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第二十話 束の間の幸せ

 玲人が帰ってすぐに波留を迎え入れて、そのままなし崩しで、玄関でコトに及んだ。


 それからのことは、正直あまり良く覚えてない。

 食事もろくにとらず、朝も夜もよく分からないまま、モフ耳としっぽを生やした波留と何度も繋がった。


 ベッドに横たわったまま、スマホに手を伸ばす。

 七月三十日……? あれから五日ぐらい経ったのか。

 気がついたら、僕の全身を支配していたΩの熱もすっかり冷えている。


 上半身を少しだけ起こすと、下着だけを身につけた波留が台所で水を飲んでいる姿が視界に入った。


 今の波留は人間の耳しか生えていないし、しっぽも生えてない。


「家、帰らなくていいの?」


 スマホを置いて、波留に声をかける。


「亜樹先輩は、もうヒート終わったんですか?」


 言いながら、波留がこちらに近づいてきた。


 発情期が終わったって言ったら、波留は家に帰る?

 きっとそうだよな。バイトだってあるだろうし、他の用事だってあるだろう。


「……終わってないよ」


 まだ波留を帰したくなくて、ついそんな嘘をついてしまった。


「それなら、まだ帰らない方がいいですよね」


 そう言って、波留がゆっくりと顔を近づけてきた。

 たぶん、波留もさっきのが僕の嘘だと分かってる。


 興奮した時は金に変わる瞳の色も、茶色のまま。

 波留の茶色の瞳を見つめ、彼の首に手を回し、キスを受け入れる。


 僕も、波留も、もうとっくに発情はおさまっていた。

 Ωとしてαを求める気持ちがなくなっても、波留と一緒にいたかった。番でも恋人でもない波留とは、発情期じゃなくなったら一緒にいられなくなるから。


 波留が部屋から出て行ったら、僕はまた一人で生きていく。だから、今だけ、もう少しだけ、波留と一緒にいたい。


 キスを繰り返しながら、波留は僕をシーツの上に沈める。


「好きです」


 今の波留の瞳は、狼みたいな金色じゃない。

 それでも、波留の瞳は人間のソレよりもずっと熱っぽい気がした。


 波留の茶色い瞳で見つめられると、いつも胸が締め付けられるんだ。


「……うん、ありがとう」


 そう言って、僕はわずかに微笑む。


 発情期の間、波留から愛の言葉を囁かれても、僕は結局一度も同じように返せなかった。発情期だからって言い訳して、『好き』の一言ぐらい返してもよかったかもしれないのに。


 だけど、どうしてもそれはできなかったんだ。

 同じ想いを返せないくせに言葉だけ返すのは、あまりにも波留に対して、不誠実な気がして。発情期のΩの部屋に引きずり込んだ時点で、誠実も何もないんだけど。


「亜樹先輩、好き。好きです」


 好きを返さない僕にも波留はたくさんその言葉を伝えてくれて、同じだけキスを落とす。


 顔にも、耳にも、首筋にも。


 玲人の噛み跡が残るうなじにも一度ちゅっと口づけてから、波留はソコに歯を立てる。


「あ……っ」

「痛い?」

「痛いよ」

「やめた方がいいですか?」

「やめなくていい」


 僕が答えた直後、波留はまた同じところに直に歯を立てた。


 いつもつけているチョーカーは、いつのまにか外されてしまっていた。噛み跡を上書きするかのように、波留は何度も何度もソコに直接噛みついてきた。


 直で噛んだとしても、上書きなんてできるわけない。

 何の意味もないことだと分かっていても、僕は一度も波留に『やめろ』とは言わなかった。それどころか、波留に歯を立てられる度に嬉しささえ感じたんだ。


 番になる時に一度噛まれてからは、玲人は波留みたいに何度も噛んでくることはなかったな。玲人もキスは好きだったけど、でも――。て、何でまた僕はあんなやつのことを考えてるんだ。


 波留に抱かれている最中なのに、また玲人とのセックスを思い出してしまい、これで何十回目か分からない自己嫌悪に陥る。


 波留に抱かれているのに玲人の熱を思い出してしまうΩの血も、うなじに残る一生消えない噛み跡も、玲人しか受け入れたくない子宮も。全部上書きできたらいいのに。

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