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第三十五話 別の方法

 翌日の三限後。バイトまでの少しの間をぬって、僕は図書館で文献をあさっていた。


 探している内容は、番を解除されたΩが別のαと番う方法。図書館に来る前にネット検索はもちろん試したけど、意味がなかった。


 一般的にはあまり知られてないだけで、もしかしたら何か手がかりがないかと思って、図書館に来てみたけど……。


 僕が求めている情報は、どこを探しても見つかりそうにない。……まあ、そんな方法があったら、最初からこんな苦労はしていないか。


 覚悟はしていたとはいえ、やっぱり少しがっかりしてしまう。ハァとため息をついて、手に持っていた『番の歴史』というタイトルの本を元に戻す。


 αの方は、一度番を解除しても、別のΩと番えるみたいなんだけど。Ωの方がどうしたらいいのかが知りたいんだよな。


 また別の本をパラパラとめくってみても、めぼしい情報はありそうにない。


 波留は、いつも優しい。

 いつだって僕を気遣ってくれるし、信じてくれるし、変わらず愛してくれる。


 だけど、波留だって全く気にしてないわけないんだ。

 本当は僕が玲人を求めるのも嫌なはずだし、波留が傷ついてるのも知ってる。昨日だって……。

 昨日の波留を思い出して、また胸が痛くなった。


 たくさん悲しい思いをさせてるはずなのに、それでも波留は僕を愛してくれるし、一緒にいてくれる。幸せをくれる。


 僕も、同じだけのものを波留に返せたらいいんだけど。


 本当は、波留の番になれたら、一番良い。だけど、どうしてもそれは無理みたいだ。だからといって、他の方法を考えてみても、何も思いつかない。


 番になれないとなると、あとは……。

 婚約? 結婚?

 思いきって、波留にプロポーズしてみる?


 でもなぁ……。今すぐ結婚できるわけじゃないし。

 やっぱり婚約や結婚だと、なんか違う気がするんだよな。普通のβ同士ならそれでいいかもしれないものの、僕たちの場合は根本的な解決になっていない気がする。


「百瀬くん?」


 困り果てて本棚の前で立ち尽くしていたら、後ろから声をかけられた。


 振り向くと、そこにいたのは同じゼミの本田くんだった。


「久しぶりだね」


 夏の合宿以降、本田くんとは時々話をするようになった。といっても、軽い世間話程度だし、ここ一週間近く彼を見かけなかったんだけど。


「大学休んでたから」


 本田くんは穏やかな笑みを浮かべ、そう答えた。

 体調が悪かったのかな。いや、発情期かな。


「そっか」


 わざわざ聞くことじゃないし、それだけに留めておく。


「今日は一人?」

「うん。ちょっと課題で調べ物があって」


『番うこと以外で、それに代わる何かを探している』とは言いづらくて、適当にごまかす。本田くんは特に疑うこともなく、『大変だね』とあいづちをうってくれた。


「彼氏とは上手くいってる?」


 そう聞かれて、答えに詰まる。


 何も問題がないとはとても言えない状況だけど、ケンカしてるわけでもないし、波留との仲は良好だ。上手くいってるといえば、いってる……のかな?


「まあまあかな」


 迷った末に、結局曖昧に濁してしまった。


「それならよかった」

「本田くんはどう? 最近は」

「少し前に彼氏ができたんだ」


 本田くんは少しはにかんで、恥ずかしそうに笑った。本田くんは本当に幸せそうで、見ている僕まで嬉しくなる。


「おめでとう!」


 深く聞きづらかったからあまり聞いてないけど、本田くんが大丈夫なのか、ひそかに心配してたんだ。ほら、ゼミの合宿の時に急にΩになって、戸惑ったりしてたから……。あのあと、どう過ごしてるのかなって。


「大学の人?」

「違う大学だけど、バイトが同じなんだ」

「どんな人なの?」

「良い人だよ。付き合い出したのは最近だけど、ずっと前から友達で、将来も考えてる」


 そう言った本田くんは、やっぱり幸せそうだ。


 将来、か。

 最近までチョーカーをつけていた彼の首は、今は何も付けられていない。けれど、噛み跡は見当たらなかった。


「彼がαかどうか気になってる?」

「バレたか」


 気にしていたことを見抜かれてしまい、苦笑いを返す。


「彼、βなんだ」


 βだと告げられ、『そうなんだ』とうなずく。


 余計なお世話かもしれないけど、彼がβなら、なおさら首を守った方がいい気がする。だって、もし万が一何かの弾みで他のαからうなじを噛まれたら、目も当てられない。


 こんなこと言ったら、嫌な気分にさせるかな。

 だけど、自分がαから捨てられて苦労してるだけに、本田くんにはしなくてもいい苦労をしてほしくない。


「気を悪くさせたら悪いんだけど、外に出る時はチョーカーか何かを首につけた方がいいかも? 気をつけていても、急に発情期が来ないとも言えないし」


 言葉を選びながらも、気をつけるようにと伝える。


「それなら大丈夫。Ωフェロモンの除去手術を受けたから」

「除去、手術……?」


 聞き慣れない単語が本田くんの口から発せられ、僕は首をひねる。


「聞いたことない?」

「うん」

「Ωのフェロモンを限りなく薄くして、発情期も来なくできるんだ。他のαから襲われることもなくなる」

「えっ。そんな手術があるの!?」


 そんな手術があるなら、僕だって受けたい。

 思わず前のめりに食いついてしまう。


 まだ広くは知られてないらしいけど、医大生の彼が教えてくれたと言って、本田くんは僕にもざっくりと説明してくれた。


 Ωのフェロモンを薄く出来る代わりに、やっぱりリスクもあるとか。性フェロモンをなくすわけだから、多少疲れやすくなったり、Ωとは認められなくなったり、もう二度とαとは番えなかったり。


 やっぱりそんなに美味い話なんてなくて、あげられたリスクの数々に少し尻込みしてしまう。


「本田くんはαと番える可能性をなくしても大丈夫なの? もし、その、今の彼氏と別れたりとか……」


 付き合いたてで幸せそうな人に対してこんなこと言うのもどうかと思ったものの、やっぱりそこが気になってしまった。


 僕はもう玲人以外のαと番うことが物理的に不可能だけど、本田くんはそうじゃないだろうし。


「なくしたかったからかな」

「え?」

「僕がαと番える可能性があったら、彼氏はずっと不安なままだと思うんだ。どうかんばっても、βの彼氏とは一生番えないんだから」


 言われて、ハッとした。


 そっか。

 本田くんは、別れる可能性は考えてなかったのか。

 ただ彼氏への愛から、Ω性を捨てる道を選んだんだ。


 人生を左右する決断で一度失敗してるだけに、僕はついどこかで逃げ道を探す癖がついていたらしい。


「本田くんも彼氏さんもすごいな。まだ大学生なのに、もう覚悟を決めてるんだね」


 なんだか本田くんがまぶしくて、夏の合宿の時に泣いていた人と同一人物だとは思えない。


「覚悟というか、そうしたいと思ったからかな」


 そうしたいと、か……。

 それって、それだけ今の彼氏を想ってるってことだよな。


 僕も手術を受けたら、少しは波留の不安を減らせるのかな。うつむいて、わずかに拳を握る。


「百瀬くん?」


 しばらく考え込んでいたら、本田くんから心配そうに声をかけられた。


 本田くんは、たった一人のために、もう選んだんだ。

 僕は、……。僕だって、どうなったとしても、この先の人生も波留と一緒に生きていきたい。


 顔を上げて、口を開いた。


「さっきの手術の話、詳しく聞かせてくれない?」

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