目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第6話

 ──ここは、不思議なものがいっぱいだ。


 ボクは、そう心の中で思っていた。


 カイトに連れられて、彼の世界を出歩いて見て、驚きの連続だ。

 “車”という、馬の要らない馬車は勿論、道路の頑丈さや、建物の形や材質。

 ただ歩いて目に入るものだけでも、ボクには物珍しいものでいっぱいだった。


 根本的に、技術水準が高いって事なんだと思う。

 パッと見ただけで、これほどの技術の高さを感じられるのに、魔法などが一切この世界に無いというのが驚きだ。

 代わりに“カガク”というものが流行っていて、そのおかげだというのだが……どういうものなのか、ボクにはすぐには理解出来なかった。


 それでも、歩いているだけでとても楽しい。そう感じ始めていたところだった。

 一緒に歩いているカイトとソラ様に、色々質問しながら新しい知識を取り入れている所だ。

 ちなみに、ソラ様の事はソラ様と呼ぶ事にした。変わりに、敬語は極力しないようにと互いに話して決めていたが。

 けれど、意識して崩した口調で話すようにしたとしても、時々ソラリス様の分神であることを意識してしまうと、つい敬語になってしまいそうになる。

 先ほどのように、元気に走り去っていった様子だけならば、ただの子供のように思えるのだけど。


 そんなソラ様は、今──


「お、ま、え、は〜〜〜ッ!! 何勝手に“レジ袋4袋分”になるほど大量にお菓子買ってやがるんだよ!? くっそ無駄遣いだろーが!?」

「いひゃいっ、いひゃいっ?!」


 目の前で、カイトにほっぺたをグリグリと引っ張られていた。

 先ほどボク達は、カイトの言う“コンビニ”とやらで買い物をしていた。

 あの店の中だけでも、目新しい物でいっぱいで印象的だったのだが、それは置いておいて。


 カイトに「お店の中で欲しい商品はないか」と聞かれて、実際どれを買えばいいか悩んでいた所、ソラ様は別行動していたらしく。

 固い変わった形の籠にお菓子の類を、2籠分大量に集めていたらしい。


 後からソラ様がカイトに支払いを頼みに呼びに来ていたとき、それはもうカイトは怒っていた。

 いまだにほっぺたを引っ張られているソラ様の味方をしてやりたいが、要は他人のお金で勝手に大量買いした訳だから、ボクが口出しする理由も薄い。彼の怒りは尤もだと思うから。


 しばらくすると、ようやく気が済んだのかカイトがソラ様のほっぺたを離していた。

 ソラ様は引っ張られた頬を、両手で涙目で抑えている。


「ったく、おかげで万単位で金が吹っ飛んだぞ。どうしてくれやがんだ……」

「いたた……けどそんな事いいながら、大人しく支払い自体はやってくれたのよね。さっすがカイト、やっさしいー!」


 頭を抱えながら、レジ袋なるものを4つ抱えているカイトに対して、ソラ様はヒューヒュー、と声を出し。

 ……唐突に真顔になりながら、ソラ様はカイトに向き直り。


「……いや、ガチであなたお人好しすぎない? これ全部買うって……」

「やらかしたのお前だろうが。……まあ、元々数万の出費程度なら、許容範囲だったんだよ。あそこから商品棚に全部戻すのも手間だったし、しゃーねえから別にいいよ」

「あなた将来、子供をめっちゃ厳しく躾けるように見えて、駄々あまに甘やかしてダメにするタイプだと思うの」

「なあ、それ馬鹿にしてる? もしかして馬鹿にしてるか? なあ?」


 そうして再度伸ばされた手を、ソラ様はきゃーっといいながらダッシュで離れていき、ボクの方まで逃げて来ていた。

 カイトはため息を吐きながら、4つの袋を持って立ち上がっている。


「ったく……財布の中少なくなっちまったじゃねーか。これ一応お金おろして来たほうがいいな……悪い、ちょっと用済ませてくるから、そこで待っててくれ。袋、見ていてくれるか?」

「あ、うん……」


 そう言って、カイトは袋をボク達の近くに置いて、今出て来たコンビニと呼ばれた建物に再度入っていった。

 あの建物自体、ガラス張りが多くてとても珍しい外観だった。ここからでも、彼が何らかの箱? に対して、操作のようなことをしているのが目に入る。


 そんな風に見ていると、いやー……と、ソラ様の声が聞こえて来た。


「いやー……これ、思った以上にカイトお人好し過ぎるわ」

「ソラ様?」


 ソラ様はふー……と、ため息を吐きながらそんなことを喋り出していた。

 ボクの声に、ソラ様は顔を上げてボクの方を見て来た。


「──実は元々、“カイトの許容範囲を調べるために、わざと怒らせるギリギリの事をしていた”のよねえ……」

「……は? はあ?」


 な、何故そんな事を? 

 聞くと、何でもソラリス様が選んだ男が、どんな人物なのか改めて調べるために、色々仕掛けていたとの事だった。

 出会った当初から、からかうような口調はその一環だったらしい。


「けどまさか、怒りっぽい性格のように見せかけて、結局なんでもホイホイ与えちゃうようなタイプだったとは。甘やかしってレベルじゃないんだけど」

「は、はあ……確かに、彼は出会ったばかりのボクに対しても、こうして世話を焼いてくれてますね」


 振り返ると、彼は怒りっぽいように見せかけて、常にこちらの様子を伺って気遣うような行動をしていた。そんなに深い関係で無いにも関わらず、だ。

 こうして外に連れ出してくれたことも、ボクを気遣っての事だとは薄々気付いていた。


 そう考えると、彼の優しさは思った以上に深いと言える。

 そのさりげない気遣いが、今のボクにとってはとてもありがたくて……


「……ある意味、私の“願い”にとっては、これ以上なく都合のいい人材ではあるんだけど……けどなー、ここまで行くと逆に心配になってくるっていうか……ん?」


 ソラ様が何かをぶつぶつと喋っていると、ふと声を止めていた。

 見ると、カイトが置いていった大量のお菓子の袋。その近くに……


「じー……」

「これ、全部お菓子か?」

「スッゲー。金持ちだ……!」


「子供?」


 見ると、3人ほどの小さい子供がそこにいた。

 年齢はソラ様より少し下くらいだろうか? 

 彼が置いていった袋を興味津々に見つめている。


「あ? 何よ、それは私のよ。ガキは立ち去りなさい、しっし」


 それを見てソラ様は、追い払うような動作で手を振るう。

 すると当然、子供達は不機嫌になって言い返してくる。


「何だよ、お前だってガキの癖にー!!」

「ねー、これおねーちゃんのって本当?」

「そうよー。ふふん、いいでしょー。ま、私はこう見えて大人だしねー♪」

「嘘つけー!! 全然大人に見えねー!!」


 何よー! とソラ様は反論して、子供達を追いかけ始めた。

 それをきゃー、わー、と声を上げながら、その辺をぐるぐると子供達は走り回る。

 追いかけられながらも、子供達はどこか楽しそうに笑顔を浮かばせていた。


 ボクは仮にも分神様が、子供達と混ざってまるで遊んでいるような光景を見て、クスリと笑ってしまう。

 ……ふと、ボクの世界にも子供達がいた事を思い出す。


 田舎の村はずれで、他の子供と共に遊んでいるもの。

 親の買い物を手伝い、一緒に歩いているもの。

 美味しい食べ物を食べて、ほっぺたを膨らませているもの。


 そんな過去に見て来た様々な情景を、ありありと思い返していた。

 どの場面も、子供達の眩しい笑顔があった。

 そして……


 ──魔物に両親を奪われ、一人になったもの。

 ──魔物に襲われ、体の一部を欠損していたもの。

 ──魔物に連れ去られ、行方不明になってしまったもの。


 “笑顔そのものを出来なくされた子供達”もいる事も、思い出してしまっていた。


「──ボク、は……」


 一体何をやっているんだろう、と。そう思ってしまった。

 ボクの世界は平和じゃない。

 今も、魔物の被害が大量に発生してしまっている。

 それの対処をしない限り、子供達に限らず、笑顔がどんどん奪われる人達が増えて行くだろう。


 ──そのために、勇者がいる。その為の、“ボク”だ。


 ボクは改めて、その考えに行き着いた。


 ……けれど。けれ、ど……



「お待たせーっと。悪かったな、ちょっと他にも用を済ませてたら遅くなって……って、何だこの状況?」

「あ! カイト、おかえりー!」


 ……そんな事を思っていると、カイトが“コンビニ”から出て来ていた。

 子供達を追いかけて走り回っていたソラ様が、トテトテと彼に近づいて行く。


「何だ、そこのガキども? 知り合いか?」

「いや、知らない子達ね?」

「お前、見知らぬ人様の子を追いかけ回してたのかよ……」


 ごめんなー、とカイトが子供達に謝りながら、こっちに向かって来た。

 子供達は興味を失ったのか、バイバーイ、と声を上げながら何処かに走り去って行く。

 ソラ様も、元気よく手を振って彼らに返事をしていた。


 カイトは地面に置いていた袋を全て持って、良いしょっと立ち上がる。


「さて、と。それじゃあ帰るか……って、どうしたユウカ? 何かあったか?」

「ああ、いや? 何でも無い……」


 そうか? とカイトは呟き。深く掘り下げて来ずにまあいいや、と切り替えていた。


「それじゃ、改めて帰るぞー」

「了解ー」

「あ、ああ」


 そうして、カイト達は彼の家に戻って行く。

 ボクも、この心の奥底に静かに湧き上がって来た漠然とした不安感を抱えながら、彼らに付いて行った……


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?