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第十五話 番になれない理由

「さっきの話だけど、気持ちは嬉しいよ。ありがとう」

「じゃあ、」


 波留の顔色がパッと明るくなる。


 近くには、知り合いはもちろん人の気配もなかった。

 けれど、念のために小声で囁く。


「でも、僕は波留の番にはなれない」

「オレじゃ、亜樹先輩の番になれませんか?」


 さっきまで嬉しそうにしていた波留の顔色がとたんに悪くなる。本当に分かりやすいやつ。こういう素直なところが可愛いし、波留はいい人だ。一年前に告白されていたら、たぶん僕は波留を受け入れていたと思う。


「波留がダメとかじゃなくて、僕はもう番は作れないんだ」

「それは、どういう意味ですか?」


 意を決して伝えたけど、波留はあまり良く分かってないみたいだった。普通は番を解除されるΩがいるなんて考えないだろうし、ピンときてないのかもな。


 さっき確認したはずだけど、もう一度辺りに人気ひとけがないか確認する。


「亜樹先輩? どうかしたんですか?」


 慎重に周囲の様子を伺っていたら、波留は僕を不思議そうに見つめていた。苦笑いを返してから、いつもつけているチョーカーをそっと外す。それから、波留に背中を向けた。


「それ……」


 波留が息を呑んだ音が聞こえた。


 波留は僕の首を見て、僕が過去に番持ちだったことを察したはずだ。チョーカーで隠していたうなじには、未だに玲人に噛まれた跡が生々しく残っているから。


「これで分かったよな」


 言いながら、外したチョーカーをもう一度つける。

 その間、ずっと波留の視線を首筋の辺りにヒシヒシと感じ、余計にいたたまれない気分になった。


 一言も発さず、波留はただ目を見開き、じっと僕を見つめている。『ガッカリしました。他のΩを探します』でも『悲惨ですね』でも良い。とにかく何でもいいから、何か言ってほしい。そうでないと、とんでもない自虐の言葉を吐いてしまいそうだ。


「波留と番になりたくないんじゃなくて、誰とも番になれないんだよ。番契約したαから捨てられたから」


 気まずい空気に耐えられなくなり、僕は苦笑いを溢す。


「引いてる?」

「そうじゃないんです。ただびっくりして……。いつか亜樹先輩と番になりたいと思ってたから……」


 波留は視線をさまよわせてから、ためらいがちに言う。


「ごめんな。僕みたいに面倒な事情持ちのΩじゃなくて、他の人を探した方がいいよ」

「他の人なんていません。亜樹先輩がいいんです」


 オロオロしていた波留がしっかりと僕を見つめ、はっきりと言い切った。


 玲人と出会う前の僕なら、波留の言葉を何の疑いもなく信じることができたと思う。だけど、今の僕にはもう無理だ。


「今はそう思っていても、数ヶ月後には気が変わってる」


 玲人みたいに。と心の中で密かに付け加える。

 玲人じゃなくたって、αなら簡単にΩを切れる立場だ。

 嫌になったら捨てて、自分は次のΩを探せばいいだけなんだから。


「どうしてそんなことが分かるんですか」

「分かるんだ。知ってるから」


 波留は、玲人じゃないって分かってる。

 波留は、波留だ。玲人みたいな結末にはならないかもしれない。分かっていても、もう僕は『もしも』を信じられないんだ。波留が望んでくれた番にだって、一生なれないんだから。


「僕にはもう関わらない方がいいよ」


 それだけ言って、僕は波留を残し、その場から去る。


 昨日、波留と繋がったとき、『違う』と思ってしまった。僕の番の玲人じゃない、と。


 玲人なんか好きじゃないのに。

 それでも僕は、一生玲人に縛り続けなければいけない。

 皮肉なことに、波留――玲人以外のαに抱かれて、それがはっきりしてしまった。

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