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第二話 αだとかΩだとか

「いいところだから、邪魔するなよ」


 呆然と突っ立っている井駒くんに対し、僕の腕を掴んでいる金髪男が言った。


「な?」


 今度は僕の耳元で囁く。


「……っ」


 いいところなはずがない。正直助けてくれるなら、助けてほしい。だけど、さすがに無関係の一年生を巻き込むわけにはいかないし、それに――。


 もう一度彼を見る。瞳が隠れるほど前髪が長いせいか、やっぱり表情が分からない。


 僕も人のことは言えないけれど、井駒くんもディスカッション中にほとんど発言しなかったし、おとなしそうな子だ。どう考えても、二年生のαに刃向かえるような子には見えない。

 自分で、どうにかしない、と……。


「はな、して」


 金髪男の注意が井駒くんにそれている隙に……!

 力を込めて、男の手を振り払おうとした。


「いた……っ」


 けれど、無理矢理引き戻され、腕に痛みが走る。


「でも、嫌がってるように見えます」


 予想外にも、井駒くんがこちらに近づいてきた。


「は? αに迫られて嬉しくないΩなんていないから」


 金髪男は僕を引き寄せ、鼻で笑う。


 ……お手本のようなα思想だな。だけど、バカげた発言を否定しきれない僕は、間違いなくΩの血が流れている。


「αだとかΩだとか持ち出したら差別になる。そう、授業では聞きました」


 戸惑いながらも、井駒くんはそう言った。

 たしかに、そうだけど……。中学でも、高校でも、ジェンダー平等については教育された。


 でも、そんなのは結局建前でしかない。

 表面上は差別はダメだと言いながらも、就職にはαが絶対的に有利だし、Ωはその逆。αが上で、Ωが下。心の奥底では、たぶんみんなそう思っている。


「……ぷっ。くく……っ、授業って……。ハハハ! 真面目くんかよ」


 一瞬だけきょとんとしていた金髪男がおかしそうに吹き出す。


「いいから、早く出てってよ」


 男から言われても、井駒くんが出て行く気配はない。


「いや、でも、百瀬ももせ先輩が……」


 長い前髪の隙間から、井駒くんの茶色い瞳がチラリと動いたのが見えた。僕のことを気にしてくれてるのかな。


「さっきからなんなの? いい加減ウザいんだけど。お前には関係ないじゃん」


 金髪男は僕の腕を掴んでいた手をパッと放し、井駒くんの方に歩いていく。その勢いで、井駒くんの胸ぐらを掴もうとした。


「やめ……っ、……え」


 とっさに止めようとしたけど、信じられないものが視界に入り、僕は足を止める。井駒くんが金髪男の手を掴み、そのままねじり上げていたんだ。


「αに逆らってもいいと思ってんのか!」

「嫌がってる人に強要したらダメです」


 激昂されても、井駒くんは一向に引かない。


 ええ……。これは本当に、あのおとなしそうな井駒くん? こんなに度胸がある子には全然見えなかったんだけどな。


 止めに入らなきゃいけないのに。

 僕は唖然としてしまって、ただただ見ていることしか出来なかった。


 目立たない子だし、勝手にβかΩかなと思ってたけど。もしかして、井駒くんはα……? 僕の知っている限り、αと対等に渡り合えるのはαぐらいだ。


 井駒くんに腕をひねられ、金髪男の顔がどんどん歪んでいく。


「……っ、分かったよ。もう百瀬には手出さないから。だから、放せって」


 顔を歪めながら、男はそんなことを言った。

 井駒くんが男の腕をパッと話す。そうしたら、男はチッと舌打ちして、早足で教室を出て行った。




 男がいなくなった直後。


「怖かった……」


 井駒くんはハァと息を吐き、大きな手で自分の胸を押さえた。


「堂々としてたのに?」


 彼の行動が意外で、ついそんな言葉が口から出てしまった。だって、動じているようにも見えなかったし、ましてや怖がっているだなんて思いもしなかったんだよ。


「とっさに身体が動いてたんです」


 井駒くんの口の端がピクピクと動く。

 怖いのに、助けようとしてくれたんだ。そう思うと、ありがたくも申し訳ない。


 ひとまずは彼にお礼を言おうと近づく。


 あれ。αじゃない……?

 井駒くんに近寄っても、発情していなくてもΩならわずかに感じ取れるはずの匂いが少しも薫ってこなかった。

 その代わりに、なんだか不思議な匂いがする。Ωの匂いでもなければ、αのソレでもない。なんだろう、この匂い。こんがり焼けたパンみたいな、アーモンドみたいな。


 匂いの正体が気になって、もう一歩距離を詰めた。


「あ、ちょ……」


 驚かせちゃったのか。井駒くんがビクンと飛び上がり、後ずさる。


「え……?」


 今、一瞬だけ、濃い茶色だった井駒くんの瞳が金色に輝いた気がする。


 見間違いかな。

 目を瞬かせ、もう一度見た瞬間。

 彼の髪の色が明るめの茶から灰に変わる。さらに、頭頂部とお尻の辺りから、何かモフモフとしたものが生えてきた。


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