蒼穹はどこまでも高く澄んでいて、お姉さまを救う日に相応しいお天気だった。
闘技大会周辺も会場内も熱気に包まれ、新たなチャンピオンの誕生を今か今かと待ちわびていた。
『我の密偵を会場内に数名配備しています。何かあっても万一はないかと』
『ありがとう、ジズ。では参りましょう』
〝常闇の衣〟に身を包み、姿を隠した状態で闘技場内に潜伏するジズとわたし。何かあった時に動けるよう、お姉さまが座る特別席と他国からの来賓席に近い強化結界の外、一般観客席へと紛れ込んだ。
「この晴れやかな闘技大会日和。遂に本日、第三十回グリモワール王国闘技大会のチャンピオンが決まります。決勝の舞台へ勝ち上がった猛者をご紹介」
兎耳族のピーチが華麗に回転し、舞台上より西門を指差す。宿屋に居た彼女も今思えば騎士団長被害者の会、被害者の一人な訳で。最初は見ていて不快に思えたパフォーマンスも、今では愛嬌を感じるようになっていた。
「西門より登場は、今や誰もが知る
「「「バトラス! バトラス! バトラス!」」」
会場から湧き上がるバトラスコールに応える大男。破壊力抜群の鉄球を振るい、対戦相手を屠る戦闘狂だが、どこぞの騎士団長と違い、熱さとは裏腹に対戦相手へちゃんと敬意を表する騎士道をちゃんと兼ね備えているところから、聴衆からの人気も高かった。
「そして、東門からの登場は~? 本大会屈指のダークホースとなった魔国歴戦の剣士! あの準決勝サザメ選手との試合を見逃したとは言わせません! 可憐に儚く舞い散る華を背景にその長剣で相手を翻弄する姿は見る者全てを虜にする。鉄仮面の下に隠すは甘いマスクか? それとも剣聖の才か? 魔国カオスローディアの剣士、クレイ・グラディウス!」
「きゃー、クレイ様―こっち向いてー」
「クレイ……好き……」
「俺は有り金全部あんたに賭けたんだ! 勝ってくれークレイ!」
熟練の剣捌きと磨かれた剣戟で対戦相手を圧倒したクレイ。闘いを重ねる毎に歓声も大きくなり、段々と黄色い声援も目立つように。
「そちはわっちを本気にさせた。絶対に勝て。否、お勝ちになって下さいまし、クレイ様ぁ♡わっちは此処よ~」
……って、いやいや、なんか観客席最前列に準決勝でクレイに敗れたサザメさんが居るし。サザメさん、色目を使っても、残念ながら中の人はわたし専用なの。ごめんあそばせ。
『今暗殺しましょうか?』
『いえ、ジズ。サザメさんとはむしろ仲良くなりたい側だから大丈夫』
レイが格好いいのは分かるし。レイは片手を上げるだけで黄色い声援に鼻の下を伸ばすような人間じゃないって分かっているから。大丈夫よ、サザメさんなんかにわたし、負けないから。
「それでは、第三十回グリモワール王国闘技大会決勝、始め!」
試合開始の合図と共に、闘技大会決勝の鐘が鳴る。
「クレイ、お主の強さは既に知っている。よって、お主の強さに敬意を表し、最初から本気で行かせて貰う」
「分かった。ならばこちらもそれに応えよう」
結界に覆われた舞台上は無風の筈が、鉄球を高速回転させるバトラスの周囲に突風が吹き荒れる。バトラスの腕、脚、肉体から、何かが弾けるような音がする。
『何……あれ』
『あれは闘気ですね』
肉体のエネルギーを闘気として纏わせる事で瞬発力と爆発力が数倍に跳ね上がるらしい。バトラスが鉄球を高速回転させたまま地面を蹴った瞬間、レイも舞台上から姿を消した。
「――
「――
ドラゴンの分厚い鱗を撃ち破る打撃と、蒼い雷光を脚へ纏わせた最高速度の剣戟。
威力は互角……いや、待って。
「ああっとー! クレイ選手の身体が弾かれて大きく後退してしまったー」
鍛え抜いた肉体を持つレイの体躯を吹き飛ばす程の威力、圧倒的体格差。同じ威力の攻撃では、力で気圧されてしまうんだ。
「――
「――
回転には回転。嵐のように振るわれる鉄球による連撃を、同じく高速旋回させた剣戟で弾くレイ。二つの竜巻が舞台上ぶつかり合い、更に飛ばされたレイは舞台を覆う結界へ背中をぶつけてしまい、バトラスも中央へと引き戻される。会場からどよめき……いや、なんか歓声があがってる?
「ああっとー、遂に遂に! クレイ選手。鉄仮面の下の甘いマスクが姿を見せたぁああ!」
いつもの燃えるような赤い髪は染料で黒く染めているが、切れ長の瞳と凛々しい表情は変わらない。その真剣な眼差しに会場の至るところから黄色い声援が……。駄目だ、ジズさん。暗殺するには数が多すぎるわ。はい、冗談です。
「オレより若いな。若いのに熟練の剣捌き。余程、死線を潜って来たか。だが、相手が悪かったな。死線なら、同じく何度も潜って来たからな」
「仕方ない。使うしかあるまい」
その場で呟いたレイが刀身に指先をなぞらせた瞬間、銀色の長剣が蒼白い光を放ち始める。やがて光は蒼い火花を散らしながら長剣全体を覆い、レイの足下も同じような淡い光に覆われる。
「雷属性か。いいだろう。オレにその刃、届かせてみろ!」
「
舞台を奔る蒼白い閃光。レイの姿は光となり、縦横無尽に駆け巡る。迎え撃つバトラスは旋回させた鉄球による絶対防御。
激しくぶつかり合う衝撃。雷光が
『どう……なったの!?』
会場全体が息を呑む展開にいつの間にか声援も止み、闘技場に静寂が訪れる。
舞台中央に立つ二人。バトラスの鍛え抜かれた体躯から、レイの両腕、肩から血が滴り落ちている。互いに傷を負っているにもかかわらず、バトラスもレイも、薄っすら笑みを浮かべていた。
「次で終わりにしよう」
「いいだろう」
構えを取る舞台上の二人。レイの勝利を信じ、わたしは祈る。
レイ、お願い。どうか勝って。