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第三十話 新しい恋人

 夏休みに比べて、うち大学の冬休みは短い。

 クリスマスぐらいから始まって、年明け一週間後ぐらいにはもう休みが明ける。


 数日だけ実家に帰って、あとはバイトしたり、波留と過ごしてたりしたら、あっという間に冬休みが終わってしまった。


「まだ正月気分が抜けない」

「分かります」


 そんな話をしながら、昨夜も僕のアパートに泊まっていった波留と一緒に登校していた。しばらくして、近くからヒソヒソと囁き声が聞こえてくる。


「例の噂、嘘だったみたいだな」

「あの二人、やっぱり付き合ってるんじゃん」


 もしかしたら違う人のことなのかもしれないけど、でもたぶん内容的に僕たちの話だよな。


 波留の様子を窺ったら、波留も聞こえたみたいだ。気まずそうな笑みを浮かべ、僕がクリスマスに贈ったチェックのマフラーの結び目を左手で調整している。


 僕も波留も隠していないから、僕たちが付き合っているのは冬休み前にはだいぶ広まっていた。それに伴って、『百瀬亜樹は本郷玲人の番で、捨てられたΩ』という噂は嘘だった、ということになりかけている。


 他のαのお下がりで、自分の番にできないΩをわざわざ恋人にするやつはいないだろう――とか、たぶんそんな感じの考えなんだろう。


 実際には、どちらの噂も真実。

 僕は玲人の元番で、波留の彼氏だ。

 だけど、玲人との噂が嘘だったと思ってもらえるなら、そちらの方が都合が良い。


 波留との交際も順調だし、玲人との噂もおさまりそうだし、全てが良い方向に進んでいる気がする。


「あ、玲人先輩」


 校門から少し進んだところで、ふいに波留がつぶやいた。


 波留の視線の先を、僕も何気なくたどる。

 すると、生協が入っている建物の前に、無駄に派手な赤いダウンジャケットを着た玲人がいた。玲人の隣には、白いコートを着た清楚系な女の子。濃い茶色の髪は腰まであって、色が白い可愛い子だった。見たことない顔だけど、玲人の友達かな。


 そんなことを考えていた直後、玲人は女の子の肩を抱き寄せ、顔を近づける。女の子の方も特に拒絶する素振りもなく、二人の唇はそのまま重なった。


「玲人先輩、新しい彼女できたみたいですね」


 最近連絡してこないと思ったら、いい感じの子がいたからなのかな。


 周りにはたくさん人がいるのに、まだ堂々とキスしている。完全に注目を集めているのに、玲人も彼女も全く気にしていないみたいだ。


 僕も波留とたまに手を繋ぐぐらいはするけど、さすがに大学でキスはしない。


 よくやるよな。なんて、呆れていたはずだったのに。


 キスを繰り返す玲人たちを見ていたら、急に抑えきれない苛立ちがグワっと込み上げてきた。


 玲人は――、あのαは僕のものだ、手を出すなよ。

 他の人に触らないで。僕だけを見てほしい。


 くそっ、なんで……。

 制御できないΩの血がザワザワと騒ぐ。


 僕には波留、玲人には新しい彼女。

 一番良い道を進んでいるはずなのに、僕の中のΩはまだあいつを求めているらしい。


「そういうやつだよ、あいつは」


 やっとのことで彼らから目をそらし、どうにかそれだけつぶやく。


 目線を合わせないようにしているのに、波留からの視線をヒシヒシと感じる。


「気になりますか?」

「まさか。玲人による犠牲者がこれ以上増えないかどうかが心配なだけ」


 無理矢理笑顔を作り、そう返す。


 波留はイマイチ納得できないような顔をしていたけど、最終的には『そうですね』と言って、一限を受ける教室がある方向に歩いていった。


 せっかく良い方向に進んでいたのに、年明け早々不吉だな。でも、きっと大丈夫。すぐに気にならなくなる。僕には、もう波留がいるんだ。一人じゃない。


 自分に言い聞かせ、僕も波留とは別の教室に向かった。

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