「僕は会いたくないから、帰って。じゃあ」
それだけ言って、インターホンを切ろうとした。
「待て待て待て待て。さすがにひどくね?」
わざわざ家まで押しかけてきた玲人があっさり引くわけもないか。案の定、インターホンを離れようとした僕を呼び止める声が聞こえてきた。
「ひどいのはどっちだよ。お前に会わずにすむように洗濯機の裏にスマホを落としたのに、なんで直接会いにくるんだ」
これまでたまっていた恨みを玲人にぶつける。
「洗濯機? 何言ってんの?」
「知らなくていい。とにかく早く帰れ」
「帰らないよ。スマホを隠さないといけないほど、俺に会いたくて仕方なかったってことだよな?」
「いいから、帰って」
何を言われても『帰れ』しか言ってないのに、玲人はしつこく食らいついてくる。悪徳訪問販売や宗教の勧誘よりも、ずっとタチが悪い。
ハアーっと大げさに息を吐き出す。
すると、玲人はとんでもないことを言い出した。
「亜樹、もしかして今、発情期?」
「何で分かるんだよ」
「分かるよ。だって、元番だし?」
したり顔で言って、玲人はニヤリと笑ってみせる。
「かなり溜まってるんじゃない?」
「は?」
「亜樹のフェロモン、すごい薫ってくる。ドア越しなのに、俺ヤバいかも」
「……最低だな」
そうは言ったけど、僕だって同じだ。
インターホン越しに玲人の顔を見て、声を聞いているだけで熱が上がってくる。今すぐにドアを開けて、玲人の胸に飛び込みたくて仕方ない。
インターホンを切ったところで、結局は同じことだ。
玲人が帰らない限りは、どうしたってドアの向こうにいる元番を僕のΩが求めてしまう。
「早くあけてよ、亜樹」
「……嫌だ」
「他のαとは番になれなくても、俺とは復縁できるはずだよな」
何回も断ってるのにそれを無視し、玲人は自分の望む方向に話を持っていこうとする。
コロコロ気が変わるくせに、こういう時だけ押しが強い。強く押せば、僕が折れると思っていそうなのが腹が立つ。
番契約を解除されたΩが元・番だったαと再び番になるなんて、そんな話聞いたこともない。もしもそれを本気でやろうとしている頭のおかしな人間なんて、きっとこの世界で玲人ぐらいだ。
「他のΩとも遊んでみて、やっぱり亜樹が一番だって気づいたんだよ」
「亜樹だってそうだろ。俺ら、番になった仲じゃん」
インターホン越しに、玲人が延々と口説き文句を垂れ流している。だけど、全く心に響かない。
「聞いてる?」
「聞いてないし、お前の言葉は二度と信じない」
「聞いてるんじゃん」
もし仮に玲人とヨリを戻したとしても、どうせ飽きたらまた他のΩのところに行くんだろ。玲人がそういうやつなのは分かりきっている。その度に振り回されるなんてゴメンだ。
イライラしてきて、インターホンから視線をそらす。
「信じなくていいから、ここ開けて。もう限界」
余裕のなさそうな玲人の声が耳に響く。
元・番の声を聞いていて限界なのは、僕だって同じなんだよ。
一緒にいたいなんて思えない。もう玲人を好きなんて気持ちも一切ない。
それでも、この身体は玲人しか求めないなんて。
本当に呪われてる。
「無理だから」
どうにかそれだけ絞り出し、インターホンの通話を終了する。
「亜樹ー?」
すぐに玄関の向こうで玲人が叫ぶ声がしたと共に、ドアを叩く音まで聞こえてきた。
無視していたら、玲人は玄関をドンドンと何度も叩き、大きな声で僕の名前を呼んだ。それでも無視を続けていると、ますます玲人のたてる騒音が大きくなっていく。
何してるんだ、あいつは。
こんなに騒いでいたら、近所から苦情がくるだろ。
「近所迷惑になるだろ。いい加減に……っ」
苛立ちが最高潮に達し、その勢いで玄関のドアを開ける。開けた先にいた玲人は満面の笑みを浮かべ、僕がドアを閉められないように左足を差し込んできた。