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第二十二話 もしも来世で会えたら

 波留が隣で寝ている間、僕は朝になるまでずっと考えていた。波留との関係、これからのことを。


 少し寝ようと思ったんだけど、目を瞑っても、結局眠れなかった。


 眠れないまま朝を迎え、服を着て、ベッドに腰かける。


「昨日の告白の返事、してもいい?」


 僕の深刻な雰囲気に気がついたのか。ベッドでゴロゴロしていた波留も起き上がり、姿勢を正す。


「急がなくてもいいんですよ」

「今、話したいんだ」

「分かりました。じゃあ、どうぞ」


 波留がゴクリとツバを飲み込む。


 波留が緊張してるのが伝わってきて、言い出しづらくなった。けど、言わないと。今言わなかったら、きっともう言えない気がする。


「やっぱりごめん。僕は、波留の恋人にはなれない」


 太ももの上に置いた拳をぎゅっと握り、絞り出すように言った。波留がどんな顔をしているのか見るのが怖くて、目を合わせられなかった。


 本当は、逆のことを言おうかって何度も思ったんだ。

 朝になっても、一度決めた答えを覆そうかって、ギリギリまで悩んでた。


 でも、やっぱりどう考えたって、僕と恋人になって波留が幸せになれる未来が見えてこないんだ。判断ミスで失敗した僕の人生に、波留まで巻き込みたくない。


「……どうしてですか」


 気まずい沈黙ののち、波留はいつもよりもずっと低い声でつぶやいた。


「オレの顔がタイプじゃないんですか?」


 僕が返事をする前に、波留は質問を重ねてきた。


「性格がダメですか?」

「年下だからですか?」


 思いついたことを次から次へと聞いてくる。

 それに対し、僕は毎回首を横に振った。


 僕が否定する度、波留の顔がどんどん歪んでいく。


「だったら……、オレが、普通の人間じゃないからですか……」


 そう言った波留は、今にも泣きそうだった。

 そんな顔をさせたいわけじゃなかったのに。


「違うよ。そうじゃない」


 そんなことは大した問題じゃないんだ。


「もしも波留を好きになって、恋人になったとしても、僕は死ぬまで玲人のものなんだ」


 なるべく感情を押し殺して伝えたのに、自分で言っていて胸が張り裂けそうになる。


「だから、それは分かってます」

「分かってないよ。波留は、絶対分かってない……!」


 簡単に『分かってる』なんていう波留につい感情が昂ってしまい、声を荒げてしまった。


「言わなかったけど、波留に抱かれながら、ずっと玲人のことを考えてた」

「え?」

「玲人を好きなわけじゃない。未練だってない。でも、僕の中のΩの血が忘れさせてくれないんだ。番に抱かれたいって、叫んでる。これからだって、一生そうなんだよ。他の誰と付き合っても、結婚したとしても。僕は玲人を一生忘れられない……!」


 話しているうちに涙が込み上げてきて、言い終わる頃には一粒の涙がこぼれ落ちた。


 こんな風に感情的に伝えるつもりじゃなかったのに。

 波留とは恋人になれないって伝えて、納得してもらって、綺麗に終わりたかっただけなのに。


 なんでこんな……。


 ふと顔を上げる。そうしたら、目の前にいる波留も泣いていた。茶色の瞳から大量の涙をボロボロと溢し、僕よりも大げさに悲しんでいる。


「玲人さんとヨリを戻す、しか……っ、幸せになれる道はないんですか……っ?」


 波留は泣きながら、嗚咽混じりに言った。


「あいつとヨリを戻したって、幸せになんてなれない」


 それだけは確実に言えることだ。

 あいつはすぐにヨソ見するだろうし、そもそも僕はもう玲人を好きじゃないから。


「オレは亜樹先輩のために何かできないんですか?」


 僕のことを気遣って泣いてくれる波留を見ていたら、胸がぎゅっと痛んだ。


 自分の置かれた境遇よりも、悲しむ波留を見ている方がよっぽど辛い。僕と一緒にいたら、波留は一生苦しまないといけないだろうし、やっぱり波留とは付き合えない。


「波留にできることは何もないよ」

「でも、今回みたいに発情期の相手になったりとかはできます。亜樹先輩が辛い時はいつだって一緒にいます」


 僕の方に向き直った波留は、両手で僕の手を握った。


 波留……。こんな風に言われて、嬉しくないわけない。

 波留にすがってしまいたくなる。頼ってしまいたくなる。だけど……。


 やんわりと波留の手を離し、首を横に振る。


「今回波留を巻き込んだことは、後悔してる。本当にごめん。あんなことするべきじゃなかった」

「謝らないでくださいよ。オレ……、嬉しかったんですよ。亜樹先輩がオレのこと頼ってくれて」


 波留の茶色の瞳に、また涙がにじむ。


「その場しのぎの相手でも良い。力になりたいんです」


 言われて、僕はつい下唇をかむ。


 その場しのぎの相手だったら、そこまで思い入れのない相手だったら、まだ良かったのかもしれない。


 そうじゃないからこそ、波留を苦しめたくないんだ。


「僕は、一人でいるよ」

「一人よりも、二人の方が辛くないはずです」

「一人でいた方がずっとマシだよ」


 そう言うと、波留はすごくショック受けたみたいな顔をしていた。ごめんな、波留。


「分かるだろ。辛いんだ」


 ダメ押しのように言ったら、もう波留からの返事は返ってこなかった。下を向き、ただしゃくりあげている。


 泣いている波留の手にそっと自分の手を重ね、何度かさすった。




「もし生まれ変わったら、波留の恋人になりたい」


 波留が落ち着いた頃を見計らい、そう伝える。


 玲人に出会う前に、波留と出会いたかった。

 そうしたら、誰も傷つかずに済んだのに。


 波留の両頬を手ではさみ、一瞬だけ唇を重ねる。


「好きになってくれてありがとう、波留。ごめんな」


 無理矢理笑顔を作って、僕はどうにかそれだけを告げた。


 涙が引いていたはずの波留の瞳がまた潤み、一粒だけソレがこぼれ落ちる。茶色の瞳から落ちた涙は頬をつたい、僕の手の甲に落ちた。




 しばらくして、波留は無言で僕の部屋から出て行った。


 今度こそ、波留との関係は終わり。波留はもう二度とココに来ないだろう。しばらくは波留も落ち込んでも、新しい友達もいるみたいだし、きっとすぐに立ち直るはず。好きな人だって、そのうちできるだろう。


 うん、それでいい。これで、良かったんだ。

 良かったはずなのに、やけに胸がスースーする気がする。ぽっかりと空いてしまった穴をどう埋めていいのか、分からなかった。


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