目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第十七話 信じられない言葉

「僕は会いたくないから、帰って。じゃあ」


 それだけ言って、インターホンを切ろうとした。


「待て待て待て待て。さすがにひどくね?」


 わざわざ家まで押しかけてきた玲人があっさり引くわけもないか。案の定、インターホンを離れようとした僕を呼び止める声が聞こえてきた。


「ひどいのはどっちだよ。お前に会わずにすむように洗濯機の裏にスマホを落としたのに、なんで直接会いにくるんだ」


 これまでたまっていた恨みを玲人にぶつける。


「洗濯機? 何言ってんの?」

「知らなくていい。とにかく早く帰れ」

「帰らないよ。スマホを隠さないといけないほど、俺に会いたくて仕方なかったってことだよな?」

「いいから、帰って」


 何を言われても『帰れ』しか言ってないのに、玲人はしつこく食らいついてくる。悪徳訪問販売や宗教の勧誘よりも、ずっとタチが悪い。


 ハアーっと大げさに息を吐き出す。

 すると、玲人はとんでもないことを言い出した。


「亜樹、もしかして今、発情期?」

「何で分かるんだよ」

「分かるよ。だって、元番だし?」


 したり顔で言って、玲人はニヤリと笑ってみせる。


「かなり溜まってるんじゃない?」

「は?」

「亜樹のフェロモン、すごい薫ってくる。ドア越しなのに、俺ヤバいかも」

「……最低だな」


 そうは言ったけど、僕だって同じだ。

 インターホン越しに玲人の顔を見て、声を聞いているだけで熱が上がってくる。今すぐにドアを開けて、玲人の胸に飛び込みたくて仕方ない。


 インターホンを切ったところで、結局は同じことだ。

 玲人が帰らない限りは、どうしたってドアの向こうにいる元番を僕のΩが求めてしまう。


「早くあけてよ、亜樹」

「……嫌だ」

「他のαとは番になれなくても、俺とは復縁できるはずだよな」


 何回も断ってるのにそれを無視し、玲人は自分の望む方向に話を持っていこうとする。


 コロコロ気が変わるくせに、こういう時だけ押しが強い。強く押せば、僕が折れると思っていそうなのが腹が立つ。


 番契約を解除されたΩが元・番だったαと再び番になるなんて、そんな話聞いたこともない。もしもそれを本気でやろうとしている頭のおかしな人間なんて、きっとこの世界で玲人ぐらいだ。


「他のΩとも遊んでみて、やっぱり亜樹が一番だって気づいたんだよ」

「亜樹だってそうだろ。俺ら、番になった仲じゃん」


 インターホン越しに、玲人が延々と口説き文句を垂れ流している。だけど、全く心に響かない。


「聞いてる?」

「聞いてないし、お前の言葉は二度と信じない」

「聞いてるんじゃん」


 もし仮に玲人とヨリを戻したとしても、どうせ飽きたらまた他のΩのところに行くんだろ。玲人がそういうやつなのは分かりきっている。その度に振り回されるなんてゴメンだ。


 イライラしてきて、インターホンから視線をそらす。


「信じなくていいから、ここ開けて。もう限界」


 余裕のなさそうな玲人の声が耳に響く。


 元・番の声を聞いていて限界なのは、僕だって同じなんだよ。


 一緒にいたいなんて思えない。もう玲人を好きなんて気持ちも一切ない。


 それでも、この身体は玲人しか求めないなんて。

 本当に呪われてる。


「無理だから」


 どうにかそれだけ絞り出し、インターホンの通話を終了する。


「亜樹ー?」


 すぐに玄関の向こうで玲人が叫ぶ声がしたと共に、ドアを叩く音まで聞こえてきた。


 無視していたら、玲人は玄関をドンドンと何度も叩き、大きな声で僕の名前を呼んだ。それでも無視を続けていると、ますます玲人のたてる騒音が大きくなっていく。


 何してるんだ、あいつは。

 こんなに騒いでいたら、近所から苦情がくるだろ。


「近所迷惑になるだろ。いい加減に……っ」


 苛立ちが最高潮に達し、その勢いで玄関のドアを開ける。開けた先にいた玲人は満面の笑みを浮かべ、僕がドアを閉められないように左足を差し込んできた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?