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第三十三話 冗談にならない

 発情期も終わり、大学に戻って三日後のことだった。大学近くの駅前で波留を待っていたら、玲人とばったり会ってしまったんだ。


 今日はめずらしく、いつも一緒にいる彼女がいない。


「おっ。亜樹じゃん。なんか久しぶりじゃね?」


 玲人は手を大きく上げて、にやけた顔で話しかけてきた。


 『お前が彼女しか見えてなかっただけで、毎日のように会ってる』と言おうとして、言葉を引っ込める。そんなことを言ったら、まるで僕が嫉妬してるみたいだ。


「今日は、彼女はどうしたんだよ」

「別れた」

「は?」


 ついこの間まで、ところ構わずいちゃついてたくせに?

 予想もしていなかったことを言われ、自然と眉間にシワが寄ってしまう。


「運命の相手だと思ってたけど、違ってたみたいだな。やっぱり俺の運命は亜樹なのかも」


 熱っぽく口説かれ、げんなりしてしまった。残念なことに、全くときめかない。


「間違っても僕とお前は運命じゃないし、捨てられた彼女が可哀想だ」


 彼女がΩなのかβなのかαなのかは知らないけど、どの性にしても、玲人の元カノが気の毒だ。


 ないとは思いたいものの、もし万が一玲人が彼女とも番っていて、また僕の時みたいに捨ててたら、本気で最悪だ。


「捨てられた? フラれたのは俺の方なんだけど?」


 てっきり玲人の方が振ったと思っていたのに。

 僕の予想は外れたみたいで、玲人は不服そうに反論してきた。


「それなら良かった」


 どんないきさつがあったのかしらないけど、僕みたいな被害者は出なかったってことだ。


「良くねーよ! 毎日好き好き言ってきたくせに、いきなりもう好きじゃないとか言われたんだぞ? もうなんも信じられねぇ」


 演技がかったような口調で言って、玲人は大げさに首を横に振る。


「その言葉、そっくりそのままお前に返すよ」


 これが玲人じゃなかったら慰めてたところだけど、玲人だから全く同情はできない。冷めた目で玲人を見て、ため息をつく。


「どうせ玲人が彼女を怒らせるようなことしたんだろ。自業自得だよ」

「ほんと冷たいよな、亜樹は。まあ、そういうとこもいいんだけど」

「頭大丈夫か?」


 苛立って、冷たく言い放つ。

 会話が全く成り立たないな、こいつは。


「大丈夫じゃない。辛くてどうにかなりそう。亜樹、慰めてよ」


 反省するどころか、玲人はいきなり抱きつこうとしてくる。『やめろ』と振り払おうとしたはずだった。


 けれど、玲人の匂いが漂ってきたら、もうダメだった。

 金縛りにでもあったみたいに身体が固まって、それからカァっと内側の芯が熱くなる。発情期はとっくに終わったはずなのに、子宮が疼く。


「何してるんですか」


 聞き慣れた声と共に、玲人からぐいっと剥がされる。

 僕を掴んでいる腕の持ち主をチラリと見ると、やっぱり波留だった。


「それ以上近づかないで。亜樹先輩はオレの彼氏ですよ」


 波留は僕を後ろから抱きしめ、玲人を牽制けんせいした。


「冗談だって」

「玲人先輩にとっては冗談でも、オレたちにとっては冗談じゃなくなるんです!」


 いつも穏やかな波留にしてはめずらしく声を荒げ、玲人をにらむ。波留の腕から抜け出し、あわてて玲人と波留の間に入ろうとした。けれど、その前に玲人が波留の肩を抱く。


「そんな怒るなよ。俺ら、友達じゃん」


 いつから友達になったんだ。

 玲人は波留の肩に馴れ馴れしく手を回し、そんな言葉をかけていた。


「冗談だって分かってても、自分の好きな人に手を出されて平気でいられるほど大人じゃないんです」


 波留はその手を振り払い、明らかに苛立った様子で言った。ヘラヘラしていた玲人もさすがにマズイと思ったのか、波留から距離をとった。


「分かったって。ごめん、波留」


 玲人が謝っても、波留は返事をしなかった。


「波留、今日機嫌悪いのな」


 玲人は僕の耳元に口を近づけ、小声で囁く。

 波留の視線を感じ、さっと玲人から距離をとる。


「だから、近づくなって。全く分かってないだろ」


 ダメだ、こいつは。

 わざとやってるのかってぐらいに、空気が読めてない。


 波留と付き合う前、僕に会いに行くように玲人が波留をけしかけてくれたと聞いた時はわずかばかりに感謝したんだけどな。玲人の気まぐれに感謝するのは、やっぱり間違いだったみたいだ。


 すぐに考えも気持ちもコロコロ変わるから、まともに取り合ってると、こっちまで頭がおかしくなる。


 せめて番ったαが玲人じゃなかったら、まだマシだったのかな。いや、今よりももっと悪くなってた可能性もあるか。


「行きましょう、亜樹先輩」


 波留に腕を引かれ、ちょうど来たばかりの電車に乗った。

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