「ったく。つーわけで、ここがお前の部屋な。ソラ」
「ありがとうー!! なんやかんや、住む部屋を用意してくれるカイトやっさしいー♪ 詐欺に騙されてたりしてない?」
「今すぐ玄関から放り出してやろうか、このガキャぁ……」
俺はソラを連れて、二階の部屋の空き部屋にやって来ていた。
人が何とか気持ちを切り替えて、優しく対応してやろうとしたら、この言葉よ。
おい誰だー、こいつ育てたやつ。女神本体か? マジで放り投げてやろうか……
「この部屋は、俺の母さんが使ってた部屋でな。ベットとか残っているから、寝泊りする分には大丈夫だろ。タンスとかも残ってるけど、中身は全部空っぽだからな。着替えとかは自分で用意しろよ。……そういえばお前、着替えとかは?」
改めて見れば、この幼女は手ぶらだった。
当然、着替えなど……
「え? 無いよー?」
「ガチでお前、何しに来たの? ねえ?」
何一つ用意して来てないんだけどコイツ。
どんだけ俺に依存する気満々なの?
「言ったじゃん、カイトが使命を果たすかどうか見届けるために来たって」
「使命どころか、お前自身の生活自体が怪しいんだけど? おい本体、聞こえてんだろ? せめて分神の分の着のみ着くらい用意しろよ」
俺は目の前の幼女女神を通して、覗いているだろう本体に声を掛けていた。
そこで俺、ふと気づく。
もしかして、不思議な神秘パワーとか魔法パワーとかで服を自在に作り出せるとかじゃ無いかと。
その辺の事を聞くと……
「えー? そんな機能本体はともかく、分神に備わってるわけないじゃん。無駄機能ー」
との事だった。つっかえねー。
というか……
「……なあ。お前、“もしかして本体から見捨てられてる”、なんて事はねえよな? ここまで用意ないと、逆に心配になってくるぞ? 俺が相手しなかったら、ガチで露頭に迷うところじゃねーの、お前?」
「そ、そんな事ないし……現に、あなたがこうしてちゃんと相手してくれてるから問題ないし……」
と、問題無いように見せかけて、割とプルプルと震えた声で返事していた。
こいつ自身、割と俺に依存しなきゃいけない自覚があったんだろう。
あれ、こいつ真面目に面倒見ないとヤバイ奴か?
本体と幼女、割と切り離して考えるべき?
「……ッチ。しゃーねえなあ。とりあえずある程度の生活用品急いで用意するぞ。せめて着替え数点と、パジャマ。後歯磨き用ブラシとかか……」
「あ、ありがとう!! 優し過ぎるー! 知ってるわ! こういうの“ロリコン”っていうのよね!!」
「その言葉を正しく認識しているかどうかで、今後の俺の対応が大きく変わるからな? 覚悟しておけよ?」
嬉しそうに声を上げているこの幼女女神に対して、俺は釘を刺しておく。
とりあえず、直近の目標としてあの女神本体をいつかぶん殴る、という事を俺は決めていた。
幼女の育ちの悪さや口調の責任は、保護者がとるべきなのである。
それはそれとして、今はもう14時を回ってる時間帯だった。
幼女女神改め、ソラの生活用品を揃えるとなると、時間がかかるだろうし今から出掛けた方がいいだろう。今日が土曜日で良かった。
俺たちは階段を降りながら、出かける準備を話す。
「よーし、外に出かけるぞ幼女女神。……そういえばお前、外の常識とかは分かっているんだよな? 一応聞くけど」
「まっかせなさい! 普通の人の一般常識くらいは把握しているつもりよ! この世界の現代知識はちゃんとインストールされてるもの!」
自慢げに、胸をドンっと叩きながら幼女女神がそう言ってきた。
……つまり、さっきの答え合わせが出来るな。
「ほう、そうかそうか。……“つまり、ロリコンの正確な意味も把握してた”って事でよろしいか?」
「っは?! 嵌められた!?」
「ただ墓穴掘っただけだろうが!! お前今日オヤツのシュークリーム抜きだかんな!!」
「寧ろオヤツまで用意してくれようとしてくれてたの!? あの出会いの今さっきで!? 私が言うのも何だけど、面倒見良すぎない!?」
びっくりしたような表情でそう突っ込んでくる幼女女神。
既に買ってたんだよ、俺の分のシュークリーム二個。
分けてやろうと思ったけど、今日はもうやらねー。
そんな会話をしながら、俺たちは玄関の前までやって来た。
俺の靴は一人暮らしの癖かずっと置きっぱなしだ。
っと、そういえば……
「ソラ、そういえばお前靴は……ある訳ねえよなあ」
「うん、無いわね」
「しゃーねえ。確か靴箱に俺の小さい頃のシューズがまだ残ってた筈だから、今日の所はそれ使え。靴下はさすがに残ってねえから、素足で我慢しろよ? すぐ買うから」
「物持ち良いわねー、ありがとう」
お礼の言葉を言われながら、ホレ、と俺は小さなシューズを渡す。
そうして、俺とソラはそれぞれシューズを履いて立ち上がった。
財布もよし、ケータイもよし。準備完了。
「それじゃあ、出掛けるぞー」
「わーい! 初めての下界ー♪」
そんな楽しそうなソラの声を横に、俺は玄関の扉を開けて……ガチャリ。
「──? あの?」←(全身黄金鎧の人物)
バタン。俺は扉を閉めた。……なんだ今の?
あれ、おっかしーなー。目がおかしくなったか?
現代の日本の、しかも自宅の目の前に、全身黄金鎧の人物なんているわけねーよなー。
うん、多分見間違いだな! きっと女神が自宅に降臨なんてイベントがあったから、疲れてたんだろう!
と言うわけで、目を擦って。よし、今度こそ。ガチャリ。
「──? えーっと、ここが女神に言われた……」←(全身黄金鎧の人物)
バタン。……ダメだ。まだいる。強い幻だな。
と言うかあの幻、女神が……とか何とか言ってなかったか?
そういえばよくよく考えたら、女神が降臨の時点で現代日本だとあり得ないイベントだったなと、今更ながら気づいた。
なるほど、と言うことはあれだな?
これもあの女神案件に並ぶ、とんでもイベントの遭遇だな?
よーし。俺は意を決して、再度扉を開く。ガチャリ。
「──すまない。私は勇者。女神に誘われて、ここに……」←(全身黄金鎧の人物)
「人違いです」
「……え? あの……?」
バタン。そして鍵をガチャっと。これでよし。
「よーし、幼女女神。今日のお出かけは無しだ。幸い今日は土曜日で、明日は日曜日だし。明日出直して……」
ガチャ、ガチャリ。
「あなたが勇者ね! 私は女神ソラの分神! あなたを待っていたわ!」
「えっ、あの……」
「お前何勝手に出迎えてんだ幼女女神があああ!?」
俺が必死になって面倒ごとから逃げようとしてたのに、なんで自分から迎え入れてんだこのバカ幼女!?
そんな俺に対して、幼女女神は逆ギレしてきやがった。
「あなたこそ、なに何度も開け閉めして締め出してんの!? この子多分私の受け持ちの子よ!? 出迎えてあげるのが筋ってもんじゃ無いの!?」
「知らねーよ!? つーかここの家主俺! 仮にも人様の家で見知らぬ奴勝手に出迎えてんじゃねえええ!?」
つーか、この全身黄金鎧、やっぱりお前の関係者かい!!
百歩譲ってそれはともかく、何俺の家で出迎えてんだ!?
て言うか、勇者って何!?
「その、すまない。結局ここは……?」
「ああ、ごめんね! 混乱してるよね! 話は奥でするから、上がって上がって!」
「は、はあ……?」
「お前、何自分の家のように誘って……」
俺のことを無視して、幼女女神は勇者と名乗った不審者を、リビングに連れて行こうと手を引っ張っていた。
自称勇者はそれに連られて家に上がっていき──って?!
「おい、靴!? 自称勇者、靴のまま家に上がってんじゃねえよ!?」
「え、あ? え? ……え?」
「ちょっとカイト、いちいち怒らないでよ。勇者ちゃん困ってるでしょ? 仕方ないでしょ、文化が違うんだし」
「いや、日本の常識だろうが!? 文化の違いって何だ!? ここ俺の家の目の前……は?」
……そこで俺は、ようやく気づく。玄関の扉の外の風景に。
ここは俺の家。だから、俺の家の目の前の道路の筈だ。
──それが、今はどうだ。
草木が生い茂り、レンガの家がまだらに立ち並び、風車が回っている。
それは、どこか外国の田舎のような場所だった。
「──は?」
俺は再度、疑問の声を間抜け顔で上げてしまっていた。
何で俺の家が、こんな外国の田舎に移ってるわけ……?
ふと、玄関の扉を潜り抜けて家を出て、振り返る。
……そこにあったのは、俺の家の一軒家ではなく、見知らぬ家だった。
「──は?」
三度全く同じ言葉を放ち、呆然としていると……
「ッキャアああ!! 魔物よー!!」
そんな叫び声が聞こえて来た。
──は?
4度目の声は出なくて、俺の目の前に獣が集まり始めていた。
それは、狼のような銀色の毛並みをした猛獣で、けれど俺の知ってる狼よりもっと凶暴にしたような目付きだった。
それが三体、目の前に並んでいる。
「な、なん──?」
「ちょっとカイト!? 早く、早く戻って来て!? 扉を閉めて!!」
「ッ!!」
慌てたようなソラのその言葉に、俺は我に帰って一目散に出て来た扉に走って行った。
しかし、そんな俺を獣たちは逃すつもりはないようで、すごい速さで飛びかかって来た!!
ま、間に合わない!? 噛まれる事を、覚悟したその時──
「──ッはあ!!」
俺と入れ替わるように、自称勇者が飛び出し、一閃。
いつの間にか握っていた剣を、振るっていた。
尻餅をついていた俺の前で、自称勇者が振ったその剣に切り裂かれ、魔物達が悲鳴を上げる暇すらなく傷から血が吹き出て……バタバタと息を引き取っていた。
その血飛沫を受けながら、俺は自称勇者の背中を見上げていた。
そうして、自称勇者はこちらに振り返ると……
「……大丈夫だったかい?」
「……あ、ああ。ありが、とう……」
そんな声を、手を差し伸べながら掛けてくれた。
俺は差し出された手を握り返し、その場で引き上げられながら立ち上がった。
「……あの、お前……いや、あなた、は……」
「……自己紹介がまだだったね」
そう言って、目の前の自称勇者は、全身黄金鎧の頭の部分を取り外す。
すると、長い金髪の髪がバサリっとたなびいた。
綺麗なコバルト・ブルーの瞳をした、整った顔立ちが表れた。
女……? そんな事を考えていると、目の前の女性が名乗り出す。
「ボクは勇者。“ユーカ・ラ・スティアーラ”。女神に誘われて、ここにやって来た」
その名乗りを受けて、俺は。
綺麗だなあ、とか。勇者? とか。誘われたって何? とか。色々疑問は浮かんだけど。
……そういえば、この血のついた服、クリーニングどうしよう。
とか、どうでも良いことが現実逃避のように、一番強く印象に残ってしまっていたのだった……