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第十八話 偽の恋人

 玲人が足を差し込んだのを確認した上で、僕は容赦なくドアを閉める。


「あ〜……っ!! いっ……っ! 亜樹、お前、マジかよ。骨折したらどうするんだよ!」


 足を挟まれた玲人は、かがみ込んでつま先を抑え、恨みがましい目で僕を見上げた。


「自業自得だろ」


 玲人が足の痛みに悶え苦しんでいる隙に、今度こそドアをしっかり閉めようとする。けれど、ガバッと起き上がった玲人がドアを手でおさえ、それを阻止してきた。


「俺の気持ちも少しは分かってよ」


 玲人の匂いが間近で漂ってきて、急いでドアを閉め、鍵をかける。


 一瞬だけなのに立っていられなくなり、僕はズルズルとその場にへたり込む。


 ……危ないところだった。発情期なのに、αと直接顔を合わせるなんて、あまりにも無防備だった。


「亜樹ー?」


 玲人がドアを叩き、ドアノブをガチャガチャ回している。そんなことしたって、絶対に開けないから。


「番を解除したいって言ったのは、お前の方だろ」

「元彼とヨリを戻すなんて、ありがちな話じゃん」

とヨリを戻すのは、ありがちじゃないんだよ」

「だったら、俺らが第一号になればいいじゃん」

「は?」


 もうダメだ、こいつ。話が全く通じない。

 怒りを通り越して呆れてしまって、何も言葉が出てこなくなった。


「彼氏も彼女もいないんだろ?」

「いる」


 いないと決めつけてくるのにムカついて、とっさに見栄を張ってしまった。それに、そうでも言わないと諦めそうにないし。


「なに?」

「だから、相手いるから」

「へぇ? 誰?」


 聞かれて、一番に波留の顔が思い浮かんだ。

 けれど、すぐにそれをかき消す。さすがに波留は巻き込めない。


「誰って、それは……。お前に関係ない」


 どう言おうか迷ってから、結局それだけ絞り出す。

 適当なやつの名前を言うことも出来たものの、やっぱり無関係な人の名前は出せない。別に誰の名前を言ったってバレないだろうけど、もしも万が一玲人がその人に絡みにいったら、申し訳なさすぎる。


「相手がいるなんて、嘘だろ」

「なんでだよ」

「だってさ、恋人だとしたら、発情期のΩを一人にするわけないじゃん」


 話通じないくせに、なんでこんな時だけ鋭いんだよ。

 痛いところを突かれ、言葉に詰まってしまう。


「オレが彼氏です」


 え?

 一体どう言えば帰ってくれるのか頭を悩ませていたら、玲人のものではない声が混じる。


 この声は、……まさか、波留?


「は?」

「だから、オレが亜樹先輩の彼氏です」

「お前、たしか一年の……なんとかくんだ」

「井駒波留です」


 やっぱり、波留だ。

 何で波留が僕の家に?


「そうそう、波留な!」


 絶対名前覚えてなかったくせに、調子が良いやつだ。


「で、マジで亜樹の彼氏なの?」

「はい」

「ほんとーに?」

「本当です」

「俺が亜樹の元・番だって、知ってて?」

「それは知りませんでした。でも、元なら関係ないですよね」

「関係なくないけど? Ωの亜樹は、一生俺だけなんだよ。お前とヤッてても、亜樹はずっと俺のこと考えて、」

「玲人!」


 それ以上波留に聞かせたくなくて、声を張り上げる。

 ただでさえ怠いのに急に大声を出したからか、心臓が痛い。胸の辺りを抑え、ハアっと息を吐き出す。


「まあ、いいや。今日のところは帰るわ。じゃあな、波留」


 外でどんな攻防があったのか分からないけど、ようやく玲人は諦めてくれたみたいだ。


「またくるから。亜樹」

「二度と来るな」


 ドア越しにつぶやく。

 玲人には聞こえなかったかもしれないけど、もう声を張る気力もなかった。


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