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第三十一話 信じてほしい

 気にし始めたら、ずっと気にしてしまうものだ。大学のどこにいっても、玲人と彼女のいちゃつく姿がやたらと目についた。


 食堂、授業と授業の合間、放課後。

 今まではこんなに玲人に会うことはなかったのに、わざと見せつけてるじゃないかってぐらいに遭遇してしまう。いくら同じ大学に通っているとはいえ、こんなに会うことある?


 今日も波留と食堂に来たら、先に玲人たちが来ていた。

 ここからは距離があるから、彼らの声は聞こえない。だけど、他に障害物もないし、玲人たちの姿がバッチリ見える位置だ。


 玲人と彼女はお互い以外目に入らないらしく、一言会話する度にキスしてるんじゃないかぐらいの勢いでいちゃついている。


 これが玲人以外の他のやつだったら、『なんかヤバいカップルがいるな』と思って、なるべく視線を合わせないようにするのに。


 僕のΩとしての本能は、相当根深いものらしい。

 見たくもないのに、目が勝手に玲人を追ってしまう。


 僕と付き合ってた時は、あんな風に四六時中くっついてなかったじゃないか。なんであの子とは、あんなにくっついてるんだよ。僕よりも、そのΩの方がいいの? 玲人は、僕だけのαなのに。


 勝手に対抗心が芽生えたあげく、彼女にΩとして負けた気分になってしまう。彼女がΩかどうかも分からないし、そもそも玲人なんかの彼女に対抗意識を燃やす必要もないのに。


「亜樹先輩」


 玲人たちの様子をチラチラ窺っていたら、波留に名前を呼ばれた。


「な、なに?」


 あわてて笑顔を作り、波留に目を向ける。


「さっきからずっと玲人先輩を見てますよね」


 波留は一度玲人たちを見てから、もう一度僕を見た。


「あー……。公共の場でずっといちゃついてるから、恥ずかしくないのかなって思ってたんだよ」


 とっさに頭を働かせ、苦しい言い訳をする。

 だけど、そんな苦し紛れは通用しなかったみたいだ。


 波留は箸を置き、真剣な表情で僕を見つめる。


「気になるなら、気になるって言ってもいいんですよ」

「そういうわけじゃ……」

「言いづらい気持ちは分かります。だけど隠されたら、オレもどうしていいか分かりませんから」

「……だよな」

「一緒に背負うって言ったじゃないですか。本当のことを教えてください」


 僕をじっと見て、波留は真剣な表情で言った。


「分かった、言うよ」


 覚悟を決めて、僕は息を吐き出す。


「本当は、めちゃくちゃ気になってた」

「やっぱり」

「でも、信じてほしい。玲人のことは本当に好きじゃないし、僕が好きなのは波留だけなんだ」


 波留に信じてほしくて言葉を重ねたら、浮気した人の言い訳みたいになってしまった。そうじゃないのに。


「信じられないかも、しれないけど……っ。違うんだよ。どうして、こんな……っ。波留が好きなのに」


 話しているうちに自分が情けないし、波留に申し訳なくなってきて、涙が込み上げそうになった。


 うつむいて耐えていたら、右手の上に波留の手が重ねられる。


「大丈夫ですよ」


 顔を上げると、波留も泣きそうな顔をしていた。

 こんな顔させたかったわけじゃないのに。


 波留と付き合ったら、こうなるって分かってたはずだ。

 少しの間上手くいってたからって、そんなに都合良くいくわけなかった。それだけΩにとって、一度した番契約は重いものなんだから。


「信じます」


 波留はわずかに笑顔を浮かべ、そう言ってくれた。


 きっとものすごく嫌なはずなのに。

 それでも波留がそう言ってくれた気持ちがたまらなく嬉しい。そんな波留を手離したくないと思う僕は、きっとどうしようもなくワガママなΩだ。

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