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第三話 犬みたいな人間

 何度見ても、やっぱり井駒くんには人間にはないものがあった。

 お尻の辺りには、犬みたいにフサフサした灰色のしっぽ。明らかに人間の耳ではない位置からも、同じ色の耳が生えている。


 井駒くんはあわてて耳やしっぽを手で隠そうとしてるけど、全く隠せていない。


「犬……?」


 手を伸ばし、井駒くんの灰色の耳にそっと触れる。


「ふわふわだ」


 彼の耳は見た目通りに触り心地が良く、ずっと触っていたくなる。作りもの、じゃないよな。


「犬みたい」


 井駒くんはβのようでαかと思ったら、たぶんαじゃなくて。人間に見えるのに、実は犬だった……?


 耳を撫でていたら、ピンと立っていた井駒くんのモフ耳がだんだんペタリとしてきた。こうしてる時は、犬は安心してたはず。


 井駒くんがどういう生き物なのかは謎だけど、どんどん可愛く思えてくる。


 実家で飼っていたハスキーのシルバも、こんな感じの灰色の毛並みだったな。フワフワモコモコの綿毛みたいな手触りも似ている気がする。

 三年前に死んじゃったけど、よく懐いてくれていて、可愛い犬だった。会いたいな、シルバ……。


 もっと触りたくなってしまって、しっぽも触ろうとする。そうしたら、さすがに身を引かれてしまった。


「あの、オレ、犬じゃないです」


 完全にビビらせてしまったみたいだ。

 撫でてる時は耳がぺたっと寝てたから、リラックスしてくれてると思ったんだけどな。ダメだったか。

 井駒くんはしっぽを足の間にはさみ込み、訝しげな表情を浮かべている。


「ごめん。昔、実家で飼ってた犬を思い出して」


 犬じゃないなら、何者? とか聞いたらダメだよな、やっぱり。手を引っ込めて、苦笑いを返す。


「聞かないんですか?」


 しばらくしてから、モフモフ耳をシュンと垂らした井駒くんは僕をじっと見つめ、言った。


「何を?」

「どうして動物みたいな耳が生えてきたのかとか、何者なんだとか。そういうのです」

「気にはなるかな。でも、誰にだって隠しておきたいことはあるだろうから」


 気にならないと言ったら、嘘になる。というよりも、はっきり言って、ものすごく気になる。だって、犬みたいな耳としっぽが生えた人間なんて初めて見たから。


 でも、無理矢理事情を聞かれたくないことは、きっと僕が一番よく分かっている。


 玲人に番を解除されてからというもの、一度も話したこともないような人にまで好奇の目で見られ、中には根掘り葉掘り聞いてくるヤツもいて、正直うんざりだ。

 僕はたった数ヶ月でさえ辟易しているのに、もっと長い期間だったら。考えただけで、ゾッとする。


 井駒くんの耳が生まれつきなのかそうでないのかは分からない。だけど、さっきみたいな言い方をするということは、井駒くんもしつこく聞かれて嫌な思いをした経験があるんだと思う。だから、聞かない。


「先輩は、オレが怖くないんですか?」


 耳を垂らした井駒くんはうつむいてしまって、不安そうにしている。怖がられた思い出でもあるのかな。


 βはもちろん、αともΩとも違う井駒くんの姿。

 たしかに普通の人とはちょっと違うけど、怖いなんて感情はなかったな。むしろ――。


「怖いっていうよりは、可愛い? かな」

「そう、ですか。ありがとう、……ございます」


 井駒くんの両足の間に収納されていたしっぽが横に出てきて、ゆるく揺れ始めた。やっぱり可愛いな。


 お礼を言われるようなことなんて全くしてないけど、それで、ふと思い出した。まだお礼を言っていないことを。


「お礼を言わないといけないのは、僕の方だよ。助けてくれてありがとう」


 井駒くんが来てくれなければ、どうなっていたか分からない。笑顔でお礼を伝える。


 すると、井駒くんのしっぽが大きく揺れ、金色の瞳がキラリと輝く。やっぱり瞳の色も変わってる……? 前髪で見えにくいけど、たしか元々は茶色だったよな。


 誘われるように、僕は彼の額に手を当てていた。

 そのまま前髪を持ち上げる。予想通り、長い前髪で隠れていた彼の瞳は、綺麗な金色だった。

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