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第二十一話 本心

 行為が終わった後も何も身につけないまま、波留の隣で横になっていた。


 ベッドの上で手を握って、時々キスしたり、たわいもない会話をする。この時間が好きだった。


「次の発情期も、一緒にいていいですか?」


 天井を見つめていた波留が急に横を向き、こちらに視線を向ける。僕と目が合った波留は、照れくさそうに微笑んだ。


「発情期だけじゃなくて、他の日も。会える時は会いたいです」


 発情期だけじゃなくて――。それを聞いて、この数日間ずっと夢見心地だった思考が一気に現実に引き戻される。


 発情期だからって自分に言い訳してたけど、発情期じゃなくなったら、それもできなくなる。


 このまま波留とずっと一緒にいられたらいい。

 できるはずもないのに、いつのまにかそう思ってしまっていた。


「告白の返事は急ぎませんし、その、キスとかこういうことができなくても、ただ会うだけでもいいんです」


 僕が何も言わずにいたら、波留があわてて言葉を付け足した。


「……。波留とは番になれないんだよ」


 ポツリとつぶやいて、波留の手を離そうとした。

 けれど、波留がその手を握り直し、離れようとしていた僕を引き戻す。


「知ってます」

「だから、」

「亜樹先輩がもう番を作れないのは、知ってます。それは、何回も聞きました」


 僕が口を開く前に、波留が『でも』とさらに言葉を重ねる。


「番にはなれなくても、恋人にはなれますよね?」


 言われて、ハッとした。


 たしかに、そうだ。番になることだけが全てじゃない。

 αとΩじゃなかったら、自分がβだったら、そもそも最初から番になるなんて選択肢さえない。


「玲人さんをもう好きじゃないなら、オレじゃダメですか?」

「好きじゃないけど……」


 もちろん玲人を好きなわけがない。

 だけど、一度でも番になったあいつとの関係は、好きとかそういう言葉じゃ片付けられないんだ。


「なんでそこまでして僕がいいの?」


 波留がここまで僕を好きだと言ってくれる理由が純粋に分からない。Ωがいいなら、何もわざわざ面倒な事情持ちの僕じゃなくても、探せばきっと他にもいるだろうし。


 少しだけ照れくさそうに笑ってから、波留は話を切り出した。


「実は、一目惚れだったんです」

「へ?」

「でも、話しかけられませんでした。誰かと親しくなって、もしうっかり獣化したら、また怖がらせるだけだと思ってたので」

「……そっか」


 またってことは、誰かに怖がられた経験があるってことだよな。


「本当は友達もほしかったし、誰かと付き合ってみたりもしたかったけど……。オレには無理だって、ずっと諦めてました」


 そう言って、波留は悲しそうに笑う。

 波留の手をきゅっと握り、彼に身を寄せる。


 完全には波留の気持ちは理解できないけど、でも少しだけ分かる気がした。番を解除されてから人と距離をとって、誰にも関わらないようにしてた僕と似てるから。


「でも、あの日亜樹先輩は獣化したオレを見ても全然引かなかったし、優しく接してくれて、本気で好きになったんです」

「……そうだったんだ」

「亜樹先輩が人間じゃないオレでも受け入れてくれたおかげで、他の人とも仲良くしてみようって思えて、友達もできたんですよ」


 波留は笑顔を浮かべ、本当に嬉しそうに言った。


「よかったな」


 波留が笑ってると、なんだかすごくホッとする。

 波留には幸せでいてほしい。獣の姿を受け入れられない人も中にはいるのかもしれないけど、そんな人ばかりじゃないだろうし、波留ならきっとこれからもたくさん友達を作れるはずだ。……恋人だって、そのうちできるだろう。


「亜樹先輩がオレを恋愛対象として見てないのは分かってましたが、いつか絶対に亜樹先輩と番になりたいって、そう思ってたんです」


 一度言葉を切ってから、波留は僕をじっと見つめる。


「だから、番になれないって聞いて、あの時はすごくショックでした」

「……だよな」

「でも、思ったんです。番になることだけが全てじゃない。番とか関係なく、亜樹先輩と一緒にいたいなって」


 波留は僕の手を握り直し、言葉を続ける。


「番になれなくても付き合うことはできるし、結婚だってできます」

「それは……」

「亜樹先輩は番になれないのを気にしてるみたいですが、気にする気持ちも分かりますけど、ただ一緒にいたいって気持ちだけじゃダメですか?」


 ダメかどうかで聞かれたら、ダメとは言えない。

 でも、いいとも答えられない。


「オレの恋人になってください」


 繋いだ手に力を込め、波留は真剣な表情でそう言った。


「波留……」


 素直な気持ちをぶつけられ、僕はただ彼の名前を呼ぶことしか出来ない。


 玲人の上辺だけの言葉は全く響かなかったのに、波留の言葉はそうじゃなかった。


 波留の言葉は、きっと本心からなんだと思う。

 でも、僕は、素直でまっすぐな波留だからこそ、彼の好意を受け取ってもいいのか分からなかった。


「少し、考えさせて」


 イエスともノーとも言えなくて、迷った末にそんな言葉を返した。

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