小さな教会から出てきたのは、タキシードを着た新郎二人。ライスシャワーを浴び、みんなから祝福されている。僕と波留はクリーニングから返ってきたばかりのブラックスーツに身を包み、遠目からそれを見ていた。
大抵の人は、一生に一度となる晴れ舞台。
でも、そうとも言えないやつもいるんだよな。特に、あいつの場合は。
新郎のうちの一人は、僕の元番。大学を卒業して十年以上が過ぎても、未だに腐れ縁が続いている本郷玲人だ。
パートナーと離れ、一人一人に声をかけて回っていた玲人がこちらに近づいてきて、いつものニヤけた笑顔で話しかけてきた。
「波留。お前、ほんっと老けないよな。整形でもしてんの?」
「してないから」
「波留ほどじゃないけど、亜樹も若いし、相変わらず綺麗じゃん」
「それはどうも」
僕はわざとらしい笑顔を作ってから、玲人に言葉を返す。
「一応言っておくけど、四回目の結婚式にはもう出席しないから」
ニヤけた玲人の表情が、一瞬でふてくされたようなものに変わる。
「新郎にかける言葉がそれかよ」
「玲人のパートナーの前では言わなかったんだから、これでも気を遣ってる方だよ」
「にしても、さすがに結婚式にそれはないだろ。もう大人なんだから、TPOをわきまえようぜ」
何がTPOだ。わきまえないといけないのは、いきなり波留に整形がどうとか言ってきたお前の方だろ。――と、言ってやりたかった。けど、ここでもめるのはさすがにどうかと思ったので、ただ嘘くさい笑顔を浮かべるだけに留めておく。
「二回までならまだしも、さすがに三回目は言われても仕方ないと思いますよ」
苦笑いを浮かべつつ、波留も僕に同意してくれた。
正直僕と波留じゃなくても、この場にいる大半の人が同じように思ってるはずだ。みんな遠慮して、はっきりと口にしないだけで。
玲人が初めて結婚したのは、僕と波留が結婚してすぐだった。飲み会で知り合ったらしい女の子と交際期間も浅いうちに結婚。その一回目の結婚が上手くいかず、あっさり離婚したのは、まあ想定内だ。
二回目は、離婚から一年後にマッチングアプリで知り合ったらしい人と。今度こそ運命の人だと玲人が力説してたから、さすがの玲人もこれで落ち着くだろうと思ってたのに、やっぱり玲人は玲人だった。
よく分からない理由で別れたと思ったら、僕も波留も玲人に相手が出来たことも知らないうちにまた結婚すると言い出したのが今回。さすがに三回目となったら、二回目までと同じような気持ちでは祝えない。一体何回結婚したら気が済むんだ。
今までの相手も、今回の相手も、Ωじゃないことだけが不幸中の幸い。もしも相手がΩで番ってたら、また僕みたいに泥沼になってただろうし。
そこは玲人なりに気を遣って――るわけないか。
相手がΩじゃなかったのは、たぶんただの偶然だよな。玲人だし。
「本当にさ、せめて二回までだよ。三回目はさすがにしんどい。今日も来るかどうか、ギリギリまで迷ってた」
「マジでか、お前ら。親友を祝福しようっていう気はないのかよ」
玲人は僕たちの常識がないみたいに言ってくるけど、どう考えても常識がないのは玲人だと思う。非常識が具現化したような男に常識なんて求めるのも無駄だけど。
「お前があと何回結婚するか分からないし、一々付き合ってたらキリがない。こっちにも予定があるんだから」
これで打ち止めならまだしも、この調子だったら四回目五回目もありそうだし、下手したら二桁いきそうだ。その度に毎回毎回スーツをクリーニングに出したり取りに行ったり、ご祝儀の準備したりしないといけないなんて、勘弁してほしい。
「俺よりも大事な予定なんてあるのかよ」
「山ほどある」
即答したら、玲人は波留の方に擦り寄っていった。
「波留〜、何とか言ってくれよ。お前の旦那、冷たすぎ」
「結婚式に出席するのはいいんですが、玲人先輩も結婚する前にもっとよく考えた方がいいですよ。付き合うだけじゃダメなんですか?」
よく言った、波留。
僕が思ってたことをそのまま言ってくれて、波留に拍手を送りたい気分になった。
「でもさぁ、こういうのってタイミングもあるじゃん。勢いや思いきりも大事だし。お前らだってそうだったろ?」
「波留、勢いで僕と結婚した?」
「違いますね」
波留はフルフルと首を横に振る。
「今度こそは上手くいくことを願ってます」
面倒くさくなったのか、波留が話を終わらせたがってるのが僕にもヒシヒシと伝わってくる。適当にあしらっていたら、玲人はパートナーのところに戻っていった。
玲人の三回目の結婚の相手は、優しそうな同年代の男の人だ。すごくまともそうなのに、何で玲人なんかと。――僕もあいつと番ったわけだから、人のこと言えないか。
玲人は幸せになろうが不幸になろうがどうでもいいけど、ただただ他の人を巻き込まないでほしい。それだけだ。
◇
「式だけならまだしも、しっかり披露宴と二次会までやって。あいつ、全く反省してないよな」
教会での結婚式、披露宴、二次会まで終わって解散になってから、帰り道で僕は波留に愚痴っていた。
「たぶん変わらないですよ」
そう言いながら、波留は僕の手をさりげなく握ってきた。
「いちいち気にしても無駄か」
そうですねと頷いてから、波留は言葉を続ける。
「ちょっと飲み足りないかもしれません」
「コンビニ寄って、お酒買ってく?」
「たまには飲みに行ってもいいんじゃないですか。明日は休みですし」
「じゃあ、三次会行くか」
それから適当に近くの居酒屋に入って、荷物を置いてから席を立つ。
「ちょっとトイレ行ってくる」
「亜樹の分も頼んでおきますね」
用を済ませて帰ってきたら、ちょうど波留が店の人ともめていた。
「君、高校生でしょ。未成年にお酒は出せないよ」
「もう三十超えてます」
「いやいや、さすがにそれはない」
「本当ですよ。免許証見てください」
なんか勘違いされてるみたいだな。
助けようかなと思ったけど、波留が身分証を見せたら、店の人もあっさり納得していた。
「また学生に間違えられたの?」
「大学生に間違われるのは慣れてますが、高校生はショックです」
免許証を財布にしまいながら、波留はムッと唇を尖らせた。……この顔は、高校生に間違えられても仕方ないかも。
「高校生はないよな」
心の中では店員に同意しつつ、ひとまず波留をなだめておく。
しばらくして、さっきとは別の若そうな女性店員さんがビールを持ってきてくれた。
「先ほどは大変失礼いたしました」
テーブルの上にビールを静かに置いてから、女性は頭を下げた。
「大丈夫ですよ」
全く気にしてなさそうな波留を見て、女性はホッと息を吐く。
「今日はどこかにお出かけだったんですか?」
「結婚式の帰りです」
「そうだったんですね。お二人はお友達――ご兄弟ですか?」
女性は言葉を止めて僕たちを見てから、もう一度言い直した。……これ、友達にしては年が離れてると思ったってことだよな。
「オレたち、夫夫です」
違いますと僕が否定する前に、波留がきっぱりと答える。
「え、あ。ご、ごめんなさい。失礼でしたよね。何度も何度も本当に申し訳ございません」
女性はさっと青ざめ、ぺこぺこと僕たちに頭を下げる。
ここまで申し訳なさそうにされると、逆にこっちがいたたまれない気持ちになるな。
「いえいえ、気にしないでください。よく言われますから」
無理矢理笑顔を作り、全然大丈夫ですよと女性に声をかける。笑って対応してても、内心ショックだったりして。
大学生の頃は『兄弟』なんて絶対言われることがなかったのに、最近よく言われるんだよな。そんなに僕たち、似合ってないかな。もしそうだったら、ちょっと落ち込む。
僕が老けすぎ? そんなことないよな。
ごく普通の三十代だし、たまに二十代に見られることだってある。僕じゃなくて、波留が若過ぎるんだよ。
全然老けないし。……というか、波留って、年とってる?
波留の横顔をじっと眺めてみても、昔と同じように肌も艶々だし、顔立ちも何も変わってない。波留だけ、時間止まってる?
玲人じゃないけど、本当に整形を疑うレベルだ。
整形じゃないってことは、一緒に暮らしてる僕が一番よく知ってるけど。でも、だったら、どうして……。
「なに?」
ジロジロ見すぎたせいか、波留が不思議そうにこっちを見てきたので、とりあえず笑ってごまかしておいた。