「バレてました?」


 最初からバレバレだったのか。

 いつ切り出そうかタイミングを計っていたのも見抜かれていたと思うと、つい苦笑してしまう。


「分かるわよ。ずっとソワソワしてるし」


 お義母さんの言うように、今日はただ単に話をするためだけに来たわけじゃない。聞きたいことがあって、ここに来たんだ。


 ゴクリとツバを呑み込み、思いきって切り出す。


「波留のことなんですけど」

「もしかして、波留が浮気でもした? それとも、亜樹くんの方?」


 お義母さんはなぜか瞳を輝かせ、身を乗り出して聞いてきた。


「違いますよ。何でちょっとワクワクしてるんですか」

「ごめんごめん。冗談よ。亜樹くんが緊張してるから、リラックスしてほしいと思って」


 そう言って、お義母さんは優しげな笑みを浮かべる。


「波留って、やっぱり人間よりも寿命が長いんですか」


 なんだか気が緩んでしまって、ずっと引っかかっていたことが口からするりと出てきた。


 お義母さんは一瞬考える素振りをしてから、首を傾げる。


「そういえばあの子、いつまでも若いわよね。うらやましい」


 そう言うお義母さんは、初めて会った時よりも少しシワが増えたかもしれない。たしかお義母さんも獣人の血が入ってるって、話だったけど……。


「お父さんの家系は寿命が長いみたいだけど、私の方はそうでもないの。人間と同じくらいよ」

「獣人は獣人でも、違うんですね」

「波留はお父さんの血を濃く受け継いだのかもね」


 なるほどと頷いてから、お義母さんの顔色を窺う。


「ちなみに長いって言うのはどのくらい?」

「さあ。そこまで詳しく聞いてないから。もう夫には三十年以上も会っていないし、分からないわ」

「……。お義母さんは、ずっとお一人で寂しくないんですか?」


 夫も三十年以上不在、息子の波留も家を出て行った。

 前からずっと聞こう聞こうと思っていて、ずっとタイミングを逃してしまっていたが、今日こそは言おう。


「もし良かったら一緒に」

「私は一人の方が気楽だから」


 暮らしませんかと言おうとしたのに、誘う前に断られてしまった。そうなるような気はしてたけど。


「波留が独り立ちしてのびのびと暮らしてるのに、今さら誰かと暮らすなんて考えられないわ」


 ずっと一人で暮らすのって寂しいような気もするけど、僕も大学生の時は一人暮らしだったしな。一人の方が気楽な人もいるか。


「亜樹くんは、波留といつまでも仲良くしてやってね」

「……はい」


 そんな言葉をかけられても、心から頷けなかった。


 いつまでも、か。

 一緒に年をとっていけると思ってたのに、僕だけどんどん老けていくようじゃ、将来が不安になる。


 三十代の今は良くても、僕が四十代五十代になって、波留だけ若いままだったら――。


「何も参考になるようなこと言えなくてごめんね」

「え?」

「波留だけ若く見えることに悩んでたんでしょう」

「あ、いや、……はい」


 否定しようとして、結局嘘はつけず、肯定してしまう。


「私からしたら、亜樹くんも十分若いわよ」


 お義母さんはにっこりと笑って、そんな言葉をかけてくれた。うん、まあ、それはそうなんだよな。


「ありがとうございます」

「だから、大丈夫よ」

「大丈夫でしょうか」

「うん、亜樹くんは今も若いし、綺麗よ」


 お義母さんは色々慰めてくれたけど、やっぱり不安が拭いきれないまま、その日は家に帰った。


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