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第12話

 ギャリギャリギャリッ!! 

 チュゥイイイィィインッ!! 

 バンッバンッバンッ!! 


「うるっせええぇぇぇぇえええええッ!!???」


 真夜中11時。俺の家のガレージから、こんな音が鳴り響き続けていた。

 俺は騒音の元凶に突撃するため、ドタドタと走ってその場所に向かって行く。

 家から直結の扉を開き、俺はガレージ内に飛び込んだ。


「メタルマンてめえ!! 今何時だと思ってやがんだ!? ご近所迷惑だろーが!!」

「ん、カイトか」


 ガレージを占領している元凶、メタルマンは顔だけ振り向いて、そう一言返事をした。

 相変わらずパワードスーツを着ていて、ヘルメットも付けている。

 その状態でも作業の手は一切止まらず、今もギュリギュリと音が鳴り響く。


「ご近所迷惑? 私の所は、常に何かしら母艦の作動音が鳴り響いていた。この程度騒音の内には入らない」

「へーそうなんだー。でもそれメタルマンの世界の場合なんだよな、ここは俺の世界なんだけど」


 俺の苦情に対し大したことないように返事をしていたので、俺はちょっとイラッとする。

 こいつ作業部屋が欲しいと言ってたから、ひとまず俺の家の空っぽのガレージを貸していたのだが、まさかのこの時間帯までの騒音。

 夕方からやってんのに、何時間作業してやがんだコイツは!! 


「ったく。お前の世界の常識と、俺の世界の常識が違うのはよく分かる。だから、あんたが自分の世界の常識で物事を考えがちなのは仕方ないとして受け止める。でも今教えた分くらいは、少しは考慮してくれよ」


 俺は頭をガシガシと掻きながら、メタルマンにそう訴える。

 常識が違うのは仕方ない。俺に迷惑を掛けてくる事も仕方ない。互いに知らない事だらけだろうし。

 けれど、だからこそ互いに歩み寄り、知った分位は違いに配慮して欲しいと思っている。


 すると、作業中の体制のままメタルマンは説明してきた。


「まあ、安心しろ。元々この家の周囲には、サイレンスフィールド。つまり、消音機能を持つ簡易バリア発生装置を設置していた。音による情報漏洩を警戒してな。貴様の言うご近所さんとやらには、一切音は聞こえていないだろう」

「あれ、そうなの? へー、そんな装置を勝手に設置していた件についてはともかく、ちゃんと考慮はしてくれてたんだな。理由はともかく」


 なんだ、俺の取り越し苦労だったのか。

 じゃあ安心した、と俺は頷きそうになり……


「……ちょっと待て。じゃあ、俺にも騒音聞こえないはずだよな? 普通にうるさいんだけど?」

「“この家の周囲”と言っただろう? 内部には普通に聞こえている」

「は? なんでだよ、俺たちにも聞こえないようにしろよ」

「君たちに配慮する必要が?」

「テッメエ!?」


 相変わらず俺たちに対して失礼なやつだな!? 

 せめてガレージ付近だけにしろよ、その方が設置も楽だろーが!? 

 そう言うと、俺たちとの会話からの情報漏洩も防ぎたいから断る、との事だった。

 何処まで警戒心高いんだよコイツは……!! 


「私の世界の技術を知った上で、悪用しようとする者が出るかもしれない。警戒するに越したことはない」

「ったく、心配性が酷いなおい……ひとまず、騒音の件については外部には問題無いことは理解した。俺たちに対しては……まあ置いておくにしても、そこまで根を詰める必要はないんじゃないか? あんたも少しは休憩しないと作業効率落ちるだろ。夜くらい普通に寝たらどうだ?」


 俺は親切心から、そう提案した。

 メタルマンが寝てくれた方が騒音無くなって助かるのも大分本音だが、それを抜きにしても夜遅くまで作業し続けるのは体にどうかと、心配になると思ったからだ。


「……貴様の言い分は確かに理解出来る。しかし、私の母艦の人類が、こうしている間にもインベーダーに襲われているだろう。それを考えると、一刻も早く私の装備を整える必要がある」


 しかしメタルマンは、俺の言葉を聞いてはいても、その上で作業を続行する事を選択する。

 俺は何故そんなにも急ぐのか疑問に思った。


「つっても、“ロード機能”はあるんだろ? それを使えばセーブ直後まで、お前の世界の時間が戻るんだからそんなに気にしなくてもいいんじゃ無いのか?」


 俺はソラから聞いた情報から、そう質問する。

 そもそも、時間自体を気にする必要はないんじゃ無いかと。


「──本気で言ってるのか?」


 しかし、メタルマンは俺の言葉が気に障ったのか、そう聞き返して来た。

 作業の手も止めた上で、俺に向き合っている。


「……逆に聞くが、“ロードとやらをして、本当に時間が巻き戻っている保証”はあるのか?」

「それは……アンタが一番実感してるんじゃねえのか? 死に戻りを何度も経験してただろ?」


 実際、メタルマンが何度も死に戻ってセーブポイントに現れるのはこの目で確認している。

 メタルマン自身、少し巻き戻った世界を何度も経験している筈だ。


「聞き方を間違ったな。──そのロード後の世界が、“本当に私のいた世界と地続きなのか? ”」

「……何?」


 その問いかけは、聞き逃せない内容だった。

 メタルマンは、真剣な表情で……そして、どこか恐怖を感じているような目をして、話し出した。


「私が死んで、確かに私の世界は巻き戻ったように見える。しかし、それは“世界そのものが巻き戻っているのか? ” それとも、“私だけが過去の世界に飛んでいるのか? ”」

「それは……」


 分からない、と言うのが俺の感想だった。

 確かに、ロードしたら世界が巻き戻る、としか聞いていなかったが……メタルマンのもう一つの解釈が否定しきれない。


「仮にだ。後者だった場合、“私がいなくなった後の世界はどうなる? ” 巻き戻ったように見えて、“実はその世界も時間が続いているんじゃ無いのか? ”」


 ……それは、いわゆる並行世界理論。

 もしも別の選択をしていた場合の、IFの世界が存在しているんじゃないか説。


「つまり、“ロードする度並行世界は増えていく”。こうなるんじゃ無いのか? ……あるいは、“古いほうの並行世界は消える”と言う説も考えられるな。……どちらにせよ、私の元いた世界とは言えないだろう」

「……ちょっと待て、もしそれが本当なら……」


 そう問いかけると、メタルマンは俺が言いたい事が分かっているかのように頷き……


「ああ。──私は、本当の一番最初の世界。“元の時間軸には2度と帰れない”」


 その絶望的な考察を、目を瞑り、そして悔しそうに握り拳を握って言い出した。


「……つまり、私は一度死んだ時点で、もう本当の意味でやり直しなど出来ないんじゃないか。……そう考えている」

「…………」


 メタルマンのその考えは、どこか気楽だった俺に深く突き刺さった。

 その考察が正しければ、メタルマンはセーブポイントを使っていたとしても、2度と本当の意味で自分の世界には帰れない。

 ここにいるのは、自分の世界に帰れなくなった迷子の大人のように見えた。


「……じゃあ。逆に聞くけど、そこまで分かっているのに、なんで急ぐような事をしている? アンタは本当の意味で、元の世界に戻ることは出来ないと考えているんだろう?」


 俺はその問いかけを、メタルマンにした。

 絶望的な考察、合っているかどうかも分からないが、その可能性は高い。

 だからもう、メタルマンが今ここで頑張る理由も薄い筈だ。


「……単純な話だ。並行世界が増えるにしろ、消えるにしろ、ロードをする度に私が失敗した世界線の並行世界が増えることになる。……“インベーダーに侵略された世界”が」


 メタルマンは、天井を仰ぎ見ながらそう呟いた。


「……私は、それが許せない。一つでも多くの不幸の世界が出来上がる事が。だから、たった一つでも“問題なく過ごせた世界”が欲しい。……それだけが、私に残された唯一の出来る事だと思うからな」

「……メタルマン」


 その言葉に、俺は何も言えなかった。

 そこまで追い込まれた想定を、メタルマンはずっとしていたのだ。


「だから、ロードをするのは最低限だ。不幸な世界を増やしたくない為に。そしてその上で、苦しみが長引く世界など作りたくない。古い世界が消える説もある。それだったら、せめて苦しみは短い方がいいだろう?」

「…………」

「だから私は、急いで装備を作る。その為に、多少の騒音など気にしてられ──」


 そう言ったメタルマンに対し、俺は何も言えず──



「──“戻るわよ? 世界ごと”」


「……ソラ?」


 その声に振り返ると、パジャマ姿となっていたソラがいつの間にかガレージにやって来ていた。

 ソラはあくびをしながら入ってくる。


「ふわあ……眠いわね。さっきからうるさかったから、注意しに来たつもりだったんだけど」

「そんな事はどうでもいい。どう言う事だ、さっきの言葉の意味は?」

「言葉通りの意味よ、メタルマン」


 ソラはメタルマンの近くまで歩き、彼を見上げて喋り出した。


「“あなたのいた世界と地続き”、“世界そのものが巻き戻っている”のが正しい仕組みよ。……つまり、あなたの懸念の大半は、意味が無かったわね」

「お前それ最初の方の会話じゃねーか。そこから聞いてたのかよ?」

「うん、扉の前でこっそりと。なんかちょっと入りづらかったから、落ち着くまで待ってた」


 その言葉に俺は呆れ、逆にメタルマンは呆然とした表情になっていた。

 自分が不安に思っていた事が、女神直々に否定されたのだ。


「確かにまあ、並行世界というのは存在するわよ? でもそれは、“本当に似ている世界が別物として存在している”。カイトの世界と、メタルマンの世界並に独立してるわね。でも細かい分岐は無く、一つの世界として扱われる。だから、“あなたの世界はあなたの世界のままよ、メタルマン”」

「……そ、それが本当だと言う証拠は?」

「“女神である私の証言”。それじゃ不満かしら?」

「…………」


 そうソラが問いかけると、メタルマンは黙ったまま俯き始めた。

 それを見て、ソラは呆れたように姿勢を崩し……


「……それでも不満のようならね。あなた言ってたわよね? 自分は一度死んだって。“その通り”よ。言っておくけど、“私が手を貸さなかったら、あなたはあの時死んだ時点で終わっていた”。あなたの世界も、不幸の結末のままね」

「……っ!?」

「勘違いしないで。“あなたはただ女神の気紛れで次が出来ただけ”。……それに対して不満があるなら、適当に諦めてその場で蹲ってなさい。救われる気の無い世界を救うほど、私には力が無いわ」

「…………」


 その突き放すような言葉に、メタルマンは目を見開いたまま黙っていた……

 俺も正直話し出しずらかったが、ソラにそのまま聞く事が出来た。


「っていうか、今“女神の気紛れ”っつったよな? 俺たち、そんな理由で選ばれたのか? 俺も、ユウカも、メタルマンも?」

「……そうよ。気紛れよ。“女神が特定個人を救うなんて、気紛れ”としか言いようがないじゃない? ……ある程度、理由はあるとしてもね」


 最後のボソッとした呟きは聞こえなかったが、ソラはそう自分自身の事なのに、自嘲するような話し方でそう言った。


「…………っ」


 すると、ドサっとメタルマンがその場で尻餅を着いていた。

 茫然とした表情で、力なく項垂れている。


「お、おい! 大丈夫か!?」

「……ああ、大丈夫だ。問題ない。……ただ、気が抜けた、だけだ」


 メタルマンは、ポツリポツリと、そう呟いた。


「……今日は、疲れた。何度も、何度も、初めて死んで、繰り返して。元の世界の事を考えて、諦めに近い考えをしていて、それを否定されて……ただ、疲れた」

「……ああ。だろうな」


 メタルマンは、本気で焦燥していたものが燃え尽きたように、そう呟き続けていた。

 その心のアップダウンは、俺には想像出来ないだろう。


「そうね。分かったなら、さっさと大人しくしなさい。うるさくって眠れなかったのよこっちは」


 そして空気を読まず、自己中な注意をしている幼女女神。

 しっし、っと手を払う動作をメタルマンに対してしている。

 いろいろ言ってて、結局結論それか、もしかして。


「……ああ、そうだな。もう、今日は寝たい」

「んじゃあ、はい寝袋。倉庫にあったから貸してあげるわ」

「俺の家のものなんだけど、なんでお前が貸すんだよ。そしてなんで寝袋なんだよ、ベットあるよ」


 元々親父のだけど、一応ベットは余っている。

 その部屋に案内すれば十分だろうと、俺は予定を立てる。


「そんな場所で、無警戒に寝るつもりは……いや、もういいか……ああ、ありがたく使わせてもらおう」


 そう言って、メタルマンはゆっくり立ち上がり始める。

 その目には、今まであった強い警戒の色は無くなっていた。


「ちょっとだけ待っていてくれ。簡単にキリがいい所まで仕上げてからにしたい」

「ああ、別にいいけど……」


 そう言ってメタルマンは自分の腕のパーツに、ドライバーでネジを締めていた。

 そんなメタルマンに対して、ソラは先ほどまでの話題転換のつもりなのか声を掛ける。


「ところで、ふと気になったんだけど。ずっと騒がしかったんだけど、何作ってたの?」

「ん、ああ……まずはエネルギー弾の調整を行なっていた。威力をアップしようかと」

「ふーん、エネルギー弾? どんなの?」

「ふむ、こんなのだが」


 そう言って、壁にエネルギー弾を放つメタルマン。

 あまりにもスムーズな流れで、止めるという発想も時間も無く、放たれたそれはガレージの壁に着弾し……


 ボカアアァァァアアンッッッ!!! っと。


 ……ものの見事に、大穴を開けていた。


「────。おい? おい!? おおおおいッ?!! 何やってんだメタルマアアアアアンッ?!!」

「……しまった。いつものメンテナンス室の壁のつもりで放ってしまっていた。脆いな、ここの壁は」

「まず謝れ!? ともかく謝れ!?? 感想よりまずはごめんなさいだろうがああああ?!!」

「あらら。見事にポッカリ……」


 そう大声でツッコンでいると、メタルマンはふむ、と考え込むような仕草をした後……


「カイト……もっと壁は、厚くて高いものにした方がいいぞ。安物はいかん」

「じゃかあしいッ?!!」

「あと、スマン」


 そうして煽った後、軽い口調で目を背けながら、やっと謝ったのだった……


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