玲人が足を差し込んだのを確認した上で、僕は容赦なくドアを閉める。
「あ〜……っ!! いっ……っ! 亜樹、お前、マジかよ。骨折したらどうするんだよ!」
足を挟まれた玲人は、かがみ込んでつま先を抑え、恨みがましい目で僕を見上げた。
「自業自得だろ」
玲人が足の痛みに悶え苦しんでいる隙に、今度こそドアをしっかり閉めようとする。けれど、ガバッと起き上がった玲人がドアを手でおさえ、それを阻止してきた。
「俺の気持ちも少しは分かってよ」
玲人の匂いが間近で漂ってきて、急いでドアを閉め、鍵をかける。
一瞬だけなのに立っていられなくなり、僕はズルズルとその場にへたり込む。
……危ないところだった。発情期なのに、αと直接顔を合わせるなんて、あまりにも無防備だった。
「亜樹ー?」
玲人がドアを叩き、ドアノブをガチャガチャ回している。そんなことしたって、絶対に開けないから。
「番を解除したいって言ったのは、お前の方だろ」
「元彼とヨリを戻すなんて、ありがちな話じゃん」
「
「だったら、俺らが第一号になればいいじゃん」
「は?」
もうダメだ、こいつ。話が全く通じない。
怒りを通り越して呆れてしまって、何も言葉が出てこなくなった。
「彼氏も彼女もいないんだろ?」
「いる」
いないと決めつけてくるのにムカついて、とっさに見栄を張ってしまった。それに、そうでも言わないと諦めそうにないし。
「なに?」
「だから、相手いるから」
「へぇ? 誰?」
聞かれて、一番に波留の顔が思い浮かんだ。
けれど、すぐにそれをかき消す。さすがに波留は巻き込めない。
「誰って、それは……。お前に関係ない」
どう言おうか迷ってから、結局それだけ絞り出す。
適当なやつの名前を言うことも出来たものの、やっぱり無関係な人の名前は出せない。別に誰の名前を言ったってバレないだろうけど、もしも万が一玲人がその人に絡みにいったら、申し訳なさすぎる。
「相手がいるなんて、嘘だろ」
「なんでだよ」
「だってさ、恋人だとしたら、発情期のΩを一人にするわけないじゃん」
話通じないくせに、なんでこんな時だけ鋭いんだよ。
痛いところを突かれ、言葉に詰まってしまう。
「オレが彼氏です」
え?
一体どう言えば帰ってくれるのか頭を悩ませていたら、玲人のものではない声が混じる。
この声は、……まさか、波留?
「は?」
「だから、オレが亜樹先輩の彼氏です」
「お前、たしか一年の……なんとかくんだ」
「井駒波留です」
やっぱり、波留だ。
何で波留が僕の家に?
「そうそう、波留な!」
絶対名前覚えてなかったくせに、調子が良いやつだ。
「で、マジで亜樹の彼氏なの?」
「はい」
「ほんとーに?」
「本当です」
「俺が亜樹の元・番だって、知ってて?」
「それは知りませんでした。でも、元なら関係ないですよね」
「関係なくないけど? Ωの亜樹は、一生俺だけなんだよ。お前とヤッてても、亜樹はずっと俺のこと考えて、」
「玲人!」
それ以上波留に聞かせたくなくて、声を張り上げる。
ただでさえ怠いのに急に大声を出したからか、心臓が痛い。胸の辺りを抑え、ハアっと息を吐き出す。
「まあ、いいや。今日のところは帰るわ。じゃあな、波留」
外でどんな攻防があったのか分からないけど、ようやく玲人は諦めてくれたみたいだ。
「またくるから。亜樹」
「二度と来るな」
ドア越しにつぶやく。
玲人には聞こえなかったかもしれないけど、もう声を張る気力もなかった。