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第四十一話 運命の出会い

「カフェ?」


 車から出てきた波留を見上げ、ここなのかと聞く。


「普通のカフェじゃなくて、保護犬カフェらしいですよ」

「そうなんだ?」


 保護犬カフェっていうのがあるのは、僕も聞いたことがあった。


 ここにいるのは、色々な事情で元の飼い主が今後は飼えなくなってしまったり、ペットショップで売れ残ってしまったりで居場所を失ってしまった犬たちらしい。


 保護犬カフェの存在は知ってるけど、何でここに?

 視線だけで説明を求めたら、波留は口元にだけわずかに笑みを浮かべる。


「子どもはそこまで好きじゃなくても、オレたち二人とも犬は好きじゃないですか」

「だから、ここに連れてきたの?」

「最近ちょっと元気なかったし、モフモフと触れ合えば癒されるかなって」

「……元気ないように見えた?」


 別に不満なんてないし、毎日幸せなんだけどな。

 Ωとして生まれたのに、好きなαの子を産めない虚しさが漏れてたのかな。


 波留は僕の質問には何も答えず、『まあ、とにかく入りましょう』と背中を押してきた。


「もしも相性良さそうな子がいたら、連れて帰れるみたいですよ」

「何も準備してないのに、無理だろ」


 そんな会話をかわしながら、僕たちは店の中に入る。

 店の人に注意事項の説明を受けてから、四人がけのテーブル席へと案内された。


 店内には何匹かの犬がいたけど、みんな離れたところにいる。


「とりあえず何か注文して――」


 タッチペンで注文用のタブレットをタッチしようとしたら、足にふさっとしたものが触れた。テーブルの下を見たら、ちょっと硬そうだけど、ふさふさな毛並みの犬と目が合う。子犬と大人の犬の中間ぐらいの大きさで、毛の色はシルバーグレー。瞳はゴールド。


 シベリアンハスキー?

 店内にいるトイプードルとかチワワみたいな愛嬌たっぷりの犬とは少し違っていて、クールな顔立ちだ。犬というよりも狼みたいなカラーと毛並みで、顔つきもキリッとしているのに、つぶらな瞳が可愛い。全然鳴かないのに、きゅるんとした瞳でじぃーっと見上げてくる。


 初めて見る犬のはずなのに、妙に既視感がある。

 何でだろう……。


 そーっと手を伸ばしてみたら、犬の方から擦り寄ってきた。かわ……!


「どうかしたんですか?」


 胸を抑えて悶える僕を見て、波留はテーブルの下をのぞく。


「うわっ、いたんだ。全然気づかなかった」


 波留は驚いて、犬を二度見していた。


「おとなしいですね」

「うん。でも、すごくいい子だ」


 頭を撫でても、全然嫌がらず、気持ち良さそうにしてくれている。ふわふわのシルバーグレー、宝石みたいなゴールドの瞳。


 一度波留を見てから、もう一度犬を見る。


 あー……、そっか。

 既視感があると思ったら、波留に似てるんだ。

 大人しくて人見知りなように見えて、すぐに懐いてくれる。初めて会った時の波留みたいだ。


 それからも、コーヒーを飲んだりしている間もその犬はずっと僕の足元にいて、金色の瞳で見上げていた。


「そろそろ帰りましょうか」


 来店してから一時間ほどが過ぎ、波留に声をかけられた。名残惜しいけど、いつまでもいるわけにも行かないし、帰らないとな。


「じゃあな」


 最後に犬を撫でてから、立ち上がる。

 会計をしようとレジに向かおうとしたら、犬までついてきた。


「ついてきてますね。気に入られたんじゃないですか?」

「みたいだな」


 波留と言葉を交わしてから、視線を下にやる。そうしたら、やっぱり犬がきゅるんとした目で僕をじっと見つめていた。こんなに純真な目で見られたら、このまま帰るのに罪悪感が湧いてくるな。


 連れて帰りたい……。

 いやいや、わざわざ僕が連れて帰らなくても、きっとすぐに一緒に暮らしてくれる人が見つかるだろう。仕事もあるし、犬を飼うのもだいぶ久しぶりだし、そもそもちゃんと世話できるのか? もっと犬に慣れてて、たっぷりかまってあげられる人の方がこの子も幸せになれるはず。


 ――心の中で自分に言い訳を続けながら、ふっと視線を戻す。そうしたら、また純真な瞳と目が合ってしまった。


 やっぱりダメだ。

 僕には、波留――じゃなくて、波留によく似たこの子を見捨てることなんてない。


「帰らないんですか?」


 とっくに会計を終えたらしい波留が不思議そうに僕を見つめ、行こうよと促す。


「波留。この子、連れて帰ろう」

「本気で言ってますか?」


 気に入ったら連れて帰ろう――なんて波留もカフェに入る前に行ってたけど、そこまで本気で言ってたわけじゃなかったのかな。


「波留みたいでほっとけない」

「オレみたいですか……?」


 波留は訝しげな表情で僕を見てから、犬をじっと見て、もう一度僕に視線を戻す。


「そんなに似てます?」

「そっくりだよ」


 と言っても、波留は『そうですか?』と首をひねっていた。おとなしそうなのに案外簡単に心を開いてくれて、一度懐くてベタベタのところとか、めちゃくちゃ似てるのになぁ。


「似てはないと思いますけど、亜樹が連れて帰りたいならいいですよ。オレもこの子好きです」

「いいの!?」

「うん」


 波留は身を屈め、犬を撫でようとする。

 一瞬だけ撫でられてから、犬はスッとこちらに戻ってきてしまった。


「亜樹の方が好きみたいですね。犬には好かれる方なんだけどな」


 波留は行き場の失った手を引っ込め、苦笑する。

 犬に出会ったら、だいたいみんな僕よりも波留の方に行くのに。波留には悪いけど、いつも波留に犬人気を奪われてる身としては、ちょっと嬉しい。


 もう僕はすっかりその子に夢中になってしまって、連れて帰ることしか考えられなかった。


 もちろん連れて帰ろうと言って、すぐにそうできるものではなかった。その後日を空けて、色々と手続きを踏まえ、その子は僕と波留の家族になったんだ。

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