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第二十四話 その他のα

 玲人とカラオケデートは、電話がかかってきた日から数えて、一週間後に行くことに。カラオケに来たのはいいんだけど、……。


「歌わないの?」


 カラオケの個室に入った途端、玲人が僕にぴったりとくっついて肩に手を回し、ずっとベタベタしてくる。そのせいで、カラオケに来てから一時間たったのに、まだ一曲も歌ってない。


 いい加減うんざりして、横にいる玲人をにらんだ。


「今はこうしてたいの。せっかく亜樹がヨリ戻す気になってくれたんだし」

「言っておくけど、ヨリ戻すって決めたわけじゃないから。あと、しばらくセックスはしない」


 宣言しておかないとすぐに手を出してきそうだから、言うべきことははっきりと言っておく。


「分かってるって。は、セックスなしのデートな」


 意外にも玲人はあっさり了承したけど、やたらと含みのある言い方が勘に触る。


「分かってくれたなら、いいけど。本気で何も歌わないの?」


 顔を上げると、一瞬の隙に唇を奪われた。


「お前。手は出さないって言ったそばから、早速……っ」

「はー? 手ぇ出さないなんて、言ってなくね? セックスはしないって言っただけで、キスもしないなんて一言も言ってないじゃん」

「……ぐっ」


 たしかに玲人の言う通りで、僕は何も言い返せなかった。あー、失敗したな。セックスもキスもしないって、言っておくべきだった。


「……はぁ」


 自分の言動を後悔し、ため息をつく。

 そんな僕の唇に、また玲人の唇が押しつけられた。


「さすがに……っ」


 『何回もしすぎ』って言うために口を開けた直後、玲人の舌が入り込んできた。


「ん……っ」


 かみついてやろうかと思ったのに。

 口内を玲人の舌でかき混ぜられて、頭が真っ白になる。番の舌。僕だけの番、僕だけのα。僕の――玲人。

 もっと奥まで愛して、僕を支配してほしい。


 しばらくして、僕の頭も口の中もトロトロにした玲人の舌が離れていく。名残惜しくて、それをじっと目で追ってしまう。


「このあと、亜樹の部屋行っていーい?」


 肩を抱き寄せ、玲人は僕の耳元で囁く。

 番の甘い声が脳まで響く。


 玲人が家にくる? 抱いてもらえる?

 久しぶりに、玲人とセックスできる?


 そんなことが脳裏をよぎったあとで、ハッとした。


「だから、セックスはしないって――!」


 Ωの血に従って、危うく大変なことになるところだった。


 こいつは番なんかじゃない。

 僕を捨てた元・番だ。


「別にセックスするなんて言ってないじゃん? 俺はただ家でまったりお話したいなーって思っただけ。あ、期待してんの?」


 玲人は僕の肩を抱く手にぐっと力を込め、ニヤけた顔を近づいてきた。


 どう考えても、なんてガラじゃないだろ。


「亜樹さぁ、あの彼氏じゃ満足できなかったんだろ?」

「は?」

「だから、別れたんだろ?」


 言いながら、玲人はバチっとウインクを決めてきた。

 表情もどうしようもなくムカつくけど、それ以上に腹立たしいのは波留の話題を振ってきたことだ。


 玲人に何が分かるんだ。


 短い間でも波留と一緒にいて、僕はすごく幸せだったんだ。波留に好きだと言われる度に申し訳なくなって、胸が苦しくなったのは事実だ。でも、それ以上に、心があったかくなって、幸せで……。


 まあ、そんな話をしたところで、どうせこんな情緒のカケラもないやつには伝わらないだろうけど。


「波留は、お前よりずっと上手かった」


 とりあえず波留の名誉のために、反論だけはしておくことにした。


「いや、それはありえなくね?」

「何で決めつけるんだよ」

「だってさ、俺は亜樹の番だよ? 番とその他じゃ、全く違うじゃん」


 波留を『その他』なんて言い方するな。


 イライラしていたところでちょうど備え付けの電話がかかってきて、急いで玲人から離れる。あのままだったら、玲人を殴るところだった。


「はい」

「残り時間十分となりましたが、延長はどうなさいますか」

「延長は大丈夫です」


 電話を切った後で、『帰るぞ』と玲人を促す。


「で? このあと家行くの?」

「今日はもう解散。家に来ていいのは彼氏だけだ」

「はいはい。まだダメなわけね」


 玲人は肩をすくめ、残念そうに言う。

 こいつを家に呼んだら、波留と過ごした一週間が汚される。――たった一週間、なのになぁ。


 合宿の時を合わせたって、波留に抱かれた回数は玲人よりもずっと少ない。それなのに、玲人よりも波留との思い出の方がもう大事になっている。


 波留は番でもないし、玲人から言わせたら『その他のα』なのに。

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