目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

第五話 イメージチェンジ

 昼休み、学食で一人ランチをとっていた時。昨日初めてまともに話したばかりの波留に声をかけられたのは、翌日のことだった。


「亜樹先輩!」


 声をかけられて振り向くと、モフモフの耳としっぽがついていない波留がいた。


「隣、空いてますか?」


 肉類だけが大量に乗ったトレイを持った波留は、僕が返事をする前に右横の椅子に座る。


「ああ、うん。空いてるけど……」

「やった! 一緒に食べましょう」


 波留は机の上にトレイを置き、満面の笑みを浮かべた。こんなにテンション高いヤツだった? なんか、昨日とずいぶんイメージが違うような……。


「どうかしました?」

「いや、前会った時とイメージ違うなって」

「分かります? 実は、前髪切ってみたんです」

「あ。ああ!」


 波留の頭を注視して、ようやく納得がいった。


 なるほど。ガラッと雰囲気が変わったと思ったら、髪型がだいぶさっぱりしたんだ。前髪は目が見える長さまで短くなっているし、全体的にもっさり感がなくなった気がする。


「亜樹先輩がそっちの方が似合うって言ってくれたので」

「それで、早速切ったんだ」

「どうですか?」

「似合ってるよ」

「ほんとですか! 切ってよかったです!」


 波留の表情がパッと明るくなる。

 前髪で隠されてなかったら、こんなに表情豊かなんだ。

 今の波留にはモフ耳もしっぽは生えていないはずなのに、しっぽをブンブン振っている姿が目に浮かぶ。人間の姿にも関わらず、本当に犬みたいな子だ。


 嬉しそうにしながらも、波留はトレイの上に乗った料理に箸を伸ばす。


 僕はミートパスタとサラダとスープのAランチにしたけど、波留は見事に肉料理ばかりだ。


 ハンバーグ、豚の生姜焼き、鶏の唐揚げ、牛肉炒め。

 野菜は気持ち程度に添えられているだけで、ほとんど肉しかない。見ているだけで胸焼けしそう。


「よくそんなに肉ばっかり食べられるね」

「肉食なんですよ」


 肉をほおばりながら、波留は言った。


「やっぱり犬じゃん」


 反射的に発言した後で、ふと疑問が浮かぶ。

 あれ? 犬って肉食? 雑食だった?

 シルバのごはんはいつもドッグフードだったから、犬が何食べるのか実は知らないかもしれない。


 波留は、まさかドッグフードは食べないだろうし。

 大変失礼なことを考えている僕を見透かしたかのように、波留は軽く唇を尖らせた。


「犬じゃないです」


 犬じゃないなら、種族は何?

 親は人間?

 そもそも、波留は人間で合ってる?


 聞きたいことは山ほどある。

 だけど、ぐっとこらえて、水を半分ほど飲む。


「気になってますよね?」


 『何が』とは言わず、波留は苦笑した。

 主語がなくても、波留の身体のことを聞いてるんだとすぐに察する。


「気になるよ。でも、聞くのを我慢してる」

「亜樹先輩になら、いつか話してもいいかなって思ってます」

「うん。話したい気分になったら教えて」


 僕は頷き、波留に微笑みかける。


「いきなり変化するなら、周りの人に隠すのも大変なんじゃない?」

「大きく感情がたかぶると、けも――」


 たぶん獣になると言いかけて、波留はキョロキョロと辺りを見回す。みんな自分たちの話に夢中で、誰も聞いてないだろうけど、こんなところで堂々と出来る話でもないよな。


「体質が変わるんです」


 声のボリュームを今までよりもだいぶ抑え、波留は打ち明け話をするように言った。


「感情が昂る?」

「動揺したり、怒ったり、悲しくなったり、ドキドキしたりとか」

「それは気をつかうな」


 よっぽど苦労してきたのか、波留は深く頷く。


 どれだけ感情の起伏が少ない人でも、誰だって感情が動くことはあすはず。その度にいちいち姿が変わるなら、いつバレるかどうかヒヤヒヤしそうだ。


「小さい時は全然コントロールできてなくて、本当に大変でしたよ。最近はほとんど変わることもなかったのに、昨日は久しぶりに失敗しました」


 波留は苦笑しつつ、ため息混じりに吐き出す。


「昨日は何が原因だったの?」


 聞いてから、自分でも何がきっかけで波留の姿が変わったのかを思い起こす。


 たしか――。

 金髪の男ともめてたのを波留が助けてくれて、男が逃げていった。そのあと、波留と二人きりになって。

 それで、波留からアーモンドみたいな不思議な匂いがした。僕は匂いの正体を確かめたくて、吸い寄せられるように波留に近づいたんだ。


 あれ。波留の姿が変わったのって、その直後だった?

 どこら辺に感情が昂る様子があったんだろう。金髪男ともめてる時なら、興奮するのも分かるけど。


「僕が波留に近づいた時じゃなかった?」

「ごふっ!!」


 波留はいきなり口を手でおさえ、盛大にむせ始めた。


「大丈夫? 水飲んで」


 水の入ったコップをまだ苦しんでいる波留に手渡す。

 波留はそれを受け取って、ゴクリゴクリと少しずつ飲む。


「ごふ、ごほ、はぁ、はぁ……っ」

「落ち着いた?」

「はい」


「あの、たぶん、ケンカみたいになった時に怖くて、それでだと思います」

「その時は、まだ姿変わってなかったよな?」

「それは、その、そうなんですけど、……。……あ! そうだ! アレです! 後からジワジワと怖かったなぁって実感したんです」


 なぜかしどろもどろになりながら、波留はモフモフに変化した経緯を説明してくれた。


「なるほど?」


 なんとなくしっくりこないけど、波留がそう言ってるんだから、きっとそうなんだろう。たぶん。


 それから、しばらく黙々とごはんを食べていた。

 けれど、ふいに波留は箸を止め、顔を上げる。


「あ、そうだ。昨日聞こうと思って、忘れてたことがあったんです」

「何だった?」

「連絡先教えてもらってもいいですか」


 言いながら、波留はジーンズのポケットからスマホを出す。


「連絡先? 僕の?」

「べ、勉強! 勉強を教えてほしいので!」


 理由は聞いてないのに、波留が早口で伝えてくれた。


「勉強? いいけど、教えられるかな」


 人に教えられるほど、優秀じゃないんだけどな。


 でも、波留とは授業もいくつか被ってるし、被っていない授業でも、僕が一年生の時にとってたものがあるかもしれない。教える自信はないけど、僕を助けてくれた波留の頼みなら、応えないわけにはいかない。


「何でも聞いてくれていいけど、あまり期待しないで」


 予防線を張りつつ、僕もポケットからスマホを出した。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?