波留が隣で寝ている間、僕は朝になるまでずっと考えていた。波留との関係、これからのことを。
少し寝ようと思ったんだけど、目を瞑っても、結局眠れなかった。
眠れないまま朝を迎え、服を着て、ベッドに腰かける。
「昨日の告白の返事、してもいい?」
僕の深刻な雰囲気に気がついたのか。ベッドでゴロゴロしていた波留も起き上がり、姿勢を正す。
「急がなくてもいいんですよ」
「今、話したいんだ」
「分かりました。じゃあ、どうぞ」
波留がゴクリとツバを飲み込む。
波留が緊張してるのが伝わってきて、言い出しづらくなった。けど、言わないと。今言わなかったら、きっともう言えない気がする。
「やっぱりごめん。僕は、波留の恋人にはなれない」
太ももの上に置いた拳をぎゅっと握り、絞り出すように言った。波留がどんな顔をしているのか見るのが怖くて、目を合わせられなかった。
本当は、逆のことを言おうかって何度も思ったんだ。
朝になっても、一度決めた答えを覆そうかって、ギリギリまで悩んでた。
でも、やっぱりどう考えたって、僕と恋人になって波留が幸せになれる未来が見えてこないんだ。判断ミスで失敗した僕の人生に、波留まで巻き込みたくない。
「……どうしてですか」
気まずい沈黙ののち、波留はいつもよりもずっと低い声でつぶやいた。
「オレの顔がタイプじゃないんですか?」
僕が返事をする前に、波留は質問を重ねてきた。
「性格がダメですか?」
「年下だからですか?」
思いついたことを次から次へと聞いてくる。
それに対し、僕は毎回首を横に振った。
僕が否定する度、波留の顔がどんどん歪んでいく。
「だったら……、オレが、普通の人間じゃないからですか……」
そう言った波留は、今にも泣きそうだった。
そんな顔をさせたいわけじゃなかったのに。
「違うよ。そうじゃない」
そんなことは大した問題じゃないんだ。
「もしも波留を好きになって、恋人になったとしても、僕は死ぬまで玲人のものなんだ」
なるべく感情を押し殺して伝えたのに、自分で言っていて胸が張り裂けそうになる。
「だから、それは分かってます」
「分かってないよ。波留は、絶対分かってない……!」
簡単に『分かってる』なんていう波留につい感情が昂ってしまい、声を荒げてしまった。
「言わなかったけど、波留に抱かれながら、ずっと玲人のことを考えてた」
「え?」
「玲人を好きなわけじゃない。未練だってない。でも、僕の中のΩの血が忘れさせてくれないんだ。番に抱かれたいって、叫んでる。これからだって、一生そうなんだよ。他の誰と付き合っても、結婚したとしても。僕は玲人を一生忘れられない……!」
話しているうちに涙が込み上げてきて、言い終わる頃には一粒の涙がこぼれ落ちた。
こんな風に感情的に伝えるつもりじゃなかったのに。
波留とは恋人になれないって伝えて、納得してもらって、綺麗に終わりたかっただけなのに。
なんでこんな……。
ふと顔を上げる。そうしたら、目の前にいる波留も泣いていた。茶色の瞳から大量の涙をボロボロと溢し、僕よりも大げさに悲しんでいる。
「玲人さんとヨリを戻す、しか……っ、幸せになれる道はないんですか……っ?」
波留は泣きながら、嗚咽混じりに言った。
「あいつとヨリを戻したって、幸せになんてなれない」
それだけは確実に言えることだ。
あいつはすぐにヨソ見するだろうし、そもそも僕はもう玲人を好きじゃないから。
「オレは亜樹先輩のために何かできないんですか?」
僕のことを気遣って泣いてくれる波留を見ていたら、胸がぎゅっと痛んだ。
自分の置かれた境遇よりも、悲しむ波留を見ている方がよっぽど辛い。僕と一緒にいたら、波留は一生苦しまないといけないだろうし、やっぱり波留とは付き合えない。
「波留にできることは何もないよ」
「でも、今回みたいに発情期の相手になったりとかはできます。亜樹先輩が辛い時はいつだって一緒にいます」
僕の方に向き直った波留は、両手で僕の手を握った。
波留……。こんな風に言われて、嬉しくないわけない。
波留にすがってしまいたくなる。頼ってしまいたくなる。だけど……。
やんわりと波留の手を離し、首を横に振る。
「今回波留を巻き込んだことは、後悔してる。本当にごめん。あんなことするべきじゃなかった」
「謝らないでくださいよ。オレ……、嬉しかったんですよ。亜樹先輩がオレのこと頼ってくれて」
波留の茶色の瞳に、また涙がにじむ。
「その場しのぎの相手でも良い。力になりたいんです」
言われて、僕はつい下唇をかむ。
その場しのぎの相手だったら、そこまで思い入れのない相手だったら、まだ良かったのかもしれない。
そうじゃないからこそ、波留を苦しめたくないんだ。
「僕は、一人でいるよ」
「一人よりも、二人の方が辛くないはずです」
「一人でいた方がずっとマシだよ」
そう言うと、波留はすごくショック受けたみたいな顔をしていた。ごめんな、波留。
「分かるだろ。辛いんだ」
ダメ押しのように言ったら、もう波留からの返事は返ってこなかった。下を向き、ただしゃくりあげている。
泣いている波留の手にそっと自分の手を重ね、何度かさすった。
「もし生まれ変わったら、波留の恋人になりたい」
波留が落ち着いた頃を見計らい、そう伝える。
玲人に出会う前に、波留と出会いたかった。
そうしたら、誰も傷つかずに済んだのに。
波留の両頬を手ではさみ、一瞬だけ唇を重ねる。
「好きになってくれてありがとう、波留。ごめんな」
無理矢理笑顔を作って、僕はどうにかそれだけを告げた。
涙が引いていたはずの波留の瞳がまた潤み、一粒だけソレがこぼれ落ちる。茶色の瞳から落ちた涙は頬をつたい、僕の手の甲に落ちた。
しばらくして、波留は無言で僕の部屋から出て行った。
今度こそ、波留との関係は終わり。波留はもう二度とココに来ないだろう。しばらくは波留も落ち込んでも、新しい友達もいるみたいだし、きっとすぐに立ち直るはず。好きな人だって、そのうちできるだろう。
うん、それでいい。これで、良かったんだ。
良かったはずなのに、やけに胸がスースーする気がする。ぽっかりと空いてしまった穴をどう埋めていいのか、分からなかった。