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第十一話 獣の本能

 合宿中のホテルは山奥にあり、一番近くにあるコンビニは十分ほど歩いたところにある。他に遊べるようなところも、買い物できるところもない。だから、もしホテルの外に出たとしたら、コンビニぐらいしか考えられない。


 そう思って、合宿中に一度だけ行ったコンビニに波留を探しに向かった。だけど、そこには波留の姿は見当たらない。それどころか、行き道も周辺にも人の気配さえなかった。


 スマホの画面をタップしても、相変わらず波留からの連絡はない。本当にどこ行ったんだろうな。


 肉が食べたいとか言ってたし、まさかそのために帰った? 電車で帰るにしても、駅まで相当歩かなければいけない。自力で帰ったとも思えないけど……。


 困り果てて立ち尽くしていたら、近くの茂みからガサゴソと音がした。


「……何?」


 足元をスマホのライトで照らす。そうしたら、うさぎが反対側の茂みに逃げていった。


「なんだ、うさぎか」


 猪か熊でも出たら、どうしようかと思った。


 ほっと息を吐いた矢先、後ろから何かが走ってくる音が聞こえた。どうせまたうさぎだろうと振り向いて、ライトで照らす。


「……え?」


 そこにあったのは、うさぎではなく、人間の足。

 ライトの光を上げていくと、人間の体にもふもふの灰色しっぽがついていた。なんとなく正体に予想がつきつつも、スマホのライトをさらに上にかざす。


 ライトに照らされた顔は、やっぱり波留だった。

 髪も灰色に変わり、頭には犬みたいな耳がついている。

 波留の変身姿は一度だけ見たことがあるけど、なんだか雰囲気がおかしい。


「波留?」


 名前を呼んでみても、波留は何も反応しない。

 ただ、ギラギラと血走った金色の瞳で僕を見つめている。その瞳は、獲物でも見るかのよう。


「波留。こんなところで何して――」


 もう一度名前を呼んで、波留の腕に触れた瞬間。

 むせ返るような甘い匂いが漂ってきて、思わず左手で鼻と口を覆う。


「お前………、α……っ」


 わけがわからず、それだけ言うのがやっとだった。


 波留から漂ってくるのは、間違いなくαが発情した時の匂い。


 なんで、どうして。

 どうして波留からこの匂いがするんだよ。

 こんなに強い匂い、初めて嗅いだ。番だった時の玲人でさえも、ここまでじゃなかった。


 波留が、α……? 波留からは今までαの匂いをうっすらとも感じたことはなかったのに?

 考えてみたら、波留は『自分はβだ』とは一度も言わなかった。僕が勝手にそう思い込んでいただけ。


 だけど、αは発情期のΩに誘発される形でしかヒートを起こさないはずなのに、どうして。


 もしかして、僕……? 僕は薬を飲んでいるから、違うはずだけど、……まさか、本田くん? 

 いや、そんなことよりも、とにかく今は波留をどうにかしないと。


「ホテルに、」


 戻ろうと言いかけて、言葉を飲みこむ。


 今の波留は興奮状態だし、何よりモフ耳としっぽが生えている。この姿の波留を誰かに見られたらパニックになる上に、波留が嫌がるだろう。どう考えても、このままホテルに連れて帰れるわけがない。


 とにかく波留を落ち着かせて、モフ耳としっぽを引っ込めさせないと。


 でも、この状態のαを落ち着かせるなんて、セックスぐらいしか――、最悪それしかないか? ……何を考えてるんだ、僕は。


 手で鼻を覆っていても、この匂いはΩの僕にはあまりにも強烈過ぎる。薬で発情を抑制していても、こんな匂いをずっと嗅いでいたら、僕までおかしくなりそうだ。


 波留は正気を失っているみたいだし、どうしたら……。


「波留。僕が分かる?」


 おそるおそる波留に手を伸ばし、一か八かでもう一度名前を呼ぶ。


「あき……、せん、ぱい」


 波留は僕の手を握り返し、ゆっくりと僕の名前を呼んだ。僕を見る波留の瞳がほんの少しだけ優しくなる。


「そうだよ。波留、……ぅわっ」


 一瞬でギラついた瞳に戻った波留は急に僕の手を引いて、どこかに走り出した。

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