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第四十二話 コハルのいる生活

 波留との生活の中に犬が加わってから、一ヶ月。

 波留によく似た犬にコハルと名付けて、ベタベタに可愛がっている。


「コハルはモフモフだなぁ」


 ソファーでくつろいでいたら、膝の上に乗ってきたコハル。僕はコハルに話しかけながら、そのモフモフな身体を撫で回す。


 見た目だけだったら、もっと硬そうな手触りに見えるのに。触ってみたら、柔らかくて、ふわふわだ。こういうところも、波留とよく似ている。


 コハルは特に僕に懐いてくれていて、家にいる時は常に後をついて回る。可愛いし、ふわふわで癒されるし、ついついかまってしまう。


「いつまでも撫で回してたら、コハルにうざがられるんじゃないですか?」


 波留ももちろんコハルをかわいがってるけど、僕ほどじゃない。僕がずっとかまってるから、ちょっと呆れられてる気もする。でも、仕方ないよな。こんなに可愛いんだし。


「コハルから寄ってきたんだよ」

「ごはんほしいから仕方なくですよ」

「そんなことないよな、コハル」


 な?と撫でてやると、コハルはクーンと擦り寄ってくる。はぁ〜……癒される……。可愛い……。


 隣から波留にじっとりとした視線を向けられているのに気づき、コハルをソファーから下ろし、波留に話しかける。


「波留はもう変身しないの?」

「変身……?」

「波留がモフモフになった姿、もうずっと見てない気がする」


 大学生の時はそれこそしょっちゅうモフモフの耳やしっぽを生やしていたし、社会人になってからはほとんどそういうこともないような。


「そういえば……」


 長い間モフモフになっていないこと、波留自身もあまり意識してなかったのかな。今初めて気づきました、みたいな顔してる。


「オレも大人になったから、人間の姿を保てるような力がついたんですよ」


 波留は目を輝かせ、得意気に言った。


 大学生の時から精神年齢はそんなに変わってないように思えるけど――と言おうとして、言葉を呑み込む。言ったら、またしょんぼりしそうだからな。


「それかずっと人間しかいないところに住んでるから、もう完全な人間になったのかもしれませんね」

「そういうものなの?」


 言われてみたら、波留のお母さんも人間にしか見えない。ずっと人間だけの場所にいたら、馴染んでくるものなのかな。


「きっとそうですよ!」


 しょっちゅうモフ耳を生やしていた時は、色々大変だっただろう。苦労してきた波留には悪いけど、僕は波留が変身しなくなって、少し残念だったりして。

 モフモフになった波留、可愛くて好きだったから。波留、また耳としっぽ生やさないかな。


 でも、まあ、波留が喜んでるなら、それが一番だよな。

 少し寂しく思いつつも、どうにか自分を納得させていたら、ソファーから下ろしたはずのコハルがまた上がってきた。


「コハル〜。またきたのか」


 突進してきたコハルを受け止め、大きな身体にぎゅっと両手を回す。やっぱりモフモフだ……。コハルの身体に顔をうずめ、そのモフモフ感を存分に堪能する。


「またそうやってコハルばっかり可愛がって」


 波留の呆れたような声が降ってくる。

 顔を上げたら、波留はちょっとすねたような顔をしていた。


「今の波留はモフモフ感が足りない」

「あー……、そういう……! さすがにそれは酷いですよ」

「本当のことじゃん」

「モフモフじゃなくなったオレなんて、もう愛してないんですね」


 冗談で言ってるんだろうけど、波留の口調があまりに大げさに演技がかっていたから、ちょっと笑ってしまった。


「そんなことないよ」

「コハルを可愛がる片手間に言われても、全然説得力ありませんから」


 波留はじっとりとした目で僕とコハルをみながら、ため息までついている。このまま放っておいたら、本格的にすね始めそうだ。


「冗談だよ。波留もおいで」

「犬みたいに呼ばないでください」


 口ではブツブツ言いながらも、波留は嬉しそうに近づいてきて、コハルごと僕を抱きしめた。


 モフモフの姿にならなくなっても、やっぱり波留は波留だ。今は何も生えてないはずなのに、僕の目には波留が大きくしっぽを振っている姿が見えるんだよな。

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