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第十九話 それでも好きだから

「勝手にあんなこと言ってごめんなさい。亜樹先輩が困ってたみたいだったから」


 玲人の足音が聞こえなくなってしばらくしてから、ドア越しに波留が話しかけてきた。


「大丈夫。むしろ助かった。本気で困ってたんだ」

「さっきの人って、亜樹先輩の元彼ですよね? あの人が番だった人なんですか?」


 目の前でゴタゴタを見てしまった波留は、さすがに気になっていたみたいで、矢継ぎ早に質問を浴びせてきた。


「何でココにきたの?」


 質問には答えず、僕は別の質問で返す。


「電話しても、メッセージ送っても、返事がなかったので」


 そういえば、何度か波留から電話がかかってきた気がするな。発情期でそれどころじゃなかったし、電話に出たら出たで波留にすがってしまいそうだったし。そうしたら、波留はきっと断らないだろうから、泥沼になること間違いなしだ。


「そうじゃなくて、僕にはもう関わらない方が言ったのに」

「言われました。でも、納得できなかったので、もう一回告白しにきました」


 はっきりと『告白』と聞こえてきて、思わず息をのむ。


「さっきあいつの言ったこと、聞いてなかった?」

「言ったこと?」

「僕は玲人じゃないとダメなんだ」

「それは、……まだあの人が好きなんですか?」

「違う。玲人に未練はない」


 前も同じような質問に答えた気がするけど、もう一度否定しておく。


「とっくに解除された番契約に今も縛られてる。αの玲人はいつでも他の人のところにいけるけど、Ωの僕は違うから」


 ドアにもたれかかり、つぶやく。

 波留が立ち去るのを覚悟し、そっと目を閉じた。


「そんなやつ、彼氏にしたくないだろ?」

「それでも、付き合いたいです。先輩が好きだから」


 予想外の返事が返ってきて、目を開ける。


「亜樹先輩が好きです」


 僕が何も答えずにいたら、波留はもう一度言った。

 ドア越しでもはっきりと聞こえるように、さっきよりも少し大きな声で。


「……また来ます」


 長い長い沈黙のあと、波留はそう告げる。


 たぶん今は人間の姿のはずだし、ドア越しだから見えるはずもないのに。波留のモフモフした耳がしょぼんと垂れている幻影が見える。


 ダメだ。このまま波留を行かせたくない。気がついたら、とっさに玄関のドアを開けていた。


「波留」


 まだ玄関の前にいた波留は大きく目を見開き、僕をマジマジと見つめた。


「えっ」


 明らかに驚いている波留は、何度か茶色い瞳を瞬かせる。


「なに……、っ」


 何かを言おうとした波留のパーカーを掴んで引き寄せ、唇を押し当てる。そのまま波留を部屋に引きずり込み、後ろ手でドアを閉めた。

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