「──買いすぎたな」
「ええ、でも満足ね」
「うわあ、袋がパンパン……」
俺たちは、ショッピングモール内にあった通路のベンチで腰をおろしていた。
両手にはたくさん買ったユウカの服が、大量に詰まっていた。
ヤッベ、ナイフのお礼として妥協はしないようにしてたけど、持ち帰るのちょっと大変だな……
「さて、と……どうすっかな。他のお店も寄ろうと思ってたけど、これ一回帰った方が良いか?」
「あ、ちょっと待ちなさいカイト。服関連で、まだ寄らなきゃいけないお店があるでしょ?」
「は? どういう事だ?」
ソラのその言葉に、俺は疑問の声を上げる。
チッチッチ、とソラは人差し指を立てて振りながら、ズバリと指摘する。
「それは──」
☆★☆
【下着屋】
「──ランジェリーショップよ!!」
「あー。あー……!」
「ここは……?」
俺はソラに連れて行かれた場所に、確かに、と声を上げる。
そうだ、確かに服を買ったは良いけど、下着を一切考えていなかったな。
確かにこれは必要なもの、だけど……
「……けどここ、俺場違いじゃねえ? 俺外で待ってて良い? 荷物あるし」
「何言ってるのよカイト。──あなたも選んであげるのよ?」
「なんでだよ!?」
俺はソラに対して、そんな大声でツッコンでしまっていた。
いやマジでなんでだよ!? 女性用下着だろ!? 俺の意見いらねーじゃん!?
「えー? だって男の人って、女の人に選んだ下着付けてもらいたくならない?」
「いやそれ、付き合ってる彼氏彼女がやる奴!! 俺とユウカ、会って数日の仲だろうが!?」
「何も知らない純真無垢なユウカちゃんに、カイトの下卑た男の欲望をささやかにぶつけられる方法を考えて上げたんだけど」
「余計なお世話過ぎるわ!? なんでそんな事考えた!?」
いや、マジで余計な事だわ!?
ユウカに嫌われたらどーすんだよ!? こいつようやく立ち直ったばかりだっていうのに!
そう聞くと、ソラは自信満々に……
「ほら、私みたいな美少女と暮らしてるから、雄としてのパトスが毎日溢れ出しそうになってるんじゃないかと思って」
「っは」
「おーう、ちょっと鼻で笑ったわね。ちょっとどういう事かしら、この野郎ー」
そう幼女が睨みつけてくるが、どこ吹く風で受け流す。
お前見てパトスが溢れ出すとか、うけるしかねー。
もう俺、近所の悪ガキ預かってる以上の感覚ないからな、お前に対して。
「何よう!? ユウカちゃん、聞いてー! この男酷いんだけどー!!」
「……へ? ああ、ごめんねソラ様。聞いてなかった」
そうしてソラが泣きついたユウカは、ランジェリーの商品を一つ持って、ほへーと感心したように見ていた。
「どうした、ユウカ? それが欲しいのか?」
「いや、欲しいというか、なんというか……」
そういうと、ユウカはこっちを向いて……
「……ここは、“芸術”の店なのかい?」
「……は?」
そんな、場違いなことを言い出した。
どゆこと?
「いや、だって……こんな細かい装飾をしているなんて、凄い技術だなと思って。あそこに彫像みたいなものに付けられて展示されているのを見て、ここは芸術作品の展示をしてるんじゃないかと思って」
「あー、マネキンか。いやでもそれ、下着だぞ?」
「うん。だから珍しいけど、下着を中心とした芸術作品を展示してるんじゃないのかい? って思って。すごいね、そんな作品があるなんて」
こっちの世界は不思議だねーっと、ユウカはあたりを見渡して呟いていた。
……あー、これもしかして……
「ユウカちゃん、ちょっと……」
「ん? 何だい?」
そうして、ソラがユウカをちょいちょい、と引き寄せて、ゴニョゴニョと……
「……それ、ユウカちゃんが実際に着るのよ?」
「────へ? ……ええええええええ?!!」
ソラのその言葉を聞いて、ユウカは大きな声を上げていた。
おい、ちょっとここ、お店の中!
「え、だって!? こんなに細かい刺繍があって……!!」
「こっちの世界じゃ、それが普通なのよ。あなたの世界は、ただ白い布の上下だっけ、そう言えば」
「そ、それに! なんか、所々透き通っていて……」
「まあ、それくらいなら普通なレベルよ。この世界だと」
ユウカはソラから説明されるこの世界の下着に関して、えー、えー……と、顔を少し赤くしながら声を出していた。
するとだんだん、ユウカは恥ずかしそうな声から、感心したような声に変わっていっていき……
「な、なるほど……確かに軽く引っ張ってみても、見た目より丈夫なんだね? しっかり支えられそう……」
「そうよー、凄いでしょ?」
「へー……うん? あれ、これって……」
そうして歩きながら見渡していたユウカが取ったのは……
「ちょっとこれ、“穴空いてるよ”。不良品が混ざっちゃってる」
「ブフォおッ?!!」
「カ、カイト!? どうしたんだい!?」
ユウカが俺を心配してくるが、それどころじゃない。
ユウカが持ったそれは、まごう事なき……
「あっちゃー……ユウカちゃん。ちょっと……」
「ん? 何だい?」
そうして、先ほどと同じようにソラがユウカの耳に、ゴニョゴニョと……
「それね、男の人と女の人が……ゴニョゴニョと……」
「うん。うん……え? うん、うん……え? ええー……!?」
っと、明らかにさっき以上に顔を赤らめて行くユウカ。
そのエロ下着を見て目をぐるぐる回し始めている。
「え、これそういう……!? え、ええー……!?」
「ユウカちゃん、男の人と“そういう経験は? ”」
「な、ないよ!? 勇者としての使命で旅立ってからは、男女の付き合いなんてこれっぽっちも……!!」
とまあ、ソラにそんな下世話な話をされている始末。
その答えを聞いて、ソラはへえ……といやらしい笑みを浮かべて。
「じゃあ、“カイトはどう? ” 初めての相手にしては、結構丁度良いんじゃない?」
「「ハアッ?!!」」
とまあ、そんな爆弾発言を落とされた。
いや、マジで……マジで何言ってやがんだこのバカ幼女は!?
「おおい?! マジで何バカな事言ってんのお前!?」
「えー、でもお互い経験しといた方が、色々お得だと思うわよ? 女神的に」
「下世話なお世話すぎるっつーの!?」
マジで余計なお世話でしかねえ!? 何考えてんだコイツは!?
ユウカの方を見ると……グルグルした目で慌てている!?
「い、いや、けど“ワタシ”! カイトは確かに良い人だとは思うけど、流石にまだ出会ったばかりの人だし!! “そういう事”する人と考えるには、ちょっと色々と早急すぎるというか……」
「無理に答えなくて良いからな!? いや本当に、そうだから!」
「何よー、もう。私の親切心だったのに」
「どんな親切心だよそれは!?」
俺は顔を真っ赤にして慌てているユウカを宥めながら、どういうことかとソラに問い詰めた。
するとソラは、大した話じゃないように……
「いやほら、いつユウカちゃんが向こうの世界で性的な意味で襲われるか分からないからね。怪物とか盗賊とかに。それだったら、適当にカイトで初めて済ませておいた方が安心だと思って」
「急に生々しい事言うの止めてくれない? ねえ?」
割と微妙に否定しづらいような内容の話を出されて、ソラなりに本気で親切心で提案した事だったと言うことが理解出来てしまった。
そっか……そういう危険性がある世界なのか、ユウカの世界って……
そりゃあ命の危機とは別に、そういう危機もありえないわけじゃない、か……
なんか王道勇者と魔王のファンタジー世界と聞くわりに、生々しい話を聞いてしまいちょっとアレだなーと思ってしまっていた。
それを聞いてユウカは……
「え……? じゃあ、本気で今のうちにカイトにお願いした方がいいって事……?」
「無理しなくていいからな!? いや本当に!?」
「ちなみにカイト、ユウカちゃんに着てもらうとしたらどの下着がいいー?」
「えっと……って、選ぶかあ!?」
と、大真面目にユウカが“そういう事”を検討し出したのをなんとか止めて。
ソラの戯言を切り捨てたりと、色々騒いだ結果……
「──お客様。あの、ここで騒ぐのは少々ご遠慮を……」
「「「あ、すみません」」」
そうして俺たちは、スタッフに怒られてしまったのだった……
☆★☆
──カイト達が店員さんに怒られているのを見ながら、“ワタシ”は思い返す。
今日は、とても楽しい日だと。
つい最近まで、自分の命が一度失われたという事実を忘れるくらいに。
こうして二人がお店の人に怒られている場面を見たとしても、ある意味平和なその光景も含めて楽しくて、クスリと笑ってしまう程だった。
……それにしても。
「……初めての相手、か」
……ふと、先ほどのソラ様の発言を思い返す。
下世話な話題にはなるが、ソラ様なりに“ワタシ”の事を気にして発言してくれた事だったらしい。
その相手として、カイトを勧められたが……まあソラ様の懸念を考慮するなら、カイト相手ならまあいいかな、と思えはするが……しかし彼が拒否しているようなら、しなくていいな程度の考えだ。
それに……
「……“正直、よく分からないな”……」
それが男女の恋愛関係に対して、“ワタシ”が感じ取っている、嘘偽りの無い感想だった。
カイトは恩人だ。“ワタシ”が辛かった時、支えてくれた人だった。立ち直るきっかけをくれた人だった。
……けれど、だからと言って、男女の関係になりたいのか、と言えば疑問が浮かび上がる。よく分からない。
──というより、そもそも、“普通の男女の付き合い自体よく分からない”。
“ワタシ”は孤児院出身で、物心着く前から神託があったらしく、勇者として育て上げられた。
その関係上、どうしても厳しい修行を中心とした日々となってしまい、一般的な娯楽や人付き合いなどあまり経験なく育ってしまっている。
ましてや、異性との付き合いなど持っての他。
王国の男の兵士などと会話する程度の事はあれど、それ以上の関係などなったことすらない。
また、多少の性的な知識はあれど、逆に言えばそれくらいしか知らない。
だからよく分からないまま、ここまで来てしまったんだけど……
「……カイト」
彼は、異性としては付き合いはまだ短いが、比較的深い仲と言えるだろう。
勇者として、あまり一人の人間と長く付き合う事など殆どなかったから。敢えていうなら、王様とか目上の人くらいだろうか?
だから、近い年齢の異性と、ここまで一緒に行動する事自体珍しくて、新鮮な気分でいっぱいだった。
けれど、この感覚が恋情なのかどうかは、よく分からない。
けど、まあ……
「……今は、気にしなくてもいいか」
“ワタシ”は、深く考えずこのままでいい、と考えた。
そもそも、魔王討伐の責務を負った身だ。恋愛毎にうつつをぬかす訳にはいかないだろう。
それに、“ワタシ”とカイトは“異世界人同士”。この交流自体、本来は有りうべからず邂逅だろう。
異世界人同士で恋愛などして大丈夫なのか? それ自体疑問だった。
だから、恋愛感情自体を抜きにしても、カイトは“ワタシ”にとって恩人だ。
今は、感謝の気持ちだけで十分だろう。
こうして一緒にお出かけをしているだけで、“ワタシ”十分満たされているのだから。
“ワタシ”はそう、戻ってくる二人を見ながらそう思っていた……
☆★☆
「──たく、ソラのせいで大変な目にあったぜ……」
「あはは……でも、彼女の言うことにも一理あったから……」
「何よー、間違ったことは言ってないでしょー?」
「人として間違ってたんだよ、お前は」
俺たちは日が傾き始めた道を、帰り道として歩き始めていた。
一応下着も、別の店である程度数は揃えることはできていた。
おかげで、大量の荷物を両手に持って帰る羽目になっている。
「ユウカ、今日は悪かったな。結局色々ドタバタしちゃって」
「ああ、いや。別にいいよ! そんなにたくさん、ボクの服を買ってもらった訳だし……」
「あーあ、まだ買いたりなかったわー。もっともっとユウカちゃんに似合う服があると思うの!」
「これ以上かよ。まあ女子って、本来たくさんの服が必要らしいからなあ……」
あー、出費が嵩むかさむ。
けど、あんなレアなナイフ貰っちゃったからにはなあ……これくらいのお礼は当然というか……
「ふふっ……」
そんな事を考えていると、ユウカがふとそんな声を漏らしていた。
「どうした?」
「ああ、いや。なんというか……“楽しかったな”って」
そうユウカは、ポツリと溢していた。
「ボクは、これでも勇者だからさ。ずっと魔王を倒すための冒険として世界を巡っていて、今日みたいな“お出かけを楽しむ”なんて行為は殆ど出来なかったから、なんだか凄く楽しかったなって……」
そうしんみりとした表情で、ユウカはそう言った。
……そっか。
「そうだよな、勇者ってそんな暇普通なさそうだもんな……」
「そうよねー。女の子一人にそんな使命を負わせるなんて、間違ってるわよね」
「お前、一応女神だろうが。お前が命じたんじゃねーの?」
「私それにはノータッチ。あくまでセーブポイントの使用権をユウカちゃんに与えただけだしー」
手を振りながらソラはそう否定する。
へー、そうだったのか。てっきり女神と勇者だから、何か関係があるかと思ってたんだけど、セーブポイント以外は関係なかったのか?
「うん。だから、ソラ様……女神ソラリスには感謝してる。こんな時間を、与えてくださって……本当に、ありがたくて……」
「……そっか」
それを聞いて、俺は決めた。
もっともっと、ユウカを楽しませてやろうって。
「よっし! それじゃあ、明日もまた行くか! まだまだあのショッピングセンター回り切れてなかったしな!」
「い、良いのかい? でもボク、元の世界にそろそろ帰らないとまずいんじゃ……」
「別にロードでいつでも帰れるでしょ! そもそもオーク討伐した直後なんだし、少しくらい休日を満喫しなさい!」
「そ、そうかな……」
そうして、ユウカはちょっと悩むような素振りをして、おずおずと……
「……そっか。それじゃあ……また暫くいても、いいかな?」
「「もちろん!」」
「──ありがとう、二人とも!」
……そうして俺達3人は、元気よく家に帰っていった。
四日間の間ユウカは寝泊りして、毎日一緒にこっちの世界のお出かけを楽しんだ。
そして……
☆★☆
「ありがとう、二人とも。本当に、楽しかった!」
「気にすんな。俺も楽しかったし」
「いっぱい楽しんだわねー」
そうして俺たちは、ユウカを見送りに玄関に集まっていた。
以前と同じように、けれど、今度は悲壮感の無い明るい気持ちで。
「セーブポイントは使ったわよね?」
「うん、もちろん。データの更新? ってやつはしたよ」
「ならいいわ。今後も定期的に来なさい、その方が安心だしね」
その言葉にコクリとユウカは頷き、鎧を着込んでいく。
この鎧が、ユウカにとっても向こうの服だ。
ちなみに買った服は、クローゼットに仕舞い込んでいる。またユウカが来たら、そこから出すつもりだ。
それまでしっかり預かる事を伝えると、ユウカは嬉しそうにしていた。
「それじゃあ二人とも、またね!!」
「ああ、また!」
「行ってらっしゃーい!」
そうして、ガチャリと玄関の扉を開けて……ユウカは行ってしまった。
「……行っちゃったねー」
「ああ。まあ、今度は暫くは元気でやってくれるだろ」
そう言って、俺たちは玄関からリビングへ戻っていく。
ユウカが今度は無事に冒険する事を信じて……
……ると。
ガシャアアアアンッ!!! と、窓ガラスが盛大に割れる音。
「────いや、またああああ?!!」
「なんかすごくデジャビュねー」
そう叫びながら、リビングに急いで戻って中に入ると……
「────っ」
「やっぱりメタルマンじゃねえかッ!?」
やはり当然のように、赤いパワードスーツの彼がいた。
おい、何また窓ガラス割ってんだお前は!?
「お前、この四日間戻ってこなかったから問題ないと思ったのに、どうしたんだ!?」
「…………」
「あ、またセーブポイント使いにか? 定期的に使うためか?」
「…………」
「……メタルマン?」
さっきから、一切反応が無い。
それに疑問に思って、声をかけると……
「────少し、疲れた」
そう、ポツリとした声で、彼はそう言ったのだった……